母さんを信仰するということ ⑥
見渡す限りの森。真正面には巨大な湖。
その湖には俺が見たことのないような巨大な魚がいる。……流石、異世界産。色々と地球とは異なりすぎる。
母さんが俺とフォンセーラさんをこの場所へと移動させてくれたわけだけど、彼女はまだ意識を失ったままだ。大丈夫なのだろうかと心配になる。……ただ気を失っているだけだよな?
あと母さんが神託を入れるとかどうのこうの言っていたのはなんなのだろうか。神託って神からのお告げだよな? 母さんがフォンセーラさんに何かを告げたってことだろうけれど、何を言ったのだろう……。
俺はそんな心配をしながらフォンセーラさんのことを見下ろす。
そうしていれば、ぱちりと目を開けるフォンセーラさん。緑色の瞳と目が合う。
俺に見降ろされていると理解したフォンセーラさんは、慌てた様子で起き上がる。
「――サクト様、ノースティア様の息子だとは知らずに無礼をして申し訳ございません!」
「え、やめて。フォンセーラさんに様付けとかされるの、俺、嫌なんだけど……」
「え。でも……」
「俺は今まで普通に平凡な人間として生きてきたから、そんな風に敬われるのは落ち着かないし。それに凄いのは母さんであって俺じゃないから!!」
フォンセーラさんにそんな風な態度をされるのは落ち着かない。
何度も説得して、様付けなどはやめてもらった。ついでに俺の敬語やさん付けもやめていいと言われたので、そうすることにする。
「サクトの旅に私も同行させてもらいます」
「……それは有難いけど、母さんなんて言っていたの?」
「『私の息子はこの世界が初めてだから、よろしくね』と言われたわ。ノースティア様は、家族思いな方なのね。私はノースティア様の逸話をこれまで調べてきたけれど、彼女がここまで誰かを思いやる方だと思ってなかったわ。私も……まだまだ信仰が足りないわ」
「母さんは家族だからというより、父さんのことをとてつもなく愛しているんだ。俺とか子供はある意味付属品みたいなものだ。それ以外には母さんは冷たいから」
母さんが誰かを思いやることはあまりしない。自分勝手で、どうでもいい相手に対しては本当に対応が冷たい。だからフォンセーラの言う通りの人ではあるのだ。母さんは。
「そう。サクトはこれからどうするつもり?」
「俺はこの世界を楽しんで、後は神界には姉さんたちが居るから目指すつもり。特にこれといった崇高な目標はないからただ旅をするのに付き合わせてしまうことになるけれど……」
俺は母さんの息子とはいえ、これといって何か目標があるわけではない。この異世界で何かを成し遂げたいとそんな風に思っているわけでもないし、色んな目標はあるけれど結局ただ旅をするだけである。
フォンセーラは俺についてくると言ってくれているけれど、特にそれで得られるものなどないのである。
「構まないわ。サクトについていくことはノースティア様の望みだもの。それについていくことで得難い経験を得られるはずだから」
フォンセーラは俺の言葉にそう言った。
そこにあるのは、まぎれもない母さんへの信仰心である。
――ああいう目に遭っても、フォンセーラは母さんへのそういう気持ちを失わない。
「……フォンセーラは、母さんを信仰することで大変な目に遭うのにずっとそれを続けるんだな。俺は母さんの息子だってのはどうしようもないことだけど、信仰することはどうにでも出来るのに」
「当たり前よ。私はノースティア様をこの命が尽きるまで信仰し続けるわ」
――フォンセーラは全く躊躇いもせずにそう言い切る。
母さんを信仰するということは、それだけ大変なことだ。
母さんは自由気ままで、自分勝手で、だからこそ敵もそれなりに多くて――それでも母さんは多くの人たちの心をつかむ神でもある。その自由さに惹かれるのだろうか?
俺は母さんの息子で、フォンセーラは母さんの信者で。
だからこそ、俺たちは旅をしていく上で今回の件のようなことはそれなりにあるだろう。というか、俺が母さんの息子だと悟られたら大変な事態にはなるだろうな。
「フォンセーラは、何処に行きたいとかある?」
「ノースティア様の縁のある地には行きたいわ」
「母さんの縁のある地って結構あるの?」
「あるわ。私はその地を巡りたいと思っているのだけど……どうかしら?」
「なら、そこに行こう。俺も母さんがどんなふうにこの世界で生きてきたか気になるから」
そういうわけで、俺とフォンセーラは母さんの縁のある地を巡ることを決めたのだった。
――まぁ、その前に今、此処がどこなのかも分からないからそれを情報を集めて、街に向かわなきゃならないわけだけど。
母さんは俺とフォンセーラをどこに飛ばしたのだろうか……。
流石に俺とフォンセーラが生きていけないような危険な場所には母さんは飛ばしていないとは思うけれど……。
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