第4話 一緒に寝るのはどうですか?

 カーテンの隙間からはすっかり日の暮れた暗い空が見えた、朝一さんの部屋の掛け時計を見るとすでに十八時を示していた。流しで空っぽになった食器をまとめて洗う。


「清水さん、同居の諸々は一旦置いておいて、今夜は一度部屋に帰ってくれませんか? 私の能力のことはもう大丈夫ですので!」


 と朝一さんは皿を洗っている私に向かって突然深く頭を下げる。


「私は朝一さんのことを心配しているんです。今は暖かいですけど、もう一度さっきみたいにこの部屋を冷たくしたらあなたの命は危ないです」


 私は蛇口から出る冷たい水を止め、食器についた水滴をふきんで拭きながら、真剣な表情で朝一さんに向かって答えた。


「で、でも……」


 朝一さんは口ごもりながら私から若干目を逸らす。そんなに一人で居たいのか、それとも二人でいる自信がないのか。真意はわからない。


「いっそ、今日の夜は同じ布団で一緒に寝るってのはどうですか?」


 私が若干冗談混じりに笑いながら軽口を叩くと、朝一さんは


「アウトです! 完全に事案です!!!」

 

 とブンブンと首を振って全力で私の考えを拒否した。そんなに全力で拒否られると逆に寂しい。でもここで私が折れても後で後悔してからじゃ尚更遅い。

 私は部屋のドアノブに手をかける。


「清水さん、今日はありがとうございました……」


 朝一さんは私がようやく帰ると思ってお礼の挨拶をしにきたらしい。

 私がこんなところで折れるわけないんだけどね。


「じゃあ、私は隣の部屋から布団持ってきますので」


「やっぱり寝るんですか!?」


 朝一さんはよほどびっくりしたのか穏やかな声色が一気に裏返った。


「やっぱりってなんですか、今日は意地でもこの部屋で寝ますよ? ちゃんと布団の距離は二メートルくらい離すので安心してください」


 私は絶対にこの部屋で寝ることを念を押して伝え朝一さんの部屋を出る。


「それ同じ部屋じゃあんまり意味ない距離ですよねぇぇ!?」


 閉めたドアの向こうから微かに朝一さんの声がした。近所迷惑になったら私にも責任がありそう。

外はすっかり暗闇に包まれていて、少し外にいるだけで軽く手が悴むほど冷え込んでいた。

 そういえば他人と同じ部屋で一緒に寝るなんておそらく小学校の修学旅行の時以来だし、何年ぶりなんだろうとちょっと懐かしく思いながら自室の部屋の鍵を開ける。

 部屋の隅に畳んである敷布団と毛布と枕とパジャマ。一セットをコインランドリーに行く時みたいにバスケットに入れて朝一さんの部屋に再び戻る。


 これで玄関の鍵が閉められてたら流石になす術なしだけど…と若干緊張しながらドアノブに手をかけてみる。

 心配していたのがおかしいほど朝一さんの部屋のドアはあっさり開いた。でも部屋の中を見ると居間には朝一さんはいない。

 すると突然後ろの引き戸がガラッと開いて、ピンクのうさぎの耳付きパジャマ姿の朝一さんと目が合った。

 

「へぇー、朝一さんってそういう可愛い格好も好きなんですか?」


「清水さん、いい加減締め出しますよ!」


 朝一さんは赤面しながら身を隠すように忍者のような素早い動きですでに敷かれた敷布団と毛布の間に挟まった。ひとまず追い払われなかっただけ今日はこの部屋で寝ていいのかな?

 それにしても成年女性?がこんな可愛いパジャマ着てるなんてちょっと意外だ。


「このパジャマ買い換えようかな……」


「えぇ〜朝一さん結構そのパジャマ似合ってますよ? 可愛いです」


 自分で言っててなんだか口説いているみたいだ。なんだか恥ずかしくなってきた。


「……ふぇ!?そういえば、そ、そのシャワー使ってもいいですよ?」


 朝一さんは布団にくるまり私に背を向けたまま言った。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 ぎこちなくシャワールームの方にパジャマを持って足を進める。それよりもなんかこの状況はなんかをしようとしている気分だ。まぁ、実際まだことはないんだけど…


 着ていた服を脱ぎ、シャワールームに入る。

直前まで朝一さんが使っていたので、すぐにシャワーはちょうどいい温度のお湯になった。朝一さんの髪の毛からほんのり香った石鹸のいい匂いが充満していた。

 えーっとシャンプーは、メリッツか……最近使っていないシャンプー個人的第一位のブランドだ。なんだかもっと大人ならもっと大人っぽいというか、ファミリー層が使っている印象のブランドは使わないイメージを勝手に持っていた。まぁ単純に安いから使ってるんだろうけど。

 頭を洗い、泡を流して、ボディーソープは……こ、固形石鹸……!?

「おばあちゃんか!」と心の中で渾身のセルフツッコミが炸裂した。


 ◇ ◇ ◇


 そんなこんなあって私はシャワーを終えた。バスタオルを勝手に使ってしまったが、まぁシャンプーも石鹸も勝手に使ってるから、まぁいいか。


「うーん、わざわざ自室に戻ってドライヤーで髪乾かすのもアレだし、そのために外出て湯冷めするのもやだし、一日くらいサボってもいいかな…」


 髪は女の命というが、髪の情報で私のことを好きになる男はおそらくいないので今日だけは女の命は捨てることにした。

 私はタオルで乾きにくい長めの髪の毛をポンポンしながら居間に戻る。朝一さんはもう寝ているのかな?相変わらずこの人は寝るのがなかなか早い。

 ちょっとした出来心で朝一さんの顔を覗き込んでみる。

 朝一さんは熟睡しているのかすーすーと静かに寝息を立てていた。まつ毛の流れまで計算されているかのように美しい。やっぱり美女はただ寝ているだけでも美しい生き物だとつくづく実感させられる。


「おやすみなさい、朝一さん」


 私はそう囁いて朝一さんのおでこにキスを落とした。昔お母さんが私にしてくれたように優しく、愛情を込めて。


————————————次回「新しい朝が来た」


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