第19話 レイゼルの本気
「──で、きちんと向き合ってみることにしたって?」
「えぇ。もちろん受けるかどうかはわからないし、正直、受ける自信はないけれど、ね」
夜。
私は閨教育の授業という名のお茶会をしている。
レイゼルとの閨授業ももうあと三回。
今夜はセイシスは父に呼ばれているから、初めてレイゼルと二人きりのお茶会になる。
といっても、私が誰とも結婚する気が無いと知ったうえで閨授業もお茶会に変更する事を許してくれているレイゼルとは何かあるわけではないだろうから問題はないのだけれど、なんだか妙に緊張するわ。
「ふぅん……。なんというか、リザ王女って意外と乙女だし純粋だし……まじめですよね」
「なっ!? お、乙女って……そんなこと……!!」
言われ慣れてないから恥ずかしい!!
そういえばレイゼルも、一度目は夫だったのよね。
きっかけは私の閨授業で、回を重ねるごとに私を思うようになったレイゼルに思いを告げられたから。
レイゼルが私のことをずっと前から好きでいたのを聞いたのは夫になってからだ。
だから二度目は安全だわ。
なんてったって、今回は一度も閨授業をしていないんだもの。
レイゼルはひたすら食べて喋ってジュースをがぶ飲みする、女としても王女としてもどうなんだろうっていう私しか見ていないし。
好きだって感情が大暴落していたっておかしくはないわ。
いわば安心安全セイシス枠ね。
うん、楽だわ。
ルートからは外れた人と一緒にいるのは。
「じゃぁ、結婚しちゃう可能性があるん、ですよね? ……なんだか妬けますね」
「へ?」
焼ける?
何か燃やすようなものあったかしら?
「だって、結婚しちゃったらリザ王女はその人のものになるんですよね? 僕との閨はお茶会になっちゃったっていうのに、その人だけには触れさせるんですよね、あなたに」
確かに、結婚したらその人だけだと思う。
一度目が多すぎたんだし、一人で十分だもの。
わざわざ殺されるリスクを冒してまで重婚なんてしたくはない。
あぁでも、誰とも結婚したくはないし、好きな人とだけがいいってわがまま言って閨教育を無しにしてもらってる身としては、レイゼルにとてつもなく申し訳ないことをしてる気はする。
仕事で来てくれているのにその仕事をさせてあげずにダラダラとお茶会という名の一日の愚痴大会に突き合わせてしまって……うん、何か申し訳なさしかないわ。
「あ、あのレイゼル、ごめんなさいね?」
「ん? 何がです?」
「あー……いや、だって、レイゼルは父に頼まれてお仕事で城に来てくれているのに、本来の仕事をさせずに私の愚痴ばっかり聞かせちゃって……。時間を無駄にさせちゃって……」
給与は与えられるとはいえ、仕事に対して意外とまじめなレイゼルだ。
仕事をさせてあげられないのは申し訳ない。
やっぱり座学だけでも受けた方が良いのかもしれないわね。
「んー……僕としてはリザ王女のいろんな顔を見ることができて嬉しいですよ? 美人で澄ましている印象とは違って、まっすぐでまじめで、意外と乙女で可愛くて、くるくると表情も変わって面白いですしね」
「お、おもっ!?」
美人だとかはよく言われるけど面白いって言われたのは初めてだわ……。
くすくすと笑うレイゼルに恥ずかしくなって思わす顔をそむける。
笑い方すら色気があるってどういうこと⁉
その色気、私にも分けてほしい。
「でも、そんなに気になってくれるんなら……」
言いながら、レイゼルは私の隣へ移動してソファに腰を落としてから言葉を続ける。
「──今からします? 閨授業」
「…………は? ……はぁぁぁぁああ!?」
何言ってるのこの人!?
今からって……む、無理!! 心の準備もできてないし!!
「僕はいいですよ。リザ王女なら大歓迎……いや、違いますね。……僕はリザ王女が欲しい。──と言ったら、あなたは僕とも向き合ってくれますか?」
「!?」
ほしい?
……欲・し・い!?
「え、い、いや、でも……」
「僕がどのくらい本気か、今から分からせて差し上げましょうか?」
「はい!?」
妖艶な笑みを浮かべ一気に私との距離を詰め、ついには私に覆いかぶさるレイゼルに私は身を引こうとするも、ソファのひじ掛けがそれを阻む。
「僕が子爵家の令息から男娼になったのは──全部──」
「!! ま、待ってぇーっ!!」
ゴンッ!!
「!?」
鈍い音とともに額に痛みが走る。
それは目の前の男も同じで、私は涙目になりながらも毅然と立ち上がった。
あっぶなぁ~!!
頭突き様様だわ!!
「ご、ごめんなさいレイゼル。あの、すぐいろいろと考えるのは、私のキャパオーバーよ!!」
初めての展開だらけで混乱しているんだから、これ以上混乱させないでほしい。切実に。
「……本気だというのなら、ちゃんと考える。で、でも、身体から始まるのはダメ。あなたは、あなたをもっと大切にして」
快楽は毒だ。
それをよくわかっていて、それが当り前の中に入るレイゼルは、多分そこら辺の境界線があいまいなんだと思う。
もう少しだけ、自分を大切にしてほしい。
自分のために。
一度目のレイゼルの本気を聞いているからこそそう思うし、二回目もその気持ちが変わらないのならば、私もちゃんと考えるべきなんだと思う。
「……ふふ、やっぱりリザ王女は面白い」
「へ?」
「僕に頭突きするような女性は王女くらいですよ」
「うっ……」
何も言えない。
仮にも王女が、仮にも男娼ナンバーワンに頭突きをするとか……いや、ほんと、ないわよね、普通。
「わかりました。王女が考えてくれるのならば、今は我慢します」
「今は、って」
「ふふっ。でも、王女を僕以上に思える人がいないと分かったら……その時はあなたの意思に関係なく、遠慮なくもらいますからね。あなたを僕以上に考えられる人でなければ、僕は認められませんし。……さて、もうこんな時間ですし、僕は帰ります。おやすみなさい、リザ王女」
ちゅっ、という小さなリップ音と共に頬に温かい感触が走り、レイゼルはニコニコと機嫌よさげに私の部屋を後にした。
「な……何なのよぉ……」
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