第二章 転換

第7話 堕落から這い上がる

 それから……。


 也夜なりやは容体は良くなっているものの、目を全く覚さないらしい。

 それは店の常連である也夜の担当マネージャーが大輝に言ったようだ。


 マネージャーもまた上社かみやしろ家と同じく也夜の同性婚は認めたようでそうでなかったらしく、一応也夜の尊重をとったがこのようになってしまった今、距離を取っている。


 それにも悲しくなる來。マネージャーにも色々とアドバイスをもらっただけに。だがそんなことは気にしてはいけない……と感情押し込めていく。







 あっという間に二年が経った。


 李仁りひと湊音みなとは時たま食事に招いてくれたり、訪れたりしてくれてはいたが彼らの仕事が忙しくなりさほど毎日は来なくなった。


 らいは1人部屋の中で虚しさを感じる。

 

 最初は2人で住むはずだったマンションに1人で入った時、病室に出禁になった時の絶望感、喪失感でもう住みたくなかったが、ローンもある。

 美園みそのを通じてメールでなくて手紙で上社家から折半すると連絡が来た。何度かメールで直接会いたいときたのだろうか全く応じなくなった來が無視した結果、手紙になった。


 しかしもう也夜に会わないで欲しいと言われた以上それも苦痛だったが大輝たちからは貰えるものは貰っておけという言葉で毎月ローンの半分は受け取っている。


 だが通帳に記帳されるたびに忘れようとしていた也夜が來の中で浮上する。


 來と也夜は実は付き合ってはいたが身体の関係は深いものではなかった。抱きしめ合ったりキスしたり。せいぜいそこまでだ。

 互いのを触れ合ったり、口に含んだりはしない。つまり性的な関係ではなかった。なぜ出来なかったのか。二人とも同性との身体の関係は無かったわけではない。


 也夜は中学の頃から自覚があり、恋愛対象は男性のみだった。

 來もである。そして初めて出来た恋人、大輝はゲイで來と身体の関係になったがあまり好きではない行為だったと來は思い返す。


 優しかった也夜。柔らかい唇、抱きしめると鍛えられた筋肉が硬くたくましい胸板……。


 抱きしめられるだけで幸せだった。


 こういう愛し方もある、性的な関係を持たなくても愛おしく、永くいられる、そう教えてくれたのが也夜だったのだ。


 だがこの2年、実は來はゲイバーやクラブに通い詰めて何人かのワンナイトで関係を持つことを繰り返して行った。


 見知らぬ男で上書きするたび也夜を忘れられる。あんなに嫌だと思っていた行為で、まるで自傷行為のようにいろんな男に抱かれ、時には数人の男たちに……。翌朝まで大騒ぎをし、酒も浴びるように飲んだ。


 大輝は來が自暴自棄になり堕落していくのを見てられなかった。


 最初はそんなことをしても、と放っておいたのだが仕事の時でさえもなんだか覇気がなく、ただ仕事をこなしているだけのような冷たさを感じ取っていた。


 それは一部の常連客から

「來くん、変わっちゃったね」

 と言われ來の状態の危険さを感じ取った。


 大輝は來野そんな自堕落な生活を変えようと、とある日2人きりの時に話しをした。


「毎週土日、來に頼みたい仕事がある」

「えっ」

「少し多忙になるかもしれないが……地方アイドルのヘアメイクのヘルプに入って欲しいんだ」

「……まさかあの……清流なんたらってやつ」

 大輝は頷いた。


 大輝の同期の美容師が清流ガールズという地元のアイドルのヘアメイクを担当しているというのは來は聞いてはいた。

 できるだけ來を夜遊びさせないよう無理にでも仕事をさせようと大輝は決めたのだ。


 來は土日も働くことになるのか、と思い考えこむが

「……はい、やってみます」

 と答えたことに大輝はびっくりしたのとホッとしたのもある。


「もう少し若い女の子と接する回数増やしたくて。ただでさえ女性と上手く話せないのに……年上の方はリードしてくださる方多いけど若い子はそうはいかないし、そこで気持ちが通じ合わないと常連もつかないし……やってみます」

「そうだな、わかってるじゃないか」

「……ええ、なんとなく自覚はありましたから」


 來は若い女性と接し慣れるため、とは答えたのも大輝からの期待を無碍にしたくないという気持ちもあったようだ。


「あ、あの……大輝さん」

「どした」

「……ついでといっちゃあれですが」

「おう」

「もっと出勤数増やしたいです。他の店の応援とか……今回のアイドルのヘアメイクだけじゃなくて……もっと仕事をください」


 來は大輝をじっとみていた。ここで大輝がどうしたその心変わりは、と言いたいところだった。


 それまでは普通に仕事をこなすだけだった。だがあまり向上心がなかった。也夜と会えなくなってもその調子であったのだが……。



 そのおかげか疲労はとてつもなかったが也夜の喪失感は埋められた……とでも言わないと自分の腕を買ってくれ、なおかつ忙しい中自分の寝食の世話をしてくれた大輝には申し訳ないと思いながらも。


「わかった、來。ほんとうにいいのか」

 美容師は経験、数をこなすことが一番である。大輝自身は貪欲で体が壊れるほど経験を積んでいた頃を思い出した。


「はい、お願いします……」

「うん、じゃあブースに戻るから」

 來は頭を下げた。彼自身も今の生活が乱れていることは案外自覚していたようだ。

 

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