第84話 次の国とそれぞれの道
「大丈夫か?」
沈黙ののち、ウィルが聞いてくる。
「だいぶ混乱したと思うけど」
「へ、平気よ」
全然平気に見えていないのだろうけど、わたしはもう大丈夫。
大きく深呼吸をする。
意識をしてから初めてまともに話をした気がする。
(落ち着け、わたし……)
「いろんなことが一気にわかって混乱していないと言ったら嘘だけど、ここまで来たら、もう何があっても驚かないわ」
ママは昔お姫様で、呪いにかかっていて、海賊だったパパに攫われた。
そんなパパともまさかのまさかで再会することとなったし、ママの元婚約者にも会えた。正直言って出来すぎだ。
いちいち動揺しているけど、これ以上に大きな出来事なんて他にあるのかと思えるくらいだ。
「心配してくれてありがとね」
「いや、俺は……」
「今もそれで来てくれたんでしょ。安心して。もう大丈夫だから」
本心だった。
泣きたくなることもある。
だけど、わたしはひとりじゃない。
そう思わせてくれる人が目の前にいる。
「あのさ、ローズ」
ウィルの真剣な瞳がわたしを捉え、ドキッとする。
「な、なに……?」
背景にちらつくさくらの花びらも含めて絵になる美しさだ。(なぁんて言ったら怒られるだろうけど)
「次の国はきっと、いや、間違いなくラマ国だ」
「うん」
小さな島国と言われるジパン国のすぐそばにその国は存在すると聞く。
「同じく東洋の国なのよね」
大陸にある国のひとつではあるけど。
「ああ。ダーウィン・スピリの出生の地と言われている」
「あ……」
そういえば、初めて会ったときのウィルに教えてもらったことを思い出す。そして、
「魔術を使える人間が普通に暮らしている地域もあるのだとも聞いている」
ウィルは言葉を選びながら続ける。
「魔術を使えるからと言って、みんなが悪いというわけではない」
「わかってるわよ」
言わんとすることはわかった。
「気にしていないわ。ジパン国にひどい魔術師が現れたのは、ずいぶん昔のことでしょ。それに、それがラマ国に住む人のせいだとは思っていないわ」
こんなに近い国なのだ。
「ママに呪いをかけた人間を探そうだなんてバカなことは考えてないわ」
ラマ国にいても、ジパン国にいても、わたしは気にしていない。
というよりも、関わりたくないのが本音だ。
今はその呪いも解けたというのだ。
むしろこれ以上危険に巻き込まれることなく何事もなく穏便に過ごしたいものだ。
「そうか」
それなら良かった、とウィルは安堵した表情を浮かべる。
「それならよかった」
「うん」
「ラマ国には、俺の探していたものがあるはずなんだ」
「え……」
さらりと告げられた言葉に思考が停止する。
「だから行くことを拒否されたらどうしようかと思ったけど、安心したよ」
ウィルが柔らかい笑顔を浮かべる。
「そ、そう……」
見つかるといいね、と思ったのだけど、それを口に出せたのかどうかは自分でもわからなかった。
いろんな出来事を体験してきて、もうこれ以上のことには驚かないと思った矢先にこれだ。言葉が出ない。
目的地まで連れて行って欲しいとウィルは初めて会った時から言っていた。
もしもラマ国という国がウィルの目的地であるならば、もしかしなくてもウィルとはそこでお別れする可能性がある。
(そこで、船からおりるの?)
喉まで出た言葉は声にならない。
「だいぶ冷えちまったな……」
メルの頬に手をあて、中に入るか、と笑うウィル。
(待って)
わたしはなんと返したかわからない。
(待って待って待って……)
うまく笑えているかさえわからない。
だけどきっとうまく乗り切ったのだろう。
メルを抱きかかえ、わたしの前を歩く大きな背中をただ見つめ、城内に戻る道筋を月明かりに照らされながら一歩一歩足を進めた。
途中で何度も振り返りながら前に進むその背中を見失わないように必死についていく。
(わたしは大丈夫……)
それはこの人が一緒にいてくれる場合の話だ。
(ぜ、全然、大丈夫じゃない……)
心にぽっかり穴が空いた気がした。
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