2ページ目 『出会い』

少し古びた校舎の前に、僕は居た。

左肩にはまだ新しく光沢の残るスクールバック、右手には家を出てからずっと読んでいた本を持ったまま。周りには新生活に浮かれ、まるで僕を急かすかのように走る新一年生が大勢。そんな彼らにぶつからないように、しかし目線は本から話さずに歩く。

辺りは桜の木が祝福のアーチのように凛と咲いていて、時々風で散った桜の花びらが本のページに挟まると、春を感じて頬が綻んだ。

ここは、音ヶ羽おとがはね男子高等高校。通称、音高。

この僕……小野有斗おのゆうとが今日から三年間、通うことになる高校である。


この高校は、ここら辺の高校生にはかなり人気だ。部活動に力を入れているのと、校舎やグラウンドが迷子になりそうな程広いのが理由だろう。偏差値もそれほど高くなく、今年の競争率はすごかったと聞いた。


僕がここを志望した理由としては、図書室の設備が素晴らしいから。

それと……地元から離れているから。

この学校に、僕と同じ中学出身の生徒はいないはずだ。そう踏んで、ここを選んだのだから。


歩んでいた足は、昇降口の前でとまる。

家を出てからずっと読んでいた小説も終盤に差し掛かって、僕の新生活はこれから始まるのに、と少し心寂しくなった。

そんな想いでガラスに貼られているクラス表を見つめる。

と、その時。



「おい叶矢かなや、あんまちょろちょろすんな。小さいから見失う」

「うるせー!誰がチビだー!」



そんな会話が聞こえたのと同時に、肩のあたりに軽い衝撃があった


「うわっ!」

「っと……」


どうやら誰かにぶつかられたようだ。

大した痛みはなかったが、突然のことで少しよろけてしまう。

ふらつく足を止め後ろを振り返ると、そこには一人の生徒がいた。



「あいてて……す、すみませ……っ!!」


僕にぶつかってきたは、茶髪の少年だった

どうやら新入生らしい。

そう判断したのは、胸元に付いている飾花。「祝入学」と書かれた赤いリボンは僕がつけているものと同じだった。




(……小さい)



身長は、10センチ以上差があるだろうか。

少し視線を下げないと彼の顔は見えない。制服も少し大きいのか、袖で手が隠れておりズボンの裾も捲ってある。

そして身長以上に幼さを感じさせるのはその容姿だ。キラキラとした大きな瞳は燃え盛る炎の色。健康的な肌色に散る桜のような桃色の頬。、癖が強い栗色の長髪を一つにまとめている。今この場所にいなければ小学生、もしくは女子と間違えてしまっただろう。

僕の肩とぶつかったのはおでこだったようで、そこを手で押さえていた。


「あ、えっと、ごめん。ケガはない?」


ぶつかられたのは僕の方だが、謝罪をする。

しかし彼は「あ、いえ……」とほとんどフリーズ状態。何が起こっているのか理解できていない、そんな顔をしてこちらを見つめていた。



……ほんの数秒の出来事だったかもしれないが、僕には数分に感じられた。舞い散る花弁も、風でなびく髪も、瞬きすらもスローモーションで映る。

数分……実際には数秒の空白の末、彼はやっとフリーズ状態から回復して、


「す、すすすす、すみませんでしたあああああああああ!」


と、叫びながら校舎の中へと全力で走って行ってしまった。

中から「こらー、そこの小さいのー。廊下を走るなー」という教師の声と、驚いた生徒たちの声が聞こえてくる


「え、えっと……。なんだったんだろう……」


叫び声でスローの魔法は解かれ、我に返る。


よろけた少年が、僕にぶつかった。それだけのことなのに、彼から目が離せなかった。キラキラと輝く大きな瞳に、引きずり込まれそうになったのだ。

まるで、呪いをかけられたかのように。



「君、大丈夫だった?叶矢と派手にぶつかってたけど」


ふと声をかけられ振り向くと、眼鏡の男が呆れたように笑っていた。たしか彼は、先ほどの少年と共にいたはずだ。走り回る少年に、危ないと注意していた。

不思議なオーラを感じる、というのが第一印象。身長は同じくらいだが、雰囲気がとても大人っぽい。赤いメガネの奥にある瞳は細められ、感情が読み取れない。

それと……叶矢。それがあの少年の名前だろうか、



「あいつ、テンパるといつもああなんだよ……ごめんな?俺が代わりに謝っておく」

「あ、いや、別に大丈夫だよ」


そう返答すると、彼はじっと僕を見つめる。心を読み取られそうな紫色の目に、少しだけ緊張する。まるで妖怪サトリのようだと、少し思ってしまった。


「ふうん……」

「……な、なんですか」

「ああ、いや、なんでもない。……あ、自己紹介がまだだったな。俺は杉聖夜すぎせいやだ。ちなみにさっきのは本村叶矢もとむらかなや。君は?」

「……僕は、小野有斗です」

「有斗か、よろしくな」


そういうと手を差し伸べられた。少し戸惑いながらも握ると、彼も握り返す。その力が少し強くて、彼は意外と握力があるのかと感心してしまった。


「クラス表、見た?俺と叶矢はA組だったけど。」


そう言われ、急いでクラス表を確認する。

A組の名前を一通り見たが僕の名前は無く、じゃあ何処なのかとその隣に視線を移すと、すぐに答えを知ることができた。


「あ、B組……」

「そっか、残念。ま、仲良くしてくれ。じゃあな」


そう言ってほほ笑み、聖夜君は去っていった。

彼が校舎の中へ消えた後も、僕は暫くの間頭を働かせることが出来なかった。

理由は分からないが、きっと今まで出会ったことのないような人種と会話をしたからであろう。


(……僕も、教室行かなきゃ)


我に帰りつつもう一度クラス表を見るが、どうやら見知った人はいないらしい。

それに安心して、校舎の中へと入っていった。




今年の一年はA組、B組、C組、D組、E組の五つに分けられている。一クラス、30人~35人で、一年生だけでも150人近くの生徒がいることになる。

殆どの生徒が部活推薦で入学した体育会系男子なだけあって、中学に比べると熱気が凄い。先ほどみたいな小柄の少年は稀のようだ。

人にぶつからないように廊下を潜り抜け、1年B組とされている教室へと向かう。



……先ほどからなぜか視線を感じるのだが、気のせいだろうか?

中学の時にも感じた、ジロジロと見られているこの感覚。


――人の視線が、怖い。

そんなに目立ったことはしていない筈なのに、なぜだか人は僕を見る。いつもは本に集中することで気にならないようにするのだが、先程読み終わってしまった為今は読書中の書籍を持ち合わせていない。

謎の視線に冷たい汗をかきながら、教室に辿り着く。開けっ放しの扉を潜ろうとした時、



「きゃっ!」

「わっ」


同じく教室側から廊下へと扉を潜ろうとした人とぶつかってしまった。今日はこれで二度目、よく人にぶつかる日だ。


「す、すみません。大丈夫ですか…………、ん?」



尻餅をついてしまった相手を起こそうと、手を伸ばし……そして、僕の思考は停止した。

なぜなら、僕にぶつかった相手。それが、女子制服を着用した可愛らしい少女だったからだ


……確かに、僕は男子校に入学したはずだ。それに、ここまで来る間、女子は一切見当たらなかった

じゃあ何故、僕の前で座り込んでいる少女は、女子制服を着用しているのだろうか。

そういえば前に読んだ小説で、訳あって男子校に入学した女子が出てきた。それは恋愛小説などではなく、推理小説だったけど。結局その女子が連続殺人の真犯人だったわけだけど。いや、そんな例えを出したのは僕だけれどこの子が殺人を企んでいるようにはとても見えない。

やはり現実でも、男子校に女子が入学するなんてことはあり得るのだろうか?それとも、目の前にいる少女が実は少年の可能性も……いや、こんなに可愛らしい少年が地球上にいていいのか?どの角度から見ようと、少年には全く見えないだろう。じゃあ何故ここに?


「あの、ごめんなさい。私わたくしの不注意で……」

「……え、あ、僕の方こそ。立てますか?」

「ええ、ありがとうございます」


僕の手を小さくて柔らかい手が握り、軽い体はすぐに起こされる。

かるく会釈した後に目が合い、少女がほほ笑む。

毛先が青みがかった白銀の髪に、大きな赤いリボン。大きくて丸い目は、穢れを一切感じさせない。瞳はきれいな青色。彫りが深く、もしかしたらどこかとのハーフかもしれない。しかし、あふれ出る気品はまるで大和撫子のようだ

少女には「天使」や「女神」等という神話に登場するような言葉がぴったりと当てはまっていた。




「れーちゃんになんか用っすか」


と、その時。

後ろから、尋常ではない殺気。

気付いた時にはもう遅く、殺気を発した主はすぐ後ろに立っていた。見下すような眼力に、腰が抜けそうになる。


「あら胡桃くるみさん、おかえりなさい!」

「ただいまっす、れーちゃん!」


れーちゃんと呼ばれた少女が先程の微笑みとは比にならないくらい明るく笑うと、殺気の主……胡桃?も笑顔で駆け寄る。

そしてすぐに胡桃は振り返り、


「んで、誰っすかアンタ。今何してたんすか?なんでれーちゃんと手つないでるんすか」


返答によってはその首が飛ぶぞと小声で付け足され、その迫力に背筋が凍った。

訳を話さなければ、と焦る僕を置いて、白髪の少女が先に弁解をしてくれた。


「違いますよ胡桃さん、今私が彼にぶつかって転んでしまって、起き上がるのに助けていただいていたんです。」

「……それ、本当っすか?」

「本当です!それに、彼が不品行な方に見えます?」


そう問われると、胡桃くんは品定めをするように僕を上から下まで眺める。そして少し考えた後、


「ま、それもそうっすね!」


さっきまでの殺気が嘘のように、胡桃君は笑顔を見せた。少女はホッと息を吐き、僕はひたすら呆気に取られていた。


「いや~いきなりごめんっす!ここにいるって事はきっとクラスメイトっすよね?俺は原胡桃はらくるみっす!そんでこっちが」

「笹川ささがわレオンです。以後お見知りおきを」


肩をバンバンと叩いてくる胡桃と、対象的に美しくカーテシーをするレオン。


「あ、えっと、小野有斗、です…………」

「有斗……じゃあ有ちゃんっすね!」

「ゆうちゃん……?う、うん、よろしく。……ちなみに確認したいんだけど、レオンは……その、どっち?」


「……ああ、そうでしたね。私、こんな格好ですがれっきとした男です」


そう微笑む姿も男にはみえず、態度が一変した胡桃くんも含めて信じられなくなった。



***



教室で、担任からの軽い説明を受けたら、入学式は終了である。終了後は、校内を自由に歩いて良いそうだ。但し12時までに帰宅すること、と担任に釘を刺された。教室で、新しくできた友人と話す者もいれば、足早に教室を去っていく者もいる。


そんな中、僕は腰を上げる。

探したい場所があるのだ。もしかしたらこれから毎日通うかもだし、一応場所を確認しておきたい。

そう……図書室だ。


「あ、有ちゃん。帰るんすか?」


教室の後ろを通り、速やかに去ろうとしたが、胡桃に見つかってしまった。

廊下側の一番後ろに座っているレオンと話をしていたので、視界に入ってしまうのは当然かもしれない。


「いや、ちょっと。……図書室探そうと思って。」

「図書室なら……この廊下をまっすぐ進んで、渡り廊下を過ぎたすぐ右にありました」


レオンが立ち上がり、身をこちらに向け、廊下の方を指さす。


「ありがとう……って、レオン達はもう見てきたの?」

「早く登校しちゃったから、二人でちょっと探検してきたんす」

「そうなんだ。……ありがと。じゃあまた明日」

「はい、また明日」

「バイバイっす~!」


レオン達に軽く手を振り、教室を後にする。

教えてもらった通りに廊下をまっすぐに進むと、レオンの証言通りの場所に図書室は存在していた。

パンフレットに堂々と記載されていただけあって、大きさは想像以上。あまりにも静かなのでしまっているのかとも思ったが、鍵は開いていた。まだ新しいドアをスライドすると、よく知っている古いインクのにおいが鼻栓を擽った。

ああ。やっぱりこの香り、好きだ。


(……というか、誰もいないのか?)


広い図書室内からは、物音ひとつ聞こえなかった。

よく確認すると、ドアには「本日は本の貸し出しを行っておりません」と書かれたプレートが掛かっていた。今日は入学式で上級生はいないので、まあ当たり前だろう。初日から図書室に行くという物好きも、きっと僕だけだろうし。

貸し切り状態の図書室を、本の背表紙を眺めながら歩く。それにしても、物凄い量の本だ……市で経営している図書館ぐらいあるのではないか?少なくとも、三年間ですべて読み切ることはほぼ不可能だろう


この図書室には、様々な種類によって本が並べられていた。僕が一番好きな「推理・ミステリー」はもちろん、「家庭科・技術」や「ライトノベル」、「図鑑」なんかも揃っている。これは充実した高校生活を過ごせそうである。


そう考えながら目線を上げ、ふと見えた文字


「スポーツ・健康」


健康はまだしも、スポーツには全く縁がない。運動する暇があるならば本を読みたいと考える僕なら、絶対立ち入ることのない場所。


でも僕の視線は、そこから動かせなくなる。

……考えなくても理由は一つ


そこに、「彼」の姿があったからだ




(あれは、確か……。叶矢君、だっけ?)



今朝、ぶつかってしまった少年だ

間違えようがない。茶髪でポニーテールの男子生徒など、同じ学校に二人は存在しないだろう


現在叶矢君は、上の方にある本を取ろうとしているようだ。背伸びをして、思いっきり小さい手を伸ばしているが、ギリギリのところで届いていない。しかし叶矢君は、届かないということを認めたくないのか、必死に手を伸ばしている。……必死なのか、僕には気付いていないようだ。



(ちょっと、脅かしてみようかな)


今朝見た彼の慌てた顔を思い出し、少し好奇心に駆られた。

気付かれないように彼の後ろに立ち、目的の本を見る。「サルでもわかる!効率の良い筋トレ」……。これかな?身体でも鍛えたいのだろうか。

スッと手を伸ばすと、背伸びをせずとも簡単に届いてしまった。そのまま本を抜き取る。


自分の上に影が差したことに疑問を持ったのか、叶矢君は顔をグイ、と上にあげた。その勢いで、後頭部がちょうど僕の鎖骨辺りにぶつかる。


「……これ?」


そう問いかけるが、返事はない。

今朝のように固まってしまっているようだ。

またスローモーションで時が進む。


そして、数秒後




「うわあああああああああああああああああああああ!?!?!?」



静かな図書館に、彼の叫び声が響いた


叫び声をあげた彼は、とっさに逃げ出そうとする。しかし後ろには僕、そして前には……本棚。

案の定、彼は本棚に勢いよく頭をぶつけた。ゴチン、と鈍い音がなり、おでこを抑えてその場にうずくまってしまった。


「い、いったぁ……」

「あ、えっと…ごめんね。そこまで驚かせるつもりじゃあなかったんだけど」

「い、い、い、いえ!とんでもない!謝らないでください!!」


顔をあげ、目が合う。そしてすぐに逸らしてしまう。顔が真っ赤だ、驚かせすぎただろうか。

人というのは本当に難しい……。

そこから沈黙が続き、先にいたたまれなくなったのは僕の方だった。


「えーっと、今朝はごめんね」

「あ、い、いえ………。俺の方こそ、すんませんでした……。」


更に顔を赤くして答える彼……人見知りなのだろうか?そんな風には見えないが、人は見かけによらない。だとしたら僕と同じで親近感が沸く。


「あ、あの!お名前は……」

「…ああ、ごめん。言ってなかったね。僕は小野有斗」

「小野、有斗……。有斗、有斗さん……って、言うんですね……」


僕の名前を何度も繰り返し、大きく頷く。先ほどから、顔を動かす旅にポニーテールが揺れている。

…改めて見ると、もしかしてレオンより小さい?レオンはどこか大人びた雰囲気があるが、叶矢君はホントに幼く小学生のように思えてしまう。


「……そういえば、俺の名前言ってなかったですね」

「ああ、それなら確か……叶矢君、だよね?合ってる?」


そう問うと、彼は大きな目をさらに見開く


「ええ!?し、知ってる、んですか」

「あ、うん。さっきのメガネの……聖夜に聞いた」

「…………ああ、あいつかぁ……」


そしてすぐに遠くを見つめる。先程から違和感なく名前を呼んでいたが、あれは本人からではなく聖夜から聞いたのだった。


「聖夜の奴、有斗さんになんか言いました?」

「え?いや、特には……」

「よかった……。あ、いや、あいつたまーに変な事言うんです……」


基本的に意地悪なんで、と頬を膨らませる。

今までどんなことを言ったのか正直気になるが、聞かないでおくことにする。彼のことを理解できるのは遠い遠い未来の話だろう。


そして、また沈黙が続く。何とか会話を探そうとするが、そう簡単に見つかるものではない…

それでも必死に目を動かすと、ふと今いる本棚のジャンル「スポーツ・健康」という文字書かれたプレートが目に入る。


「叶矢君は、何かスポーツやってるの?」

「え!?あ、いや、今はやってないんですけど、なんかやりたいなーって……」

「そうなの?」


まあ、せっかく新しい環境に来たんだ。何か新しいことに挑戦するのは不思議ではないだろう。……何一つ変わろうとしない僕が情けなく感じる


「それで、この筋トレの本?」

「あっ……。え、えっと、運動部の人って皆ガタイいいから……。それに、筋トレで、その……身長とか、伸ばす方法ないかなって、思って」

「……身長?」

「はい……ちっちゃい頃からずっと背の順とか一番前なんです。そのせいで小学生とか女子に間違えられるし、みんなにチビって笑われるし……」

「……ちなみに、今は何センチなの?」


「…………………158です」


わあ、14センチ差。

しかし、やはりそうだったか。僕も今朝出会ったときにそんなことを考えてしまったので、少し申し訳ない気持ちになった。


その後、僕らは他愛もない話を続けた。中学に友達なんていなかったし、話し相手なんて祖父ぐらいしか居なかったから、同級生とこんなにも話せる自分に驚いてしまった。

でも、こんなにも内容のない会話で盛り上がれるってことは。きっと僕は叶矢君と「友達」になったのだろう。そう考えて、良いのだろう。


ふと、利き手の逆である左手首に取り付けていた腕時計を見ると、短針は12の表示を指していた。

そう、下校時刻だ。

というか、過ぎている……。


「えっもう12時!?……どうりで腹減ったと思いました……」


叶矢が大きく音を鳴らす胃を抑える。気が付いてはいなかったが、僕も空腹らしい。胃が縮む感覚がしている


「そろそろ帰らなきゃ。入学早々怒られちゃう」


腰を起こして、制服についた埃を払うと、叶矢も同じ行動をした。。動きが終わるのを確認して、歩き出す。急いで学校を出なければいけないが、果たして間に合うだろうか。



「あっ……」


ふと、叶矢が焦ったような顔つきを見せ素っ頓狂な声を上げた


「どうしたの?」

「……聖夜に、教室で待っててって言ってたの忘れてた……俺行ってきます!」

「そっか。じゃあまた明日ね」


振り返り走り出した叶矢の背中に、そう告げ僕も帰り路を急ぐ。

急に右隣が涼しくなり、不思議な感覚に襲われる。

叶矢の明るく弾むような声をずっと聞いていたからだろうか。


寂しいわけではない

悲しいわけでもない


ただ、なんだかふわふわした気持ちになっていた。

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