第30話 蘇る一回目の記憶
「というわけなの……ねぇ、どうしたらいいのかしら」
「んー……と、……とりあえずこんな夜中に仮にも自分に思いを寄せる男を恋愛相談で呼び出すのやめてくれます?」
あの衝撃的な場面を見た私は、結局セイシスに声をかけることもできないまま部屋へとまた戻ってしまった。
夕食も疲れたからと理由をつけて部屋で一人で摂って、私ももう休むからとセイシスもすぐに休ませた。
そして閨教育期間を終えて自宅に帰っていたレイゼルを呼び寄せると、部屋に招くや否や先ほどの光景と自分の感情の不明瞭さをぶちまけたのだった。
「ごめんなさい。でもこういうことについて詳しいのはレイゼルしかいないんだもの」
経験豊富そうだし、とは口にしない。
一番近しくて相談しやすいのは断然セイシスなのだけれど、まさか本人に「あの人と結婚するの?」なんて聞くわけにはいかない。
「頼れるのはレイゼルだけなの!! お願いっ!!」
私が両手を合わせてレイゼルに頭を下げると、レイゼルは降参、といったように両手を上げてからふぅ、と溜め息をついた。
「仕方ないですねぇ……。とりあえず、結論から言いますね。今すぐ思いをセイシス殿に伝えてきてください」
「何その荒療治!?」
それができないからこうして聞いているっていうのに!!
わたしのチキンハートなめないでほしいわ!!
「適当に言わないでよ……。私でも自分のこのモヤモヤに戸惑ってるんだから。……私、セイシスはずっと私の護衛として傍にいてくれるものだって、どこかそれを当たり前のように思ってた。セイシスも、そんなことを言ってたしね。でも……よく考えたらそうよね。セイシスにはセイシスの人生がある。親の決めた相手じゃなくて、自分の好いた人と結婚したいだろうし、あの侍女と結婚するために身分を捨てて、私の騎士として彼女のいるこの城で生きていく気でいたのかも──」
「ちょっ、ちょぉっと待った!! 悪い方に想像しすぎじゃない!? どんだけ自分に自信ないんですか!?」
自信?
あるわけがない。
だって冷静に考えると、私のために人生をかけてついてきてくれるなんてありえないもの。
あまりにもセイシスがいる生活に、セイシスがいる人生に慣れすぎてしまった。
「私……どうしたらいいのかしら……。セイシスの人生はセイシスのものなのに、セイシスが私から離れていくのが想像できないの。セイシスが幸せになるのなら、それはめでたいことだし、主としては祝福して、笑って送り出してあげるべきなのに……。それが、できないの」
「リザ王女……」
セイシスと喧嘩した時とは違う種類のモヤモヤが私に付きまとう。
こんな気持ちになるだなんて、想定外だわ。
一回目だってこんなことにはならなかった……はず。
多分。
正直一回目の人生でセイシスがどうなったのか、私には記憶がない。
一回目もちゃんと私の騎士でいたというのは覚えているけれど、私が死んだ時、彼がどうしていたのか、それが全く思い出せずにいる。
考えようとすれば激しい頭痛に襲われ、考えるのを放棄する。その繰り返しだ。
そしてなぜか漠然と──思い出すのが怖いんだ。
「私、主として失格だわ」
自分がこんなにもヘタレだとは思わなかった。
二回目の人生は生き残りたいが為にそれなりにたくさん勉強をしてきたし、たくさん経験を重ねたけれど……。
これじゃぁ稀代の悪役王女の名が泣くわね。
「んー……主として、っていうか……。それ、リザ王女としてはどうなんですか?」
「私として?」
どういうこと?
どっちも私だけれど……。
「一人の女の子として、ですよ。すべての地位を一度捨てて、ただの一人の女の子としては、どうなんですか? セイシス様の結婚、幼馴染として笑って送り出したいって思います?」
「一人の女の子として……」
主としては送り出さねばとは思っている。
笑って、は無理でも、ちゃんと祝福するべきであると。
でも一人の……一人の女として、ただのリザとしては──。
「……無理、かも」
祝福できる自信がないし、祝福したいとも思えない。
笑える自信もなければ、きっと喧嘩になってしまうような気すらする。
多分、苦しくて泣いてしまうだろうし、ずっとモヤモヤと考え続けて、引きずってしまうだろう。
そんな私はきっと──。
「とても、とても醜くなってしまうと思うわ。見苦しくて……だめになっちゃう」
正直な気持ちを吐露すると、私の正面でレイゼルが紅茶を一口飲んで、そして綺麗に笑った。
「それが答えじゃないです?」
「え?」
「リザ王女は、セイシス様のこと、一人の男として好きなんですよ」
「!?」
私が、セイシスを? 一人の男として?
「っ……頭がっ……痛い……っ」
「!! リザ王女!?」
急に襲ってくる激しい痛みに頭を抱えた刹那、私の中にたくさんの記憶が流れ込んできた。
たくさんの夫達と結婚したそのあと、セイシスを好きだという自分の気持ちに気づいて、思いを告げることなく、それでも常に彼を傍に置いた。
そして──。
「あぁ……そうだわ……」
私が愛し、私のために殺されたのは──セイシス・マクラーゲン……。
彼の亡骸が、私が死んだその部屋にあったのだ。
それを発見してすぐ、私は夫達に追い詰められ、殺された。
何で……何で忘れてしまっていたのかしら……。
セイシスの胸には──夫達と同じ、黄色の花がついていた……。
「り、リザ王女!?」
ポロリ、ポロリと、とめどなく涙があふれては零れ落ちる。
私が発見した時まだかろうじて息のあったセイシスの最後の言葉は──。
『あぁ……なんだ……。今度は本物、だ……』
そう言って、笑ったんだわ。
きっとあの狂花による幻覚で犯人を私だと思って、襲い掛かってきても切ることができなかったんだろう。
私ではないと分かっていながらも、姿かたちの同じ私を、切れなかったんだ。
「何てこと……っ……」
私は……私は──っ!!
自分の好きな人に思いを伝えないまま、自分のせいで好きな人を殺されてしまった……!!
夫たちの嫉妬心に気づいていながら、自分の心のままにセイシスを傍に置き続けたから……だから……!!
「っ……ぅぅっ……」
涙の止まらない私の背を、レイゼルはただ黙って撫でてくれた。
そして私はただ、しばらく止まらない涙と後悔をあふれさせていた。
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