11月14日『不眠』

 11月14日『不眠』


 眠れない……


 眠れない……


 眠れない……


 眠れない……


 団地を後にした俺は今、漫画喫茶に居る。


 夢の中でニヤに直接、クロの在処を聞く為に、実に漫画喫茶まで送ってもらった。

 実とは夢でクロの在処が分かり次第、連絡する事になっている。


 自宅は警察に目を付けられているはずだ。仮眠を取るのに漫画喫茶が手っ取り早かった。


 しかし、あれ程まで睡魔の誘いに苦しめられたのに今は全く眠る事は出来ない……

 それどころか意識が冴え渡り、感覚が過敏になってしまっている。


 狭く、静かな個室の中で隣の利用者の微かな吐息やページをめくる音、パソコンのタッピング音に食べ物を口にする咀嚼音、それらが一つ一つはっきりと俺の耳に届いてくる。


 俺は眠りに就こうと、目を閉じた……しかし一向に睡魔は俺を迎えに来ない。

 何か食べれば、眠くなるだろうとお店のおすすめとなっているカツカレーを完食した。

 しかし久しぶりの食事の為か、結局、胃もたれになり更に眠りからは遠ざかった。


 眠れない……


 眠れない……


 眠れない……


 眠れない……

 

 俺は、眠れないストレスで酷く、苛立ち始める……


 ふと隣の個室から会話が聞こえてくる、ここは漫画喫茶だ。マナー違反の迷惑な客だと

更に俺を苛立たせた。


 会話が俺の方にも聞こえてきた……


「ねぇ、最近、怖い噂を聞いたんだ……知ってる?」


「怖い噂って、何?」


 どうやらカップルのようだ、隣の部屋の会話が嫌でも俺の耳に入ってくる……


「留置所から男の人が脱走したんだって」


「それ、本当か?この街の話しか?」


「そう、すぐそこの警察署だって」


「怖いな……じゃあそこら辺にいるのか?」

 

「すれ違ってるかも……しかもその男は夢日記を書いているって話しだよ」


「夢日記?なんだその男は、頭がおかしいのか?」


 俺は会話を聞いて、冷や汗が出てきた。どこから留置所から脱走したと情報が漏れ出してるに違いない……俺は壁に耳をぴったりと付けて、更に話しを聞いた。


「噂だとそいつ、踏切に女性を突き飛ばしたり、器物破損、車の暴走行為に放火、色々やってるみたいなの……」


「そんな凶悪犯が逃げ出したのか、やりたい放題だな、そんな頭のおかしい奴、さっさと捕まえちゃえばいいのに……」


 確実に俺の事を言っている。何故そこまで話しを知っているんだ?警察の関係者かもしれない……俺は更に耳を澄ました。


「ねぇ……もしかして、この部屋の隣にいたりして……」


「隣に?まさか……ははははは」


「そうよね……ははははは」


「ははははは……」


「ははははは……」


 隣から狂ったような笑い声が聞こえてくる。ここは漫画喫茶だ、マナー違反にも程がある。俺は眠れない苛立ちも重なり注意しようと外にでた。


 隣の部屋を思い切り開く……


「あれ……」


 隣の部屋には誰も居なかった……


 どうしてだ?確かに笑い声は聞こえていた筈だ。

 通りかかった店員が俺の方に寄ってきた。


「お客様、どうしました?隣の部屋を開けられては困ります、何かお客様の部屋に不具合でもありましたか?」


「いえ、すいません。隣の部屋の笑い声があまりにも酷かったもので……」


「今、この店を利用しているのはお客様だけですよ?」


 一体、どういう事だ……俺だけ?そんな筈は無い……確かに会話は聞こえて来たのだ。

 しかし店員に言った所で大事になっても困る。俺は一旦、部屋に戻る事にした。


「そうでしたか……すいません。勘違いだと思います」


「ごゆっくり……」


 店員が去り、部屋に戻る。俺は確実に狂い出しているのかもしれない……早く、ニヤを見つけ出さないと……

 

 睡眠薬があれば……以前、通った病院はどうだろうか?いや……警察に居処がばれるかもしれない……


 俺はパソコンで睡眠薬の入手方法を調べる……するとある掲示板に辿り着いた。


“あなたの目当てのお薬なんでも揃います”


 怪しい掲示板ではあるが、藁にもすがる思いで目を通す。するとあるスレッドが目につく……


“眠れないあなたの為に、強い睡眠薬あります”


 これだ……俺はすぐクリックした。

 クリックすると画面の下に電話番号が表示される……俺は怪しいと思いつつ連絡してみる事にした。


「もしもし……」


「お薬ですか?」


「そうなんだ……強い睡眠薬が欲しい」


 電話口の男の声は籠った暗い声色だった。聞くと男はこの漫画喫茶の部屋まで薬を届けてくれるようだ。こんなうまい話しがあるだろうか?疑いつつも俺には選択肢が無かった。


 電話を切ると5分も掛からずに部屋がノックされる……いくらなんでも早すぎるだろう。

 

 俺は電話をした事を後悔するが、もう遅い……恐る恐る、扉を開くと、黒ずくめの男が立っていた。


「随分、早いな……」


 男は俺の問いかけには答えずに右手を差し出してくる。俺は男の手から錠剤を受け取った。


「いくらだ?」


「お代は結構です」


 男はそれだけ言うと部屋の前から立ち去っていった。


「おい……」


 俺の呼び掛けには振り向かずに男は店を出た。


 俺は部屋に戻ると錠剤を確認してしてみる。錠剤は鮮やかな青色をしていた。睡眠薬と言うよりは綺麗な青いビーズのような見た目の錠剤を飲むには抵抗があった。

 これは本当に睡眠薬なのだろうか?何か別の薬で中毒にさせられ、後から金を巻き上げられるのではないだろうか?

 ただほど怖いものはないとは良く言ったものだ……


 しかし一刻も早く、クロを見つけなければならない……警察からいつまでも逃げていられる余裕は俺には無い。 


 俺は覚悟を決め、錠剤を噛み砕いた……

 

 飲み込んでもすぐには眠気は訪れて来ない……騙されたのだろうか、そう思った次の瞬間に部屋の仕切りから大量の水が流れ込んできた。まるで水中にコップを沈めたような勢いで水が部屋に侵食してくる。


「一体、どういう事だ。このままでは溺れてしまう……」


 水はどんどん部屋の中に入ってくる……俺は部屋の隅に背中を付けた。


「助けてくれ……」


 瞬く間に部屋は水で満たされ、俺は水の中に閉じ込められる。

 不思議と苦しさは無く、まるで母の胎内にいるような心地良いイメージだった。


 そのイメージは次第に睡魔を呼び寄せる……俺は睡魔に包まれ、穏やかに眠りに就いた……




 


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