ゴミ捨て場から始まる異世界遊戯 ~天才で天災と呼ばれた転生者~
十本スイ
プロローグ
ザッ、ザッ、ザッと、乾いた足音が響き渡る。
一寸先は闇に支配されており、照らすのは一人の人物が持つ額に装着しているライトだけ。背後を振り返ると、やはり暗闇に覆われている。
もし灯りが無ければ、数分で気が狂いそうになるほどの静けさと暗さだろう。
足元もゴツゴツしており、少し気を抜けば躓いてもおかしくないほどの悪路。
それにもかかわらずに、まるで全容が見えているかのように軽やかに進んでいく人物は、不意にその歩みを止めて前方を注意深く観察する。
光に照らされ露わになったのは、巨大な壁画だった。しかし妙なことに描かれている絵には統一性がなく、まるで子供が適当に描いたようなもの。
ただ気になるのは、壁画全体に走っている無数の亀裂である。亀裂に指をかけて力を入れると、亀裂に沿って一部分が剥がれた。
「…………! なるほどな、これはパズルになってるってわけか」
そう当たりをつけて、おもむろに様々な形の欠片を壁から剝がしていく。見れば綺麗に三角やら四角、丸や菱形など形と大きさが多種多様で、極めて困難なパズルになっていることは明らかだった。
「つまり正確に嵌め込んで絵を完成させろってことかよ。ここは根気だな。まあいい、こういうのは結構好きだしな」
愉快気に笑みを浮かべながら、欠片を集めて一枚一枚確認して覚えていく。そしてライトを消すと、その場であぐらをかき、目を閉じて頭の中で欠片を組み立てていく。
本来なら明るい場所へ持っていき、そこで一度組み立てるのが良いのだろうが、それだと時間がかかり過ぎる。
何せここまで来るのに一週間かかったのだ。パズルのピースは石板で重く数も多いし、一度に全部を運ぶこともできない上、その道程を往復するほどの時間は勿体ない。故に、ここで完成させることにしたのである。
しかし頭の中で組み立てようにも、ピースの数は全部で一千枚あり、それこそ描かれている絵の完成形を知らないので、まるで砂漠の中に落ちた針を探すような困難さを極めていた。
普通ならとてもではなく、このような闇の中での気の遠くなるパズル作業など無理であろう。しかしながらこの人物――松本
心助の呼吸音だけが鳴る闇の中で、ただただ時間のみが過ぎていく。
そうしてどれだけ経ったか分からない時分、不意に心助がスッと立ち上がった。
額のライトを点けると、一枚ずつピースを手に持つと壁の枠に端から埋め始めていく。
ブツブツと何か言葉を呟きながら、決して手を止めることなく動き続ける。驚くべきはその集中力もそうだが、一枚としてやり直していないこと。
まるで正解を知っているかのように、面白いようにピースが嵌め込まれていく。
そして最後、中央に嵌め込むピースを手に持っていた心助の全身は汗だくだった。まるでサウナにでも入ったかのようだが、これまで休憩一つ取らずに動き続けた結果である。
激しく上下する肩に乱れる呼吸。しばらくそのまま立ち尽くし息を整える心助。
プルプルと震える腕に全神経を集中させて思いピースを持ち上げて嵌め込む。
心助は脳内に描かれた絵と、目の前に現れた絵が一致したことに笑みが零れる。
その壁画は、崩す前とまったく違う絵が刻まれていた。それはまるでピラミッドの壁画のよう。
五人の人間らしい存在が左側に描かれていて、その右側にはこれまた五つの球体、さらにその右側には巨大な扉がある。ただその扉は左右に開かれていて、その中に五つの球体が吸い込まれるような形で刻まれていた。
「ウハハ、見事な壁画だな!」
疲れが吹き飛んだような喜びのような表情を浮かべる。
するとその直後、ゴゴゴゴゴという地鳴りのような音とともに周りが振動し始める。
「地震……いや」
咄嗟に片膝を地面についてバランスを取るが、その視線は壁画へと向けられていた。
驚くことに、壁画の亀裂がすべて繋がったように消えたと思ったら、全体が淡く輝き始める。
それだけに終わらず、今度は壁画の中央に真っ直ぐ亀裂が走り、そこからまるで扉のように左右に分かれていく。
「こりゃすげえ仕掛けじゃねェか。さあ、次は何を見せてくれんだ?」
心臓が高鳴り好奇心が盛大に疼く。その表情は、もう五十半ばの中年にもかかわらず、まさしく子供のような無邪気な輝きを放っていた。
壁画が左右の壁に吸い込まれて消えていったあと、その先に見えたのは壁画に描かれていたものと同じ真紅に彩られた巨大な扉だった。
「よっ…………しゃあぁぁぁぁぁぁぁああああああっ! うっひょおぉぉぉおおおおっ、マジかよ! マジであったよっつ! 最高じゃねェかっ! ウハハハハハハハハハ!」
年甲斐もなく大声を出して笑う。
それも仕方のないこと。心助はコレの発見のために人生を費やしてきたようなものだからだ。
その存在の可能性があることに気づいた時、心助はまだ十六歳という若者でしかなかった。目的を果たすためにはあまりにも若く、あらゆるすべてのことが足りなかった。
だがそれでも諦め切れずに、四十年という長き時をかけて前へと進み続けてきたのである。報われるかどうかも分からない。ただ結果を手にするまでは決して膝を折ることはなかった。
そんな心助の強い願いは今……叶ったのである。
そしてひとしきり感情を爆発させたあと、心助は静かに頬を緩める。
「……やっと…………やっと見つけたぜ――――【転生門】」
そう噛み締めるように口にすると、今度は真面目な表情に戻し、扉に向けて歩き出す。
見上げるほどに巨大な扉の前で立ち止まり、意を決した顔を浮かべつつ右手で扉に触れた。
それに呼応するかのように、両開きの扉がゆっくりと開いていく。しかしその中には青白い空間があるだけで何も見当たらない。
「さぁて、んじゃさっそく行ってみますかね」
しかしその言葉とは裏腹に、顔を背後へと向ける。その真っ直ぐな瞳には、悔いも不安も後ろめたさの欠片もない。ただただ希望に満ち溢れている輝きがそこにある。
「――――じゃあな」
別れを告げる言葉を呟いたあと、もう二度と振り返らず、立ち止まらず、心助はその扉の奥へと進んでいった。
こうしてこの地球で生まれ育った一人の冒険家は、この時を以て世界から消失したのである。
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