第3話 鉄腕の子犬(3)

『おいでなすった!』

 僚機のバーグラリーからの通信にクウは舌を出し、ゆっくりとした動きで唇を湿らせた。

(気を取り直せ、今は目の前の敵に集中……)

 そう自分に言い聞かせ、目を見開く彼女。可憐な人形のようなその相貌が微かに歪み、野性の獣を感じさせる獰猛さが浮かび上がる。

 索敵に引っかかったのは6機のギア・ボディ。

 全体的にずんぐりとした戦車のようなシルエットに、20ミリ口径のヘビーマシンガンを携え、無骨なロケット砲を担いだその姿は見間違えようもない。敵の機体はギア・ボディ<ゴブリン>だった。

 いわゆるC級と評価される機体性能でありながら、その汎用性の高さと内部構造の完成度、そして何より製造コストの安さから根強い人気のある量産型のギア・ボディである。

 その派生系も含めると地球圏で最も生産数が多いと言われるその機体は、今でも民間の軍事会社に広く配備されており、地球圏で傭兵稼業をやっていると嫌でも目につく代物だった。

 それぞれの武器種やカスタマイズに統一性がないところを見ると、向こうもセンチネルが雇った傭兵なのだろう。

 あちらとこちら、雇い主が違うだけで立場は同じということだ。

『6機か。予想より多いな』

『なぁに、一人2機と考えれば余裕さ』

 そう言ってアサルトライフルを構える僚機を横目に、クウが口元を吊り上げる。

「いいえ、わたしが6よ!」

 そう叫び、彼女は全力でフットペダルを踏み込んだ。

「見せつけろ! <ディノブレイダー>!」

 彼女の強い感情を受け、灰色にカラーリングされた細身のギア・ボディが、まるでクラウチングスタートをとるような姿勢を作る。

『なに? おい、馬鹿。やめ』

 制止する仲間の声をかき消すようにガスタービンが唸りをあげて、機械の巨体が前方に躍り出た。そのまま脚部のバーニアを吹かせて再跳躍。前方で攻撃姿勢に移ろうとしていた<ゴブリン>の頭上を跳び越して、そのままガラ空きの背中にハンドガンの銃弾を叩き込む。

『え? な? あ……』

 戸惑いの声をあげながら、爆散する<ゴブリン>。

「ひとつ!」

 奇襲しようとした相手からの予期せぬ先制攻撃に一瞬硬直する敵部隊。クウはその隙をついて更にスラスターを点火、次の瞬間には近くにいたもう1機の懐へと潜り込んでいる。

「ふたーつ!」

 そう叫びながら、クウは跳躍中に腰の兵器ラックから取り出していたコンバットナイフを敵のコクピット部分に突き立てる。操縦者を失った<ゴブリン>が力無く崩れ落ちるのを確認する前に、彼女は次の移動を開始していた。

『バカな、速すぎだろ!?』『なんなんだ、あの機体は!?』

 後方に備えていた別の<ゴブリン>パイロットが悲鳴を上げる。それほどまでに、クウのマニューバは常軌を逸したものだった。

 通常のギア・ボディでは実現不可能なアクロバット機動。それを可能とさせるのは、クウが頭部に装着している犬耳こと脳波感知ガジェットによる直感的な操縦サポートシステムと、彼女の愛機<ディノブレイダー>の非常にとんがった機体特性によるものである。

 <ディノブレイダー>は、格闘特化型の最新機<モンストロ>に、彼女が独自のセンスで更なる軽量化改造を施したオンリーワンのB級ギア・ボディだ。

 敵の攻撃を受けることをこれっぽっちも考慮せず、ただ自分の機動に耐えられるだけの機体強度があればいい。そんなクウの思考を反映した瞬発力特化のスラスター配分と、装甲を限りなく削ったそのシルエットは、見るものに痩せた狼を連想させる。

 飢えた獣の脆さと獰猛さ。

 まるでクウがその身に秘めた精神性を表現したかのようなギア・ボディが今、戦場を縦横無尽に飛び回っていた。

「みーっつ! よーっつ!!」

 素早くビル群の隙間を駆け抜け、時には猿のように跳躍してビルの側面に張り付き、三次元的な動きで敵を翻弄するクウ。

「いつーつ!」

 コトー達が援護をするまでもなく、次々と敵の数を減らしていく。

『こんのぉっ!!』

 最後に残った<ゴブリン>が、<ディノブレイダー>に照準をむけマシンガンを叩き込む。しかし、その弾はクウが盾にした5機目の<ゴブリン>の残骸によって全て防がれ、彼女の機体に傷をつけることはできなかった。

『当たればっ! 当たりさえすればぁっ!』

 そんな悲痛な叫びが、<ゴブリン>パイロットの最期の言葉になる。

 時間にして1分にも満たない交戦時間。

 前言通り、一人で6機のギア・ボディを瞬殺したクウは得意げにモニターに映る僚機へ向かってVサインを作って見せた。

「楽勝!」

 その言葉を合図にしたかのように、<ディノブレイダー>の手足についた排気ダクトから熱された空気が強制放出され、周囲の空気を震わせた。

 過度な運動性能を発揮した反動だ。冷却が完全に終わるまで数十秒。その間、彼女の機体は機動力が半減してしまう。

 彼女は別に、なんの考えもなしにただ特攻を仕掛けたわけではない。この機体のポテンシャルを最大限に活かすには、短期決戦が最も好ましかっただけなのである。

 だから、一連の無謀な行動はまだ、彼女にとって悪手ではなかった。

 問題はその後である。

「どうどう? 見てた? わたしが全部片付けたんだし、報酬もその分多めにもらっていいよね!」

 そう言いながら、僚機の元へ帰ろうとするクウ。

 そんな彼女の視界の隅に、微かに動く何かが映った。

 すぐ近くの廃ビルの中、崩れた壁の影から近づく何か。

 <ディノブレイダー>のシステムが、こちらに向かって飛んでくる何かを小型のミサイルであると認識した時にはもう、それは、クウのすぐ目の前まで迫っていた。

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