11月10日 夢日記『夢の真実』

11月10日 夢日記『夢の真実』


 ……夢の中で俺はまたあの真っ暗な空間に立っていた。


 音もなく何も聞こえない。一寸の光もない。どこまでも真っ暗な闇が広がる空間だ。


「ここは……また来てしまったようだ……」


 夢の中でも意識はしっかりしていた……同僚の正体がこの真っ暗な空間で分かったように今回も何かこの夢で分かるのかも知れない……そんな期待を抱いて俺は歩き出した。


 どれくらいこの暗闇を歩いただろうか以前と同じように遠くに誰かのシルエットが見えてくる……


「今度は誰だろう?」


 俺は闇の中に浮かぶシルエットに向かい歩き出す。

 シルエットが近づくにつれて輪郭ははっきりとしてくる。あれは……少年だ。

 俺は少年の目の前で止まる。少年は俺に話し出した……


「また会えたね……君は変わりたがっているみたいだけどそれは無駄な事だ。僕と一緒に遊び続けよう……僕は君なんだよ」


「それは出来ない……俺はこの悪夢から抜け出して現実を見極めたいんだ……」


「もう……遅いと思う」


「罪を犯したのなら償う覚悟はできている」


 俺は以前の夢で公会堂の屋根から突き落とされた幼い頃の俺を思い出した。


「幼い頃の俺はどこにいる?お前が公会堂の屋根から突き落としたよな?」


「幼い君はこの夢の中から消えてもらったよ……ここでは僕が王様なんだ」


「勝手な事をするなよ、何が王様だ、これは俺の夢の中だ」


「何度も言うけど、君は僕なんだ……君が望んでいる事なんだよ?そんなことより君は夢と現実を見極めたいと思っていたよね?」


「あぁ……夢も現実も区別がつかなくなっている。これじゃまともには生きていけない。悪夢も奇妙な予知夢ももうたくさんだ……」


 少年は笑っているように見えた。


「予知夢?本当に予知夢だったのかな?……わかったよ……見てみようか……僕についてきて」


 俺は少年の後ろをついていった。しばらく歩いていくと暗闇の中に霧が少しずつ立ち込めてくる。

 霧はどんどん濃くなっていく中、遠くに薄明かりが見えてきた。


 ここは……いつも通る踏切だ……


「着いたよ。よく見てて」


 少年は俺に言う……


 しばらく踏切を眺めていると見慣れた車が踏切に止まった。

 よく見るとそれは俺の車だ……車の中には俺が乗っている。

 この濃い霧は……あの日だ。女性が電車に飛び込んだ日の光景だ。


 車が一時停止したと同時に警報器が鳴り、遮断機が下がる。

 遠くには暗い霧の中を電車のライトが近づいてくる。

 歩道には真っ白なスカートに黒いコートを着た女性が踏切の前で電車が通り過ぎるのを待っていた。


 俺は咄嗟に車から降りて女性の元へ近づいていく。

 俺は女性へ近づき無理矢理線路の中へ押し出そうとしていた。

 濃い霧の中、視界は悪い上に周りには誰も居ない。

 女性は嫌がり激しく抵抗をするがそのまま線路の上に投げ出されうつ伏せに倒れてしまった。


 近づいた電車は激しくブレーキ音を響かせる……


 電車は近づき女性は寸前のところで立ち上がり線路を抜け出し轢かれることは免れた。


 ゆっくりと電車は線路を通り過ぎる、警報器が止まり遮断機が上がると俺は女性の元へゆっくりと歩いていった。

 女性は恐怖の表情を浮かべそこから逃げだした。


 俺は車に乗り込み線路を渡った。


 そこで踏切の景色は消えていき俺はまた真っ暗な空間にもどされる。


「なんなんだ今のは?」


「何か、教えて欲しい?」


 少年はどこか勿体ぶった言い方をする……


「あれが踏切で起きた真実だよ」


 俺は耳を疑った……少年は続ける。


「あれは予知夢なんかではなかったんだ。君が女性を線路に投げ入れた」


「なぜ……なぜ、俺はそんな事を……」


「うんざりする毎日から抜けだすにはなんでも良かったんじゃないかな?君は本当に勝手な奴だね……」


「あの女性は確かに夢にも出てきたはずだ……」


「それは毎日、線路を通るたびに見ていただけだよ……現実で見ていた女性を夢に勝手に登場させただけじゃないか」


 本当にそうなのか……なぜ俺がそんな事を……俺は少年にさらに聞いてみる。


「あの日は確かに女性は轢かれたはずだ。轢かれる鈍く重い音も確かに聞いている。救急車や警察が集まってるところも俺はしっかりと覚えている」


 少年は笑いながら答えた……


「それは君が作り上げた妄想だよ……現実の出来事と夢を混ぜ合わせてしまったんだ」


 俺は少しだけ安堵する。女は轢かれてはいなかったんだ……


「轢かれていない……良かった……」


「君は夢で見た光景に現実を無理矢理当てはめていたんだよ……良かったね……女性は無事だよ」

 

 不幸中の幸いだ……俺は殺人犯になってしまうところだった……女性が生きていると死んでいるとは大違いだ。

 おそらくこの件も警察には知られているだろう……


「俺は何をしたかったんだ?」


「君は壊したかったんだよ……」


 少年はそういうと暗闇の中をさらに消えていった……


 暗闇の中を少年はさらに歩いていく。いつの間にか少年の隣に何か黒い生き物が歩いている事に気がついた。


「にゃぁ……」


 振り向くと暗闇の中にふたつの瞳が光る。公衆電話に閉じ込められていたあの時の黒猫だ。少年は振り返り喋り出した。


「こいつはクロって言うんだ。君は見覚えない?」


 長い尻尾に首輪……俺が幼い頃大事にしていた黒猫のぬいぐるみとよく似ている。

 確かそのぬいぐるみに俺はクロと名付けていたはずだ……


「そう……思い出したみたいだね。君が昔、大事にしていた黒猫のぬいぐるみのクロだよ……どこで無くしたんだろうね?」


 どこで無くしたか俺はもう思い出せない……あんなに大事にしていたのに。

 

 夢の中だ、ぬいぐるみのクロは生きている黒猫に姿を変えて出てきたのだろう。


 クロはあるところで立ち止まり仕切りに鳴き始めた。


「にゃぁ……」


「にゃぁ……」


「にゃぁ……」


 鳴いている先を見てみると仄かに灯りが見える。公衆電話だ……少年は振り返る。


「さぁ着いたよ……よく見ていて」


 しばらくすると男が夜道を歩いてくる。

 あれは……俺だ。夜中に目が覚めて煙草がない事に気が付いた俺は夜に近くのコンビニに買いに行ったんだ。

 帰りの公衆電話に真っ赤な車が突っ込んできて大変だった。


 道を歩いている俺は背後に真っ赤な車が近づいてくるのを確認する。

 俺は咄嗟に道の真ん中に立ち、手を広げて車を停めた。

 車を停めた俺は無理矢理に助手席へと座り出す……

 俺は運転席に座る老人に何やら話しているようだ……

 老人は俺に困惑した表情を浮かべながら車を運転させる……

 助手席の俺はなにやら老人を煽っているようだ。

 車のスピードはどんどんと上がっていく……俺が老人を煽ってスピードを上げさせているようだ。

 次第に公衆電話に車は近づいてくる……公衆電話の直前に助手席の俺は急に運転席のハンドルを切り出した。

 車は進行方向を変えて公衆電話に突っ込んでいく……車は激しく損傷し、運転席の老人はエアバックに顔を埋めて動く事はなかった……

 俺は車を降りて公衆電話の中に入ると小銭を入れどこかに電話かけている。

 電話をかけ終えた俺は一瞬、車を見返すとどこかに行ってしまった。

 そこで公衆電話を映す風景は消えた。


 俺は少年に話しかける。


「俺がやったのか?」


「そうだよ……君がやった事だ」


「いや……そんな事するはずが無い」


 俺は口に出してみたが自分自身が信じられなかった。


「君は車から降りると壊れかけた公衆電話から救急車を呼んだんだ。自分でやったのにおかしいね……」


「俺は何をしたかったんだ……」


「理由なんてないよ……君は自分自身の願望を叶えた……それだけだよ」

 

「運転席の老人にはすまない事をした……」


「いやそれは違うよ……君は普段から真っ赤な車に乗るあの老人の運転には酷く苛立っていたんだ。違うかな?」


 ……確かにそうだあの真っ赤な車に乗っている老人には見覚えがある。

 あの老人は運転ルールを守らない事が多く見られた。

 以前、コンビニの帰り道に俺は轢かれかけた事もあった。


 だからってこんな事を起こすの間違っている……


「君の潜在意識の願望がこうさせたのかもね……」

 

 少年はそういうと振り返り暗闇の中を歩き出した。


「俺自身の願望なのか……」


 またしばらく暗闇の中を少年の後を歩いていく。

 もう次に見せられる景色は俺にはもう想像がついている。

 おそらく同僚と飲みに行った日の事だろう……あの日は奇妙な火事の悪夢を見た。

 今までにないほどに奇妙な夢だった、グロテスクな料理の数々をはっきりと覚えている。


 火事を恐れた俺は同僚に頼み店を変えてもらったんだ……同僚は自分自身……電話をかけたふりをした自作自演だった。


 あの火事も俺の仕業なのだろうか……そうなんだろう。

 俺は本当は全てわかっているはずだ……自分の記憶に蓋をしているだけだ。

 その蓋は俺には自由に開けることは出来ない。

 この夢だって俺自身が俺に見せている夢……俺は全てを知っているだろう……


 俺は少年に聞いてみた……


「なぁ……お前は俺なんだろ?」


少年は立ち止まり振り返る。


「突然どうしたの?」  


「答えてくれ……お前は俺のはずだ」


「そう、僕は君だよ。前にも言ったよね?」


「踏切の時も公衆電話の時もお前がやらせていたのか?」


「僕は君だ……君が望んでやったんだよ」


「幼い頃を思い出した。俺が悪さをする時は必ずお前は俺を唆して誘導していたはずだ」


 少年は何も答えない。


「夢の中で幼い俺は言っていた。お前に近づくなって……今回も俺を唆していたんだろ……どうしてこんな事をやらせるんだ?」


「何度も言うけどね、君が望んだ事だよ。それに意味なんてないんだ。子供が窓ガラスを割るような悪戯に意味なんてないだろ?」


「辞めてくれ……お願いだ」


「辞めないよ……これからだよ……君が気に入らないものや寂しくさせるものを僕と壊して遊ぼうよ……あんな風に」


 そう言うと真っ暗な空間から居酒屋の風景へ切り替わる。同僚と飲んだあの居酒屋だ。 

 俺はひとり店の中に入っていく……誰かと会話しているように見えるが俺はひとりだ。

 席に座りビールを注文すると店員が困惑していた。

 それはそうだ……ひとりで入ったにも関わらずビールを2つ頼んでいるのだから。

 奇妙な客だと思ったに違いない……


 ビールを並べ見えない同僚と飲んでる姿は自分ながら不気味である。

 これでは店員に不審に思われても仕方ないだろう。


 しばらくすると俺は外に煙草を吸うふりをして店を抜け出した。

 店の喫煙所には寄らずに歩き出した。

 一体どこに行くのだろうか?俺は後をつけてみた。


 道路を渡り向かいの焼肉屋に俺は入った。 

 店員は居ない……俺は暖房器具から灯油缶を取り出す。

 店員の目を盗み灯油缶を持ちトイレに入った。

 トイレに入ると俺は鍵を閉めてトイレの個室の床や壁に丁寧に灯油を撒いていく……手にしたライターで火を付けると瞬く間に炎は広がった、俺は急いでトイレを出る。

 店員には見つからずに焼肉屋を出て居酒屋に戻る。


 俺は何事もなかったように酒を飲み続けた。

 火事で外は騒がしくなると俺は野次馬のひとりに加わる。


 会計をする時に確かに指先から灯油の香りがした……あの匂いの正体が今わかった。

 焼肉屋に火を付けたのはやはり俺だった。


 俺は過去を思い出した……あの焼肉屋には以前、行った事がある。

 店に入るには狭い通路を通ったはずだ、赤と黒の小洒落たタイルの洞窟のような通路だった。店員は無愛想で料理も口には合わなかった。


 それが気に入らなくて俺は火をつけたのか?たったそれだけの為に、それは俺が持っていた願望なのか?


 景色はまた暗い空間に戻る。少年は振り返って俺を見る。


「現実を見極めたいって言ってたよね?これが真実だよ。そして本当は君は知っていたはずだ」


「知っていたんだろう……これは全て俺の中の世界だ」


「楽しかったね……これからもっと楽しくなるよ」


「もういい……辞めてくれ」


「僕はこれから君を孤独にしたものや君が煩わしく思う物を壊していく……」


「もう辞めてくれ……お願いだ」


 その瞬間、突然に暗い空間は煙に包まれていく。

 背後では炎が広がり瞬く間に暗い空間を包んだ。

 全てを燃やしてしまう程の強い炎に俺の意識は薄れていく。


 少年の最後の言葉が頭に鳴り響く……


“僕はこれから君を孤独にしたものや君が煩わしく思う物を壊していく……”


 一体、何をするつもりなんだ……あの少年は……いや……俺自身は……


 煙は立ち込め、炎の熱さを感じながら夢は終わった……



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