11月12日『前妻』
11月12日『前妻』
俺は粉の舞うベットの上で目を覚ました。粉が喉に入り、起きて早々に咳き込んでしまう。よくこんな所で眠れたものだ……
撒いた消化器の掃除はする気分にはなれなかった。実との会話で久しぶりに腹から笑い、疲れてしまったのだろう。
起きて、ベットの上で煙草に火をつけると何か、嫌な匂いがする事に気がついた。これは……ガソリンの匂いだ、指先からガソリンの匂いがする。
ガソリンの匂いは夢をフラッシュバックさせる……
車のバックミラーに映るニヤ……
フロントガラスから見えた隣り町の景色……
前妻が住むアパートの駐車場……
青い車に割れたフロントガラス……
火炎瓶……それに燃える車……
アパートの窓ガラスに向けた煉瓦……
うるさく響く、パトカーのサイレン……
そしてベットの横にはバールが落ちている……
これはまずい……俺はベットを抜け出し、すぐに前妻に連絡しようと携帯電話を探す。
前妻に電話を掛けても繋がることは無かった……
「まずいな……早く知らせないといけない……」
俺は焦りから独り言を呟く……一体どう説明すれば良いのかだろうか?俺が君を狙っているから逃げて欲しい?そんな馬鹿な話しを聞いてくれる筈が無い。
とにかく俺の知らない場所へ避難しないといけない……それだけで良い、それを一刻も早く彼女へ伝えなければ……
電話は諦め、メールアドレスを探した……しかし前妻の電話番号しか俺は知らない。
もう考えても埒が明かない……俺は車に乗り込み、エンジンを掛けた。
しかしエンジンが掛からない……なんでこんな時に……俺は焦っていく。
車は車内灯やライトまで故意に点けられている……これは、ニヤの仕業だろうか?
起きた俺の行動を予見して、わざとバッテリーが上がるように仕組まれたとしか思えない。
ふと昨日、出会った実の顔が浮かんだ……携帯番号は教えてもらっていた筈だ、俺は夢日記を見て、番号を確認すると、実に電話を掛ける……
「もしもし?実か?」
「あぁ……夢見さん、あんたか?また夢でも見たのか?」
俺は、昨夜の夢を説明する……
「とにかく、前妻の元へいかなくちゃならない……実、車は持っているか?」
「あぁ、持ってるよ。向いに来いってか?」
「あぁ、すまないがお願い出来ないか?」
「夢見さんは仕方ねぇな……後で穴埋めしてもらうぞ」
「ありがとう……助かるよ」
10分もしないうちに実は俺のアパートに到着した。実は古く小さな外車に乗っている……実の大きな体には不釣り合いな車だった。
「わざわざ、すまないな……」
「あぁ、小さい車で驚いたろ?」
「小洒落た素敵な車じゃ無いか」
実は返事代わりにクラクションを鳴らした。細く枯れた音のするクラクションだった。
「じゃあ道案内を頼むよ、夢見さん」
「あぁ……」
車に乗り込み、俺と実は前妻のアパートを目指した。
「にしても本当に現実にも影響しているのか?夢見さんの見た夢だろ?」
「体からはガソリンの匂いもするし、バールもベットの下に落ちていたんだ……ニヤが俺の体を使ってやったんだろう……」
「ニヤが夢見さんにねぇ……じゃあ俺は犯罪者を乗せて車を走らせてる訳か……」
「そう思ってくれて構わない、巻き込んでしまってすまない……」
「そう、何度も謝るなよ……どうせ暇しているとこだ……にしても前妻にはなんて説明するんだ?」
「とにかく俺の知らない所に行ってくれと伝える……細かい事は信じてくれないだろう……」
「元旦那がそんな事を言って来たら気が狂ったと思われるだろうな……はははははは……」
実はそう言って笑い出した……その笑い声は俺を幾らか落ち着かせた。
しばらくすると目的のアパートに到着した。急いで車を降りると、案の定、前妻が乗っている車のフロントガラスは割れ、車には燃えた跡があった……
「本当に燃えている……」
実は車を見て驚いている様子だった。焼けこげた車を珍しそうに覗いている……
俺は急いで前妻の住むアパートに駆け寄り呼び鈴を鳴らした。何度も鳴らす内に前妻が扉を開いた。
「あなた……どうしたの?」
「怪我は無いか?電話も通じなかった……」
前妻は少しやつれているように見えた。それはそうだろう、車は燃やされ、窓ガラスは割られてるのだから……
「車も放火されて窓ガラスも破られていたの……警察との対応に忙しくて……」
「そうか……大変だったな……俺は今から言う事をよく聞いて欲しい……」
「久しぶりなのにどうしたの?」
「あぁ……1年ぶりだな……突然こんな事を言うのはおかしいと思うが聞いてくれ……」
「何?」
「今から俺の知らない所に避難してくれないか?」
前妻は明らかに怪訝な表情で俺を見る。久しぶりに会った元旦那にこんな事を言われればおかしくなったと思われても仕方ない……
「どういう事?」
「理由は話しても信じて貰えないだろう……とにかく直ぐに俺の知らない場所へ避難しててくれ」
「突然……中に入ったら?ちゃんと説明して、お茶でも出すわよ?」
「いや……いいんだ……君と話しをしていたら何処に行くか、分かってしまうかもしれない……それはまずいんだ……」
「どうしたの?顔色も悪いわ……」
「いいんだよ……とにかく俺の願いを聞いてくれ……」
「ちょっと待って、何なのよ……」
俺は逃げるようにその場を立ち去ると振り向く事なく、実の車に乗り込んだ……
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