第13話
「どういうことだ。なんでイクシードがうちのデザイン使ってる!」
メガネガエルが明らかに怒ったような口調で誰ともなく責める。
「いえ……それが……」
“わからないんです”って感じを含んだ言葉でシュンくんが返事をした。
「おい、ハル! お前もしかしてラフアップしたんじゃないだろうな?!」
「そんなことするわけ……!」
ハルくんは反射的に強く否定したけど、すぐに言葉を詰まらせた。
顔色は真っ青だ。
「取締役、原因究明よりも起こってしまったことへの対処を大至急検討するべきです」
トウマさんが、メガネガエルに静かだけど強めの言葉で諭した。
「わかってるよ! けどデザイン画が流出するって普通のミスじゃありえないぞ!
誰かが故意にやったとしか思えないだろう!?
もしそれが原因ならここで穴を塞がないと、また同じこと起こるんじゃないのか!」
メガネガエルは大声で怒鳴る。
その張り詰めた空気に逃げたくなってきた。
「おっしゃることは尤もですが取締役。あのラフは既にブリリアントに提出し、OKをもらっているデザインです。
クライアントであるブリリアントにまず今回のことを報告し、デザインをまた作り直さなければなりません。
私たちの仕事は、信用で成り立っています。まず、ブリリアントとDDDへの対応が先決でしょう」
トウマさんに言われ、メガネガエルはなにか言おうとしたけど我慢したみたいだった。
「ハル! キャンペーンページはお前が担当だったな」
「は、はい」
普段はメガネガエルに対しても砕けた敬語で話すハルくんも、メガネガエルの剣幕に緊張しているみたいだ。
なんとか助けてあげたいけれど、なにをどう口を挟めばいいのかわからない。
「お前、わからないのか。なんでデザインパクられたのか」
「……」
「答えろ!!」
「わかりませ……ん」
青い顔でただ俯いているハルくんを、見下ろすメガネガエル。
「お前、分かってるな。トウマが言ったようにこれは信用問題だぞ。ブリリアントに報告すれば、
今回のオーダーをキャンセルされるかもしれない。
それどころかDDDとも付き合いを切られるかもしれない」
「そんな大袈裟ですよ……」
思わず私は言ってしまった。集中砲火を受けるハルくんを見ていられなかったから。
「大袈裟じゃねえよ!!」
「ひっ」
今日一番の大きい声で怒鳴られてしまった。泣きそう。
「……ハル。お前が担当していた以上、なにが原因だったとしてもお前の責任だぞ」
少し声を震わせたメガネガエルの威圧感に、すっかりハルくんは黙ってしまう。
「取締役。とにかくブリリアントへの対応を打ち合わせましょう」
「ああ」
トウマさんとメガネガエルはゲストルームへと去っていった。
「……くそ……!」
ハルくんは両手で顔を覆ってデスクに肘をついた。
「ハルくん……」
かける言葉が見つからない。
すっかり静かになってしまったオフィスに、私とシュンくんにアッくん、そしてハルくんがいた。
シュンくんは黙ってハルくんの肩を叩くと自分のデスクに戻る。
アッくんも同じくデスクに戻ると気まずそうな表情で腕を組んだ。
「あ……あの」
たまらなくなった私はそんな静かな空気を破ろうと、声を出した。
「だ、大丈夫ですよ! どうにかなるって……!」
「うっせえよ!」
顔を覆ったまま叫ぶハルくんの声に、私は心臓が止まるかと思った。
「お前になにがわかんだよ! それで励ましてるつもりかよ!」
「でも! ハルくんが落ち込んでたってしょうがないじゃん!」
「あァ!?」
「お、おい……おまんじゅう……ハル……」
シュンくんが私たちの言い合いを止めようと声をかける。
「そんなことより、新しいデザイン考えられないの!?
ハルくんが担当なら落ち込むよりやることあるんじゃないの!」
「……! なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!
デザインのことなんてなんもしらねーくせに!」
カッチーン
「じゃあ今からブリリアントに謝ってきたら!?
トウマさんやメガネガエルに謝ってもらって、自分はしょんぼりしとくだけで仕事もしないんだったら、
ブリリアントに行って土下座でもしてきなよ!」
パンッ
痛っ
「……え」
「……あ」
私の左頬に熱さが走った。
あれ、もしかしてほっぺた叩かれた?
そう思ってハルくんを見ると、ハルくんも叩いた自分の掌を見て口が半開きになっている。
「……最低。そんなに最低な人だって思わなかった」
涙も出ない。なんだろうこの気持ち。
今まで感じたことのない気持ち……。
怒るとか悲しいとかじゃなくって、心の底から呆れるような。
「ごめ……」
ハルくんは反射的に手が動いてしまったっぽいけど、私はそんなハルくんの「ごめん」を聞く前に走ってオフィスを出た。
「あんこ姉!」
後ろでアッくんの声が聞こえるけど無視して私は走った。
階段を駆け下りていると、息が苦しくなって、足がふらつく。
「う、うああ……」
やっと涙が出てきた。
情けないのと、腹が立つのと、とにかくぐちゃぐちゃの気分。
その場にしゃがみこんで、声を出して泣いてしまった。
「うええー……ん!」
階段の手すりにもたれて、ひっくひっくと止まらないしゃっくりが苦しかった。
「ハルくんのあほぉ~!」
「おい。十銭まんじゅう」
すこししゃっくりが収まってきたころ、後ろからメガネガエルの声で呼ばれた。
「ひっく?」
「酔っ払いかお前」
「……すっげぇ顔だな」
「ふぇ?」
メガネガエルは見上げる私を見下して、ハンカチを差し出した。
「あ、ありがとうございまず……」
「ちょっとケチャップついてるけど気にするな」
「気にしますよぉ~!」
といいつつ、涙と鼻水を拭く。
「ちょっとブリリアントに行ってくるわ」
メガネガエルはそう言って私を横切っていく。
「わ、私も行きます!」
その背中に思いっきり声を張り上げて止めた。
「うるっせぇな! なんでお前が来るんだよ! 聞いてたろさっきの」
「はい……謝りに行くんですよね」
「ん、まぁな。それだけで済めばいいけど」
「だったら私も行きます!」
「だから、なんでお前が来んだよ」
「役に立ちたいんです。この会社……FOR SEASONの……。
私にはデザインのこともソフトのことも、商談のこともわかりません。
でも、私に出来ることって……きっと、一生懸命想いを伝えることだと思うんです」
「……想い?」
「みんなの気持ちとか、頑張っているところとか、真面目なところとか……その、それをちゃんと伝えたいんです!
それが謝ることだとしても……。
私、結構この会社好きなんで!」
「結構……か」
メガネガエルは背中越しに私を見ると、少し笑ったように見えた。
「あ、いえ……まだ2か月くらいしか経ってないのに大好きとかいうと胡散臭いかな……って」
「結構でも胡散臭いよ」
メガネガエルは、降りた階段を数段戻り、私に近づくと顔の前で急にピースをした。
「なな、なんですか」
「2分やるから化粧直してこい。謝りに行くのにそんな顔で来るなよ」
「……!? は、はい!」
私は急いで階段を降りると、一番近い階の女子トイレへと駆け込んだ。
「う……こりゃひでぇ……」
鏡を見た私は思わずつぶやいてしまった。
ちょっとした妖怪顔になってた。しょんぼり
それにしてもこの代官山には縁があるなぁ……
というか、全部ブリリアント関係だけど。
あたりまえだけど、すっかり見慣れたこのメガネガエルの背中も今はなにもしゃべらない。
さっきまでオムライス食べてたはずなのに。
「なんで泣いてた」
喋った!
「……え、あ、あ~……そのぉ」
喋ったと思ったら、聞かれたくないこと聞いてくるなこのオムライスガエル。
「俺らが会社に戻って、再び出るまでそんなに時間はなかったはずだ。その短い間になにがお前を泣かせたんだ」
「い、いや……デザイン盗まれたのが悲しくて」
「嘘下手か」
うう、なんて答えたらいいんだろう。ハルくんに叩かれたとか言えないし……
「……まぁいい。社員を泣かせるような会社にはしたくないんだ。なにがあったか知らんが、抱え込むなよ」
「ありがとうございます……」
なんだ、優しいところあるじゃない……メガネガエルのくせに。
「だから痩せろよ」
「はい……ん?」
そういえばさっき「社員を泣かせるような会社にはしたくない」とか言ってたような……
「痩せろってまた言った! っつうか社員を泣かせたくないとか言ってさっきパスタ屋さんで私泣かしたじゃないですかぁ!」
「うひょひょひょひょ」
「なに笑ってんですか! 女の子にそんなひどいこと言っちゃだめなんですよ!!」
「悪い、訂正するわ。社員を泣かせたい。泣かせて見せようホトトギス」
「なに言ってんですか! 開き直らないでください!」
「あ、」
「今度はなんですか?!」
「ひよこまんじゅう。お前、ひよこまんじゅうに似てるな」
「ムカ着火!」
「んぎゃーーー」
突然赤ちゃんの泣き声がして私たちは振り向く。
電車内の優先座席で赤ちゃんをあやすお母さんの姿。
そして、周りの冷たい目……。
う……痛い。
「す、すいません……」
気まずい空気に挟まれながらおずおず謝ってみた。
メガネガエルは他人のふりをしている。
ひ、卑怯なっ……!
「な? 緊張がほぐれたろ?」
代官山で降りた私に開口一番メガネガエルは言った。
「なにかっこつけてんですか! すごく恥ずかしかったんですよ?! 絶対許しませんからね!」
ドヤ顔でキメるメガネガエルに言ってやった。
――ブリリアント本社。
メガネガエルはオフィスビルを見上げて一つ深呼吸する。
私も同じく大きく深呼吸する。
「いいか。俺たちは謝りに来たんだからな、なにを言われても言い返そうとかするなよ。
なにを言われても謝って許してもらうしかない。
許してもらって、9月のイベントを引き続きうちに任せてもらうんだ」
「……わかりました。一生懸命謝ります」
ブリリアントのオフィスの扉まで、妙に遠い。っていうかスローモーションみたいだ。
この緊張感、いつぶりだろう……。
中学の体育大会でリレーのアンカーしたときと同じくらい緊張する。
ピンク……あ、マゼンタのラインが入ってかわいく『ブリリアント』とブランド名の書かれたガラスドアの前に、やっと辿り着く。
よし、気合いを入れるんだ! あんこ!
「行くぞ」
「はい!」
「この度は、本当に申し訳ありませんでしたぁああ!」
「……?!」
「この声……」
謝っているのは私でもメガネガエルでもなかった。
というかむしろまだ私たちは中にも入っていない。
ブリリアントのオフィスで、私たち以外の誰かが謝っているみたいだ。
私にはこの声に聞き覚えがある。
「ハルくん……」
「……」
ドアのガラス部分から中を覗きこむと、加々尾さんの前で土下座で謝るハルくんの姿があった。
「あいつ……」
メガネガエルがハルくんの気に圧されてドアを開けられずにつぶやく。
「今回の失態は、全部僕のミスです。謝って許してもらえるとは思いませんが、どうかもう一度チャンスをください!」
漫画でしか聞いたことのない言葉で、ハルくんはなりふり構わない様子で謝っていた。
その姿を見て「土下座でもしたら!?」とさっきハルくんに言った自分の言葉を思い出した。
そして、そのすぐあと、私を叩いてしまったときの気まずそうな顔も。
「ハル……」
「ひよこまんじゅう、行くぞ」
メガネガエルはドアに背を向けた。
「え、一緒に謝ってあげないんですか?」
「ここはあいつの顔を立ててやる。もしもブリリアントがこれで許してくれないんだったら仕方がない」
「でも、そうなったらハルくんは……」
「ああ。土下座までしたんだ。クビだけは許してやろう」
その言葉に思わずにやけてしまった。
「なんでお前が喜ぶんだ」
「あ、いえ……」
黙ってオフィスを後にするメガネガエルの背中を、相変わらず聞こえるハルくんの謝罪の声を気にしながら追った。
「でも本当にいいんですか? ああいうのって責任者が謝ったほうがいいんじゃないんですか?」
オフィスから出て駅へ向かう途中、私は気になったことをメガネガエルにぶつけてみた。
「本来なら、な。でも今あいつと一緒に謝ったって、あいつ自身が今回の件、自分の責任で、対処したとは思えないだろう。
こういうのは経験なんだ。
やろうと思っても中々失敗して謝るって経験は出来ない。
だって、失敗しようと思って失敗する奴なんていないからな。
けど、あいつはこれで自分の失態に対して誠意の表し方を学んだだろうよ」
「でももしこれでブリリアントのイベントがキャンセルになったら……」
「仕方ないな」
「だったらやっぱり……」
「おいおい、なにも俺は謝らないなんて言ってないぞ。これから別のところに謝りにいくんだ」
「え、別のところ……ですか?」
「ああ。あいつがあんな風に誠意を見せたんなら、俺も責任者としてちゃんと誠意を見せないとな」
目を?にしている私をちらりとも見ずにメガネガエルは、携帯電話を出してどこかへコールした。
「ああ、トウマか。DDD本社ってどこだっけ」
「DDD……!」
そうか。メガネガエルはDDDに謝りに行くつもりなんだ。
でもDDDって万願寺さんが……
「新宿ラスネイルビルの10階ね……。了解」
「あの、取締役……DDDって万願寺さんがいるんじゃ……」
「そうだ。あいつに謝りに行くんだよ」
「……」
その言葉の意味するものわかった。
そっか……DDDにも謝らないとダメなんだよね……。
「ひよこまんじゅう」
「は、はい!」
「お前の想い、伝えてくれよ。頼むぜ」
「! ……はい」
そっか、そうだよ。
私もこれで終わりじゃなかった。
場所が変わっただけなんだ。
ブリリアントはハルくんが謝ってくれたから、私たちはDDDだ!
「打倒DDD!」
「お前謝る気あんのか!」
それにしても今日は外に出ずっぱりだ……。
やっと会社に帰ったと思えば、トラブル。
そんで代官山かと思えば今度は新宿かぁ……。
さっきまではハルくんにほっぺた叩かれたことが悲しくて情けなくてテンションだだ下がりだったけど、
ブリリアントでの謝ってる姿見たら……なんか、ちょっと見直したっていうか。
う、まずい。
マイが言うようにこれは都合のいい女にされるパターンか!?
「なに笑ってんだ」
「あ、いや……えへへ」
「怒ったり泣いたり笑ったり、忙しい奴だなお前」
「忙しい……。
……そう! 私は忙しい女なんです!」
「褒めたんじゃねーよ。どんな頭してんだ」
「あ、色入れたようがいいですかやっぱり」
「色の話じゃない! 中身の話だ!」
「……うぅ、すぐ怒る……」
「どうでもいいけどな、気を抜くのはまだ早いんだぞ。
もしかしてブリリアントのハルを見て半分もう終わったつもりでいるんじゃないだろうな?」
思ってました。
「そ、そんなことないです。頑張ります」
「はぁ……大丈夫かよ。頼むぞまったく」
そういってメガネガエルと私は目の前のビルを見上げる。
今日は見上げてばっかりだな、とまた思ってしまった。
「……高いですね」
「ああ、うちのビルとは桁外れのスケールだな」
やや青がかったロビーは、半袖のネクタイなしシャツに入館証を首からかけたビジネスマンっぽい人たちがあっちいったりこっちいったりしている。
ここだけ時間が早く過ぎているみたいだ。大阪みたい。
「すみません。DDDの万願寺さんに繋いでもらいたいのですが」
受付のキレイな女の人にメガネガエルは落ち着いた口調で言った。
思わずそれを見てごくりと唾をのんじゃう。
今からあの仲の悪い二人が対面するのかと思うと、イヤな気しかしなくなってくる。
「お繋しました。どうぞ」
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