第11話 「……大好き……」
「先日は大変失礼なことをして、すみませんでした!」
放課後、ぼくは後輩の男子から謝罪された。やっぱり良い子だった。
「何だ? 出家でもすんのかよ、お前」
「や、やいちゃん……」
しかし、やいちゃんは彼を許したくないらしい。やいちゃんが、ぼくのために怒ってくれているのは分かる。それでも、わざわざ坊主頭にした後輩に対して、ちょっと冷たいような……。
「ぼくは気にしていないから、もう頭を上げて。君の言うことも分かるよ。確かに、ぼくには情けないところがある。君みたいな強さを、ぼくは持っていない」
「そ、そうですか……」
後輩の男子は頭を上げた。やいちゃんは「こんなの強くねぇよクソ」なんて言っているけれど、ぼくは自責の念に苦しめられる彼を、もう見たくない。
「でも、先輩! 弥伊子さんを悲しませたら、俺は許しませんからね!」
「は、はいっ……」
頭を上げた直後、彼は元気になったみたいだ。やいちゃんは「こいつ……!」とイライラしているけれど……。
「良いですか? 先輩は弥伊子さんに選ばれたんですよ! もし弥伊子さんをフッたり、弥伊子さんより好きな人ができたりしたら俺は絶対にフゴォッ!」
熱く語っていた彼を強制終了させたのは、
「あんた謝ったくせに、一言も二言も余計なんだよ! いい加減にしろっ!」
「おっ、ナイス。気が利くじゃねーか」
一緒にいた後輩の女子だった。その子の踵落としを見るなり、やいちゃんは笑って拍手している……。
「ごめん菊ちゃん。あたしまだ許せねーわ、こいつ。やっぱ言ってっこと、いちいちムカつくんだよ! ってか全く反省してねーし! 本当に自分が悪いと思っていたら、普通あんなこと菊ちゃんに言わねーよ!」
ぼくは、やいちゃんに何も言い返せなかった。痛む頭を抱えながら、うずくまっている彼に対して、やいちゃんの怒りはまだまだ止まらない。
「お前って、あたしのことばっかだな! 菊ちゃんのことも考えろよ! 例え菊ちゃんに、あたしじゃない好きな人ができたとしたって……ぜってぇ余計なことすんなよな! 菊ちゃんの気持ちだって大切だ! それを踏みにじるようなことをしたら承知しねぇ! あたしは菊ちゃんに幸せになって欲しいから……もしそんなことになっても、でしゃばんじゃねぇぞクソ野郎!」
やいちゃんは「行こう菊ちゃん」と、ぼくの手をサッと取った。ぼくは後輩たちに「ごめんね」と言って、その場から去った。
……顔が見えないよ、やいちゃん……。
「やいちゃん」
「何?」
「あの、大丈夫?」
「……大丈夫じゃねーよ……」
ぼくら以外は誰もいない場所で歩みを止める。早速ぼくは、やいちゃんの顔を確かめた。
「あいつ……あたしが菊ちゃんにフラれるとか、あたし以外の誰かを菊ちゃんが好きになったらとか嫌なこと言いやがって……」
案の定、やいちゃんは泣いていた。やいちゃんが好きで、つい彼は熱くなってしまった。けれど、あんなことを言われたら誰だって悲しむに決まっている。好きな人が自分を好きじゃなくなるなんて、考えるだけで嫌なことだ。
「この前……やいちゃんは、ぼくのことを好きなのは絶対に変わらないって言ってくれたよね?」
やいちゃんの涙をミニタオルで拭きながら、ぼくは話し始めた。すると、やいちゃんは頷いてくれた。まだ俯いてはいるけれど。
「ぼくは、その言葉を信じているよ。だから、やいちゃんも信じてくれると嬉しいな。ぼくが好きな子は変わらないって……ぼくは、一生やいちゃんのことが好きだってことを。ぼくの気持ちは、やいちゃんにとって大切なものなんだよね?」
そのとき、やいちゃんは顔を上げてくれた。今ここには、ぼくたち以外に誰もいない。
「菊ちゃん……」
そういうことで、ぼくはしてしまった。
「……学校でキスって、アニメとか漫画の世界じゃねーかよ……」
「嫌だった?」
「……んなわけねーだろっ……」
やいちゃんは、また俯いてしまった。でも、もう泣いてはいない。
「じゃあ……やいちゃんが大丈夫なら、もう行こっか」
「うん」
そして、ぼくたちは手を繋いで歩き出した。二、三歩進んだところで、ぼくの右肩が少しだけ重くなった。なぜなら……。
「ねぇ菊ちゃん」
「ん?」
「……大好き……」
やいちゃんが、ぼくの体に自分の体を寄せていたからだ。
「ぼくも、やいちゃん大好き」
この状態が、できるだけ長く続いてくれないかなぁ……と思っているのは、ぼくだけではないはず。
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