3ページ目 『色とりどりの世界』
「ゲーセンに行くっす!」
次の日。
胡桃に誘われたのは、図書の貸出も始まりさて早速本を借りようかと思っていた時だった。そそくさと教室を出ようとしていた所で道を塞がれる。胡桃は背が高いから、前に立たれただけでも圧迫感がある。
「……?」
「ゲーセンっす!」
首を傾げる僕に再び「行くっす!」と意気衝天と親指を立てる胡桃
「私達、有斗さんともっと仲良くなりたいんです!」
その後ろから、ヒョコッと顔を出すレオン。
少し照れているその表情は、相変わらず男には見えない。
「親睦を深めるには~、まずゲーセンに行くっす!これ基本っすよ!」
「そ、そうなんだ……」
そんな基本は初めて聞く。
引きこもって本ばかり読んでいた間に、そのような不思議な基本が若者の間に根付いていたとは……もっと世間を知ろうと改めて思った。
「さっそく!レッツゴー!っす!」
右腕を胡桃に、左腕をレオンに思い切り引っ張られる。
勢いよく引かれた為よろけてしまう。
「あっ、ちょ、ちょっと待って」
「いかがいたしました?……あっ、もしかして何かご予定がございましたか?」
「えーっと、予定は特にないんだけど……。」
本はまぁ、明日も借りれる。しかし、この二人が明日も誘ってくれるとは限らない。折角出来た友人なのだから大切にしないと。
……しかし、これはやはり聞いておいたほうがいいのだろうか。少なくとも胡桃とレオンの間では通じているようだから……聞くは一瞬の恥だが、聞かぬは一生の恥とも言う。
そう心に言い聞かせて、ずっと言い渋っていた疑問を口にした。
「げえせんって……何?」
***
「まさかげえせんがゲームセンターの略称とは……」
そういえばライトノベルか何かでそんな言葉を見かけた気がする。
つまり初めましての言葉では無かった訳だが、実際に日常で使われるとなんのことだかわからない。
「もー浮世離れしたお坊ちゃんっすか!ゲーセン、行ったことないんすか?」
「うん……」
友達もろくにいないくらいの人見知りなのに、あんな騒がしい所へ一人で入っていけるはずがない。
僕にとっては悪い人が内密な交渉を交わす怪しい酒場と同じくらい敷居が高い場所だ。まさか齢15でそんな危険な場所に足を踏み入れることになるとは……昨日の僕が聞いたら耳を疑うだろう。
学校を出てバスに乗り、僕達は駅前に来た。ここに来て僕が立ち寄るのは本屋くらいだが、意外とお洒落なカフェや洋服屋、娯楽施設などが沢山ある。僕達はその中でも一際カラフルな遊戯施設……ゲームセンターへと入る
「うわっ……!」
足を踏み入れた瞬間、爆音が耳を劈く。店内BGMも微かにしか聞こえないくらい音が多くて目眩がした。
「有ちゃん大丈夫っすかー?」
「う、うん……。なんか、色が多いね」
「あははっ、なんすかその感想!有ちゃん面白いっすね!」
こっちっす!と慣れた様子で奥へと入っていく胡桃に慌てて着いていく。
それにしても機械が多い……それに人も多い。しかし、それぞれがゲームに夢中で僕の事を見る様子はない。なんだ、煩ささえ除けば意外と居心地いいかも……
そう思って周りを見渡した時、その先にいた人物と目があった。
「あれっ、胡桃とレオンじゃん」
「聖ちゃん!やっほーっす!」
それは、僕も知る人物だった。
聖夜、あの眼鏡の人だ。その彼を、胡桃が渾名で呼んだということは……知り合いなのか?
「聖ちゃんぼっちっすか?」
「いやまさか、子守だよ子守」
そういって聖夜が指さした先には、髪の長い彼がいた。
「子供扱いするな!……よっ、胡桃!レオンも!昨日ぶりっ!デート?」
「叶矢さん、よっです!いえ、今日は有斗さんと遊びに来ましたっ」
「そっか有斗さんと!…………ん?」
そういってレオンがこちらを振り向く。
それに合わせて、二人もこちらを向いた。
目があって、どうしていいかわからずに軽くお辞儀をしてみた。
「ゆっゆゆゆゆゆゆゆ!?」
その結果、訳のわからない言語で返事をされた。
どうして彼は、僕が話しかけるとこうなってしまうのだろうか。先程胡桃やレオン、聖夜君と話していたときは普通だったのに。もしかして……怖がられてる?確かに表情筋が固い自覚はあるけれど……。
「あれ、有斗だ。なになに、こいつらと知り合い?」
「クラスメイトっす!聖ちゃん達こそ知り合いっすか?」
「あ~、ちょっと」
ショートしている叶矢と色々考えていた僕を無視して会話を続けていた聖夜君が、何かを言い渋る。胡桃に手招きして耳打ちすると、「ほほう!」と何かに納得したような声が上がった。こちらに振り返った胡桃は……清々しい程の笑顔だった
「じゃっ行くっすよ~!」
「……?今、何話して……?」
「気にすんな気にすんな~」
彼らの内緒話を疑問に思いながら、さらに奥へと連れられた。
「……聖夜と叶矢と、知り合いなの?」
「中学校の同級生なんす!とどのつまりイツメンってやつっすね!」
「いつ……麺?食べ物?」
「いつものメンバーの略称、つまりは常に行動を共にしていた仲間達という意味です。日本には略称が多くて把握するのが大変です……」
またも飛び出した不可思議な言葉に首を傾げていると、横からレオンがそっと教えてくれた。
後で今日覚えた単語を記録しておこう……。それとも今メモ帳を取り出そうかなんて考えていたら、奥の方から顔を出した叶矢が胡桃を呼んだ。今行くっす!と叶矢と一緒にいた聖夜君の元へと駆け足で向かったので、僕はレオンと二人取り残された。
「胡桃~!これ、取れそう?」
「どれっすか?……なんでかなちゃんはぬいぐるみ集めたがるんすか……」
「別にいいじゃん!お金出すからっ、お願い!」
「いいっすけど~、これなら簡単に取れるし……」
「胡桃、俺も叶矢とおんなじの欲しい」
「聖ちゃんにぬいぐるみとか気持ち悪いっす!」
ぬいぐるみの積み上がる機械の前で騒ぐ三人を見て、本当に仲が良いのだなと何故か嬉しくなる。それなのに、少し寂しさが込み上がってきた。彼らと僕の間には深い深い溝があって、それを乗り越えることは不可能なのではないか。一人に慣れたぼくには、この場所は相応しくないのではないか……。
「有斗さん?大丈夫ですか?」
「っえ?……ああ、うん。大丈夫……」
レオンに声をかけられた事で、遠くに行っていた意識が戻る。
心配そうな顔で覗き込む彼女……いや彼に、そのような表情をさせてしまったことを申し訳なく思う。
「でも、顔色がよろしくありませんし……。あまり無理しないでくださいね?」
「いや、大丈夫だよ。…………えっと、あ、あれにビックリしてただけだから」
丁度隣にあった、作り物の銃が2台設置してある大きなモニターを指差した。その瞬間、画面一杯にゾンビが現れて心臓が止まった。通行人に興味を沸かせる為の演出だとは思うが……やりすぎじゃないだろうか?
「……ビックリしました。このゲーム、リアリティがあることで有名みたいですよ」
「そ、そうなんだ……。やったことあるの?」
「あ、いえ……ないですけど……見たことはあります」
レオンは筐体に近付くと、コードでつながれている銃を手に取った。画面に向かって構えるとポインターが出現する。お試しでゾンビを狙撃できるようだ、僕も銃を持ちボタンを押してみた。数回打った所で画面が切り替わり、お金を入れるよう指示が出る。
禍々しく鳴り響く音楽の中で、レオンが静かに話し始めた。
「えっ、と……私、弟がいるんです。双子なんですけど……。」
「へぇ、そうなんだ」
「それで、弟がこのゲームを良くやってると噂で聞いたことがあるので……。」
「…………噂?」
「弟、ノルウェーの実家にいるんです。私は……ちょっと事情があって、叔母様の家がある日本に住んでますけど……だから、もう3年くらいあってないんです。だからその噂も3年前のもので、しかも直接聞いたものでもなくて……」
そう言いながら、どんどんとレオンの表情が曇っていった。
もしかして、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないか。どうやら家族と上手くいっていないらしいが、その悩みは出逢って2日の自分には重すぎる話題だ。
「えっと、有斗さん!」
「っ!……はい?」
「あの、やってみませんか……?」
「……このゲーム?」
「怖そうですけど……一度でいいからやってみたかったんです」
「……うん、いいよ。僕もちょっとやってみたいし……」
鞄から財布を取り出そうとゴソゴソしていると、レオンが先に僕の分までお金を入れてしまった。驚いて彼の方を見ると、「付き合って頂いてるので、奢りです!」と爽やかな笑顔で言われる。ちょっと情けない気持ちになったが、すぐにゲームが始まり気持ちを切り替えなくてはいけなくなった。
「でも、胡桃とよく来るなら誘えばよかったんじゃ?」
二画面に分けられたモニターに、赤いポインターと青いポインターがそれぞれ表情される。
僕の色は青だ。ボタンを押すと弾が発射され、向こうの方にいたゾンビにあたり悲鳴が聞こえた。
「胡桃さんは、こういうの駄目なので……」
「えっ……意外」
「うふふ、怖がりさんなんです。そういった所も可愛らしいんですけどねっ」
愛くるしい笑顔で眼目に迫ってくる屍を次々と撃ち殺していくレオン。このままでは負けてしまう、コードで繋がれた銃を構え、狙いを定めてボタンを押していく。時々予想もしない方向からゾンビが飛び出してきて肩を揺らすと、レオンがクスッと笑った。…………悔しい。
その後も二人他愛のない会話しながら銃を撃ちまくり、結局レオンの勝利だった。最終結果の画面では店内最高得点だと言うことが告げられた。
それよりも、なんだか周りが騒がしい。
振り返ると……沢山の人がこちらに注目していた。
突き刺さる、人々の視線。
「有斗さん!胡桃さん達があちらで何か遊んでいます!行きましょう?」
前も向けなく動かなくなった足を見つめていると、レオンに突然腕を引っ張られた。
力は決して強くない。寧ろ優しいくらいだ。レオンが早足で歩くのに合わせて僕も進む。群衆の視線もそこについてくる。
「すげーな、美男美女カップルだ」
「女の方、外国人?ハーフかな。」
「でも男の方も掘り深めだよね。雰囲気は日本男児って感じだけど。」
「リア充……」
良くわからないけど凄い誤解をされている気がする。胡桃に聞かれないことを願う。
……でもそうか。視線を集めていたのはレオンだったのか。確かにレオンも目立つだろう……僕とは理由が違えど、注目されるのは好きではないのかもしれない。
…………遠い世界の人だと思っていたけど、案外近くにいるのかもしれない。勝手に親近感を覚えながら、胡桃達がいる方へと早歩きで向かった。
***
「いやぁ、今日も楽しかったっすねっ」
「ええ、そうですね。胡桃さんに取っていただいたぬいぐるみ、大切にします」
「レオンのうさぎ、俺と色違いだな!お揃い!」
「あら、お揃いですね。うふふっ」
「……くっ、俺も取れば良かったっす……」
ゲームセンターでとことん遊び尽くした僕らは、駅までの帰路を共にしていた。
日はすっかり落ち、空は鮮やかなオレンジ色に染まっている。こんな時間まで出歩いていたのは本当に久しぶりで、その懐かしさに溜め息が出てしまう。
「……有斗さん、大丈夫ですか?」
そんな僕の様子に気付き、数歩前ではしゃいでいた叶矢が僕に近付く。
下から覗き込む様にして様子を伺う叶矢に少し心臓が跳ね、咄嗟に視線を逸らしてしまった。
「いや、なんか懐かしくって。夕焼けなんて久しぶりに見たから……」
「そうなんですか?おれ達は結構この時間に帰ることが多いですよ、暗くなっちゃったら怖いですし」
「…………みんな、仲良しなんだね」
その言葉を発してから、しまったと思った。
この言い回しは良くなかっただろう、下手をすれば嫌味と取られてしまいそうだ。
会話を交わすのなんて夕焼けよりも久しくて、どうも上手くできない。
返ってくる反応が怖くて、叶矢の方を向けなかった。
「…あの、」
「……何?」
「おれは、有斗さんとももっと仲良くなりたいって思ってます!……なんて」
「…………!」
「うわああ何言ってんだろおれ!ごめんなさい!走ります!」
勢い良く捲し立てると前方へと走り出し、胡桃に突撃してしまった。
何やらワイワイ騒いでいるのが視界に入るが、僕は先程の言葉が頭で反響しその場を動けずにいた。
仲良くなりたい、そう言われた。それ自体はとても嬉しい事の筈なのに、何故か寂しい気持ちになっている。
嫌な訳ではない、かといって喜べもしない。「僕なんか」という卑屈な考えが何よりも先に浮かんでしまい、心苦しく思う。
こんな考え方は辞めなくては。
何度も何度もそう自分に言い聞かせたはずだったのに。
「有斗」
突然、後ろから声をかけられた。
その主は聖夜で、僕はてっきり叶矢達と前の方で騒いでいるものだと思っていたから驚いた。
赤ぶち眼鏡の奥にある瞳は先程のとても楽しそうな彼とは別人のように冷めきっていて、声は地を震わすかの如く低かった。
返事もできずに固まっていると、聖夜は僕に近づく。今まで気づかなかったが、彼の方が少し背が高いらしい。目線が少し上に向く。
「なんとなく分かっただろ、ここにはお前の入る隙なんて無いって」
「…………どういう意味?」
「そのまんまの意味だ」
頬を叩くような風が吹きつける。
次に彼が発した言葉に、衝撃をうけた
「中途半端に理解するフリして友達ごっこを楽しみたいなら、今すぐ去ってくれないか」
「……え」
「いらねえんだ、そういう生温い関係は。俺達の事を知って、善人ヅラしたさに近寄ってくる奴……迷惑なんだよ。だったら最初から近寄るなっての」
彼の言う『奴』とは、今まで出会った人達の事を指しているのだろう。
でも、なんだか自分をそう決めつけられているようで、心臓がキュッと縮まった。
言い返したいのに、言葉が出てこない。
「…………さっき、レオンと何話してた」
「えっ」
「一緒にゲームしてたろ、そん時」
「え、えっと………弟の話、とか」
「…………はあ、レオンはホントに」
その後に続く言葉は言わずに、聖夜は再び深い溜め息をついた。
「俺がどこまで言っていいのかわからんが、レオンの家はかなり複雑だ。話の続きが気になっても絶対に問いただすな」
「う、うん……」
「……胡桃と、叶矢にもだ」
「えっ」
「……いや、忘れてくれ。とにかく、良い人ぶりたいなら他当たれ。守りたいとかいう騎士精神なら残念、既に俺がいる」
そう言い捨てると、聖夜は前を向き早足で歩き始める。
その後ろ姿がなんだかとても寂しく見えて、僕は咄嗟に彼の右腕を掴んでいた。
「……なんだ?」
「あ、いや……。なんか、掴まなきゃいけない気がして」
ごめん、とすぐに腕を離そうとしたが、何かを言い返したくて更に強く握ってしまう。
僕が拙い脳で一生懸命言葉を紡いでいる間、聖夜は不思議そうな顔をしながらも待ってくれていた。
「僕は……皆の事をもっと知りたい。友人になりたい。初めてなんだ、こんなに会話の出来る人と巡り合えたのは……ダメ、かな」
声が震えた。今の僕はかなり格好悪いだろう。
でも、これが本心だ。これ以上もこれ以下もない。
聖夜は暫く僕を見つめていたが、大きなため息をつき僕の手を振り払う。
「……ダメかどうかは知らん。まあ少なくとも……こんな事を言うのは俺だけだな。…………ほら」
聖夜は前方を見るように促す。それに従うと、前を歩いていた三人がこちらを振り向き手を振ってくれていた。
「聖ちゃーん!有ちゃーん!何してるんすかー?置いてくっすよぉー」
胡桃が飛び跳ねながら僕達を呼ぶ。
大きな身体なのにずいぶん身軽だから、なんだかおかしくてつい笑ってしまった。
「……置いてかれるのは困るな。いくぞ」
「えっ、……あ、うん……?」
聖夜の声は、少しさびしそうにも聞こえた。
が、顔は見えなかった。きっと僕の思い違いだろう。
「……おい聖夜、有斗さんと何話してたんだよ」
「おチビくんには関係ありませーん」
「チビっていうなー!ばーかばーか!眼鏡ー!」
「煽り方が小学生っすね……」
さっきまでとは全く違う雰囲気の聖夜に動揺しながらも、彼らの「いつも通り」であろう会話を聞きながら歩く。
ああ、いつか僕の存在も彼らの「いつも」になれたら。
そんな空想をしながら、歩みを進めるのだった。
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