第3話 ローズの描く夢

「ところでカール・クラフトの告白、断っちゃったんだって?」


「え?」


 いきなり話題を変えられてびっくりする。


 レイの様子を見る限り、どうやらこの話を出すタイミングを伺っていたようだ。(だからわたしが他ごとを考えてしまうくらい口数が少なかったわけだ)


「レイ、知ってたの?」


 改まった親友の様子に思わず頬が火照る。


 どう報告したらいいか迷っている間にいつの間にか日が経ってしまっていた話題を今さら口にされ、いささか気まずい気持ちとあの時のいたたまれない気持ちが蘇ってくる。


 黙っていたことを謝るべきか、微妙だ。


 実際のところ悩み悩んで悩んだ挙句、自分の中で勝手にこの話題は自己完結していた。


「知ってたもなにも、学校中で話題になってるわよ」


「わっ、話題? ど、どうして……」


 誰にも言った覚えはない。最悪だ。


 自分でも信じられないことだった。


 今でもまだ夢だったのではないかと思ってしまうこともあるくらい衝撃的な出来事だった。


 一週間ほど前の朝、学校に行くなり、校内一の人気者に呼び出されて想いを告げられたのである。


「当たり前でしょ! クラフトよ? あのカール・クラフト! 聞いて耳を疑ったわよ」


 もったいないったら!とレイは憤慨している。どうやらほとんど知られているようだ。


「で、でもわたし、あの人のことをよく知らないし」


「ああ、いつもどおりの台詞ね」


 レイは大げさな溜息をつく。


「ローズは人気あるのにいっつも断っちゃうんだもん」


「珍しいからでしょ」


 口を開いたら嫌味っぽくなった。


 そう、わたしは珍しいのである。


 瞳の色は亡くなったパパに似たらしく、海の深さよりも空に近い明るい青色でこの街の人間らしい色合いをしているのだけど、髪の毛の色がとても暗いせいか双方の瞳の色だけがよく映えて珍しい造形をしている。


 遠くから見ると光って見える……とも言われたことがある。


 個人的には人にはない珍しい姿を気に入っていたけど、お年頃になった今では人と違っていることがだんだん気になり始めた。


 そんな頃からか、今まで話したこともなかった異性から声をかけられるようになった。


「きれいだからよ」


 わたし贔屓のレイがにっこり微笑む。


「なんせあの絶世の美女の娘だもん!」


 思わず絶句する。(いや、ママ贔屓か)


 彼女の言う通り、わたしの髪色はこの街きっとこの国で唯一の漆黒の髪色と瞳の持ち主なのだと言われているママ譲りだからだ。


 ママは、娘のわたしでも驚くほど神秘的で美しい見た目をしている。


 見た者を必ず魅了すると言われているその絶対的な様子は、この街で『絶世の美女』と呼ばれている。(ここまで言っておいてなんだけど、断言してもわたしはママ似ではない)


 本人はジェクラムアス人なのだと言っているけど、ママの顔立ちはこの街にはないものだ。


 印象的には文献で目にしたことがある東洋(ジパン国かラマ国)の血が入っているのかもしれないとこっそり思ったことはある。


 東洋の人は、わたしやママのような暗い髪色を持つ人間が多いって言うし、それならママの『シャヤ』というこの国でとても珍しい名前も納得がいく。


 と、まぁママの話題はこの辺にしておいて、あまりにレイがべた褒めしてくるものだから、あまりの気恥ずかしさに慌てて話をそらせる。


「わたしはパパ似らしいけどね」


 ママが良く言っている。


 その瞳を見ていると、大切な人を思い出すのだと。


「それにしたって羨ましいわよ」


 レイの勢いは止まらない。


「あーあ、これでやっとローズから恋のお悩みが聞けると思ったのに、残念。ローズのお相手になる男っていったいどんな人なのかしらね?」


 レイがきらきらした瞳で遠い彼方を見つめた。


「王子様だといいな」


「え?」


 一刻も早くこの話題を終わらせたくて、ぱっと思いついたままの言葉を口にしてしまってはっとした。少しの間、沈黙が流れる。


「あ、いや……」


 ほんの一瞬だったけど、失言だったと気付いたもののもう遅い。


「まだそんな夢を持ってたの?」


 だけど、レイの様子はなぜかいつもよりわたしをむっとさせた。


「どうして?」


 いつもなら笑って誤魔化せるのに今日はなんだかもやもやしてしまう。


「だって王子様でしょ? いくらローズでもそれだけは無理よ。大体、同じ国に住んでいるとはいえ、中央地区に住んでいる王族と国の端っこに住んでいるわたしたちは出会う機会さえない。王子様の顔さえ知らないようなちっぽけな街にいるのよ。無理に決まってる」


 いつもはそうだねって軽く流せた言葉が自分でも不思議なくらい耳についた。


 わたしだってもう子どもじゃない。


 もちろん、そんなことは知っている。


 無理だって、無謀なことを言ってるんだってわかっている。


 どうせわたしもみんなと同じように生まれ育ったこの街で恋をして結婚をして、変わらぬ毎日を少しずつ繰り返すようにこれからもここで生活していくのだろう。


 わかっている。


 でも、それでも願ってしまうのだ。


 物語のように胸の奥からわくわくするような世界を。


 学校を卒業するまでは夢くらい見ていたい。

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