11月15日『実の家』

 11月15日『実の家』


 俺は最後の診断書を読み終えた。俺はあの日……公会堂の屋根から転落した時にニヤと入れ替わったんだ。

 性格が変わった……診断書にも書いてある。確実にニヤと入れ替わっている。


 俺は自分自身を思い返してみる……


 自分が、何故か自分ではない……


 生活に付き纏う、何処か膜がかったような曖昧な感覚……


 いつからか全てが、夢の中の出来事のように感じていた……


 全ては、俺が、ニヤから生み出された人格だったからだ……


 “俺は俺じゃ無い……”


 その確信は強くなっていく……


 背後からドアが開く音がする。車で待っていた実が待ち切れずに部屋に入ってきたのだ……どれくらい待たせてしまったのだろう。時間の感覚が無くなっている……


「夢見さん、失礼するよ……見つかったか?」


 俺は無言で実に診断書の続きを渡した。実は黙って受け取ると診断書の続きに目を通す……


「まぁ……夢見さん、あんたはあんただ……」


「そうだな……ありがとう」


「もう同じような説教をしない、夢見さん、あんた、酷い顔してるぞ?留置所から出てきてから漫画喫茶で寝泊まりしてたよな?」


「あぁ……そうだな」


「しっかり食って、寝ろ、俺から言えるのはそれだけだ。警察が怖いなら俺の家に泊まるか?」


「いや、それは悪い……俺は留置所から逃げた男だ。君に迷惑は掛けられない」


「もう、そんな事はいいだろ……それに夢見さん、あんた、留置所の事も夢なのか現実なのか、分かってないだろ?とにかく食って寝ろ、さっさと車に乗れよ……」


 俺は実の好意に甘える事にした。実の家は俺のアパートから車ですぐに近くにあると言う。時計を見るとすでに夜の12時を回っていた。


 車を走らせると10分もしない内に実の家に着いた。実の家は一人暮らしとは思えない程に大きな家だ。雰囲気がある古い家である、“お屋敷”そんな言い方がしっくりくる……


「ここだよ、入れ……」


「実、君は金持ちなのか?こんな立派な家に住んでいるとは思わなかった……」


「まぁ、そんな所だ。金持ちで余裕でも無ければ、あんたみたいな人とつるまない……はははははは」


 実の笑い声が大きな家に響き渡る。


「それもそうだな……」


 俺は実の言葉が冗談と分かっていたが納得した。


 大きな家の客室に通される。殺風景な部屋には机とベッドが置かれている。自宅に客室があるなんて余程、裕福なのだろう。


「ゆっくりしてな……今、適当に食いもん持ってくる」


「食べ物まで申し訳ない、甘えさせてもらうよ」


「まぁ、冷食だけどな、夢見さん、飯食ってないだろ?……待ってろ」


 しばらくすると実はパスタとスープを持ってきてくれた。確かに食事なんて久しぶりだった。確かに空腹だ、診断書の事で頭がいっぱいになっていた……


「今日は夜も遅い、夢見さんも食って寝ろ……俺も疲れた。寝るよ……今日くらい変な夢を見るなよ、はははははは」


「ありがとう……」


 そう言うと、実は部屋から出ていく。俺は出されてパスタとスープを完食し、用意されたベッドに潜り込む。実には感謝しかない。


 俺はベッドの中、今日の出来事を思い出していた……


 クロに診断書を入れたのは俺なのだろうか……それともニヤか?

 記憶に無い、思い返してみると俺の過去の記憶は極端に少ない……

 気が付けば記憶の中には、いつもニヤが居た……主人格がニヤならば合点がいく。

 どうして、俺が入れ替わってしまったのだろうか?どうしてニヤ消えて、俺が俺になった?


 疑問は尽きる事が無い……


“俺は俺じゃ無いんだ……”


 実に握られた右肩が痛んだ……同時に実からの言葉が思い出される。


“夢見さん……あんたはあんただ……”


 その言葉は気がおかしくなりそうな俺の精神安定剤となった……


 ニヤに真実を聞いてみなければならない……


 俺は右肩の痛みと共に眠りに着いた……

 

 

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