第2話 謝肉

「よっ、クマ退治の英雄!」

「ウチの畑ももう荒らされなくて済むな」

「あれを倒すなんてすげぇな!」

「ありがとよ!」

「こりゃ祭りを開くしかねぇな!」


 それまでは黒髪の男に接触しようとしなかった他の村人たちも、男の周りに群がる。


「よくやってくれた」


 村人を代表して父マナセが話しかける。

 それからはどうやってクマを倒したのか村人たちの質問攻めだった。

 特に積極的に質問していたのは幼馴染の男の子のアベルである。


「まずはお名前を聞かせてくださいっ!」

「ああ、俺はロウって名前だ。でも君、名前を尋ねるときは自分から名乗らないと」

「これは失礼しましたっ! ぼ、僕はアベルと言いますっ!」

「俺はマルコと言います!」


 マルコもアベルに続いて会話に加わろうと必死だった。

 黒髪の男はロウと言うようだ。


「それでどうやってクマを倒したのですかっ?」

「ああ、最初にクマと出くわしたときはお互いにらみ合っていたんだ」

「それでそれでっ?」


 マルコは続きを促す。

 アベルも興味深そうに聞いている。

 周囲の大人たちもだ。


「距離が少しあって槍が届かないから弓を射ることにしてな」


 マルコとアベルは目をキラキラさせてその様子を見る。

 あこがれの英雄ロウが弓を射るしぐさをする。


「何発か当たったらクマが怒って突進してきたんだ。あとは頭を槍で一突きだよ」

「おおーっ」


 これにはマルコたち子供組以外の周りの大人も声を上げる。


 英雄譚が語られている間にも、他の村人たちはクマの解体作業を進めていた。

 クマは2メートル以上ある大物だ。

 同時並行でクマの血抜きも行われる。

 クマの肉を切っては水にさらす。

 容器の底に血がたまったら再び水を交換すると言う地味な作業だ。


「俺でもロウさんみたくなれますかっ!?」


 マルコはロウに想いをぶつけてみる。

 ロウは少し困った表情をしてから俺の頭に手をのせる。

 ゴツゴツした男の手だ。


「そうだな、まずは大きくならないとな。何でもいっぱい食べるんだぞ」

「はいっ!」


 ロウは何か思いついたのか槍と弓矢を手にすると森へ向かって歩きだした。

 森は村人にとって未知の領域である。

 薪にするための木の枝を拾いに、ごく浅い所へ入る程度だ。


「今夜クマ肉でパーティーをするんだろ? 他に獲物がいないかちょっと見てくる」


 それを聞いた村人たちは歓声を上げた。

 まだ獲物が取れていないのに村人のテンションは高かった。



 マルコとアベルはチャンバラごっこをして遊ぶことにした。

 お互いにお気に入りの木の棒を手に持つ。

 ただの木の棒ではあったが二人にとっては大事な物だ。

 彼らだけの聖剣だった。


「なあマルコ、ロウさんは何か取ってこれるかな?」

「取ってこれるさ。クマを仕留める腕だぜ?」

「それもそうか!」


 マルコとアベルの笑い声が村に響いた。



 そして夕刻。

 クマ肉の解体と血抜きも終わりそろそろ食そうかと言う頃にロウが戻ってきた。

 肩からウサギを数羽ぶら下げている。

 それを見た村人たちのテンションはさらに上がった。


 暗くなってきたのでかがり火がたかれる。


「英雄ロウ殿のおかげで村は危機を脱した。今日は祝おう!」

「おおー!」


 マナセの音頭でクマ肉とウサギ肉のパーティーが始まった。

 木漏れ日の村では肉は高級品だ。

 猟師がいないのだから仕方ない。


 村の住人が仕掛けた簡単な罠にウサギがかかる事がまれにあった。

 ニワトリを飼っている家もあったが卵を産むニワトリを潰すわけにはいかない。

 牛も飼っていたが、牛車を引くためであり食べるためではなかった。

 村人が肉を口にする機会は滅多に無かったのだ。


「みんなクマの肉はよく焼いて食べてくれ! そうしないと腹をこわすぞ」


 ロウが大きな声で言った。

 しかし村の住人は肉の焼き加減など良く分からない。

 必然的にロウのまわりに集まって焼けてるか聞く。

 そのうちロウは村人への対応が面倒になってきたらしい。


「分かった。私が焼くからみんなで食ってくれ」


 こうして、楽しい祭りは進む。

 マルコが初めて口にしたクマ肉は案外美味だった。

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