第4話

 みなさん、お元気ですか?

 私はとっても元気です! 


 私は望月あんこです!


 入社ホヤホヤのピッチピチですよ!


 私はデザイン会社は未経験ですが、入ったからには全力で頑張ろうと思っています!


 春日社長も緑のメガネがとっても似合うイケメンだし、丹夏室長は丁寧だし、冬島くんはきゃわたんだし、双子の稲穂ハルさんは男らしいし、シュンさんはかっこよくて、仕事に身が入らないかもっ!

「……ど、どうでしょう」


「なんだこれは」


「その、言われた通りにDM用のコピーを……」


「おい、トウマ。聞いたか?」


「はい、確かに」


 私の書いたコピーが表示されたパソコンを覗き込み、メガネガエルとトウマさんは無表情だ。


「トウマ。ちょっと、俺がこいつに指示した業務内容を唱和してみろ」


「はい。『依頼企業(クライアント)に向けての定期DMに記載するコピーを180字内で作成しろ』です」


「……そ、そうですがなにか……?」

「……まぁ、突っ込みどころは数多くあるが……。折角だから、ひとつひとつ指摘してやる」


「それは社長、なんとお優しい」


「?」


「まず出だしが馴れ馴れしい。相手が取引先だからといって名前も知らない新人がいきなり『元気ですか』はないよな? な?

 あと、『私は』が多い。どれだけ自己主張が強いんだお前。

 まだあるぞ。ホヤホヤのピッチピチって、お前はどこのオヤジだ」


「はあ……」


「ところでこの、『きゃわたん』というのは?」

 トウマさんが真顔で聞いてきた。


「え……いや、きゃわたんって言うのは、『かわいい』って意味で」


「そうなのですか。最近の若者の言葉にはどうも疎くありまして、申し訳ない。しかし……、折角考えていただいたのに恐縮ですが、クライアント企業様には色々な年代の社員がいます。その中で、『きゃわたん』と、言う言葉が果たして印象がいいのか……」


「そ、そうですね! やっぱりここは直した方がいいですねっ!」


 トウマさんは黙って笑った。う……この笑顔が逆に怖い。


「唐突に入る社員紹介も不自然だし、うちと取引してる企業の連中はみんなうちの社員のことくらい知ってるよ。しかも俺の紹介が『緑のメガネが似合うイケメン』って……、取ってつけたような文句だな、オイ」


 メガネガエルはそういうと、私の頭をガシッと掴むと左右に振った。


「やめ、やめめめぇ~!」


 両手でデスクの手前に捕まりながら、ぐわんぐわんと振られる衝撃に耐える。


 耐えろ、耐えろ私!

「それにここ! “私はデザイン会社は初めて”って同じ接続詞が続いている。

 大体、180字だって言ってんのに185字あるじゃねーか」


「すすすすいましぇ~~んんん」


 うう、頭が回る。目が回る。

 これはアレか? 俗にいう『パワハラ』という奴だろうか。


「まあまあ、取締役。ちょっとこれを他の人にも見てもらいましょう」


「やめてくださぁああいぃぃいい」


 ぐわんぐわん


 私は回されて混乱する頭を押さえて懇願した。

「おまんじゅうが書いたって」


「まんじゅう怖い」


 呼ばれて出てきたのは、稲穂晴(いなほ はる)と旬(しゅん)の兄弟。

 みんなからはハルとシュンって呼ばれている。


 トウマさんの次にこの会社ではマトモといえばマトモなのだが……。


「まー、いいんじゃない? 

 おまんじゅうらしさが出てるよ」


 青の薄いストライプの入ったYシャツを着たハルさん。茶色く横を短く刈った髪に左に長くアシンメトリーしている。


「うん、だよね。おまんじゅうがなぜおまんじゅうたるか、ってのがよく出てるよね」


 薄手の黄色い半そでのパーカーに、チェックのハーフパンツといったハルさんと比べてラフな格好のシュンさん。髪型は何故かハルさんとほぼ同じで、違うのは右に長いアシンメトリーということだ。

 マトモといえば、マトモだが……この二人には特有なコンプレックスがあり、それは……


「たださ」「たださ」←これ、同時に言いました。


「なんでハルが先なの!? 生まれた順番で言ったら俺が20分早かったから俺が兄貴なんだけど」


「……へ、す……すいません」


「っていうかさ、なんでシュンの紹介はかっこいいなのに、俺の紹介は男らしいって若干時代錯誤なわけ?」


「……あ、あはは……その、すいません」


「すいませんは」「いいけどさぁ」


 この二人の面倒なところはこれだ。

「結局は俺とハル(シュン)のどっちが上なわけ!?」

 

 この双子はお互いをやたら意識し、どちらが上かを常に気にしている。

 よほどのコンプレックスがあるのか、すぐに他人に自分ともう片方を比べさせる癖があるみたい。


 しかし、どちらを選んでも正解ではない。

 

 あちらを立てればこちらが立たず……こちらを立てれば……ってやつだ。


「あのぉ……、あ! アッくん」


 そんな私が唯一の知り合いであるアッくんに助けを求めるのは当然といえた。

「あーあんこ姉ちゃん、コピーできたぁ?」


 どういうわけか、高校生なのに普段から出社している。

 色々と匂うが、その異臭感は全力で棚上げして常に一回りも年下の彼に助けを求めるのだ。


「あはは、きゃわたんって……ウケる~」


 そういってアッくんは私の肩に肘をのせた。



 アッくんの癖の悪さを上げるなら、……これだ。


 妙な馴れ馴れしさ。


 一番年下のはずなのに、一番馴れ馴れしく、ボディータッチも多い。

 大人の女性としては、そんな子供の言動にいちいち反応してはいられないので、黙殺している(つもり)なのだ!


 入社して一週間。


 私には『おまんじゅう』という素敵なニックネームがついた。

 

 もっとも、5人いる社員の中でその名で呼ぶのは3人だけなので、そこまで気にすることは……いや、5分の3ならば60%じゃない。


 ダメだ、気にしなくちゃ。


 おまんじゅうの由来は、望月あんこ⇒餅つきあんこ⇒餅+あんこ⇒おまんじゅう⇒ムカ着火ファイヤー、というわけだ。


 ともあれ、たった一週間だがこの会社について見えてきた。

 マイが調べてくれた情報を整理してみる。


 まず、この株式会社FOR SEASONに入社した女性社員はこれまでに3人。

 

 会社の設立が4年目だから、年に一人辞めているという計算になる。


 男性の社員は過去に二人いたらしいが、他の会社にヘッドハンティングされ退社……。


 現在は、取締役の春日棗を含めた4名の社員と、アルバイトの一人で運営。


 募集はしていないが、応募があった場合は対応している。


  

「つまり、これまで受け付けや雑務をこなす女性社員を雇ったことはあるってこと。……にも関わらず、今回いくら知り合いのツテとはいえあんたみたいななんも出来ない女を雇ったってことは、なにか理由があるんじゃない?

 つーか、これまでの女性社員はそれなりのスキルがあったと思うし、普通に考えればそんなイケメン地獄、ポンポン辞めるわけないよねー」


 マイは、赤ワイン片手に割けるチーズをもふもふしながら「うっひゃっひゃっ」と愉快そうに笑った。


「あ、あんた……私に不幸になって欲しいのか幸せになって欲しいのかどっちなの!?」


「ほどよく不幸で、やや幸せがベストなバランスね」


 もふもふしやがって!

「じゃーそういうわけで、調べてあげたお礼にこれ初めてねー」


 マイはそういうとスマホを操作した。

 するとすぐに私のスマホがメッセージが来たことを知らせる通知音を鳴らす。


「また新しいゲーム?」


「なによ、あんたにも勝てそうな奴をわざわざ選んであげたんだから感謝しなさい」


「わ……私が勝てないのはあんたほど時間がないからなんだから!」


「負け犬の遠吠えね。大体、このコピーはないわ」


 今日、散々といじりにいじられたDMのコピーをピラピラとマイはムカつく笑顔を振りまく。

「な、なによ……あんたまで私をいじる気?」


「っちゅうか、これ「いじって」って言ってるようなもんじゃない。それに……この「きゃわたん」とかあんた幾つ?

 もうすぐ28になんだよ?」


「ぷんすか!」


「ほら、そういう擬音っていうか中二的な喋りがさー」


「ぷんすかー!」


「よくあんたみたいなのを負け犬女子っていうけど……どっちかっていうと」


 私は察知した。

 マイは今とんでもないことを口走ろうとしている。


 後戻りのできないことを言おうとしている!(私の人生的に)

「ちょい待ち! それいじょう言わないで!」


「……ヘタレ女子ね」


「言ったーーー!」


 ヘタレ女子! なんだそれは!? いくらなんでもひどい!!


 ヘタレ!? ヘタレって、テレビでよく芸人が使うアレだよね??


「んごー!」


「ほら、そういう男を寄せ付けない妙なキャラ。別にキャラを作っているわけじゃないのが更に性質が悪いっての」


「う、うるさいっ! この不倫女子!」


「!! あ、言ったね? それ言ったね?? 禁句だよ?」

 説明はマイの名誉のために省略するけど、マイは職場の上司と不倫している。

 

 もちろん、マイは独身なので、相手に家族がある。


 ダメだダメだといいつつもズルズルと2年が経った。


 口喧嘩が弱い私にとって、この話題は負けそうになったときの切り札なのだ。


「あー言いました! 私はヘタレで結構ですけどもー、あんたは絶対に自分のところになんか来ない相手と恋愛してるじゃんか!

 私がヘタレならあんたは……えっと、アレよ! 不倫女よ!」


「はぁ~~あ? ストレートなだけにストレートにムカつくんですけどぉ~!」

「大体、あんた入社一週間で“おまんじゅう”だなんて愉快なあだ名付けられて平気なわけ?!

 あたしには耐えられませんけどねー!

 あんたさ、ちゃあんと自分を客観視したことある?」


 マイは金田一を思わせるようなポーズで私に人差し指を突きだした。


「な、なに? きゃ、客観視……?」


「そう! まずその肩につくかつかないかよくわかんない中途半端な長さの髪!

 毎日キチンとしてんならまだしも、来る日も来る日も後ろで縛ればいいと思っておんなじ髪型!」


「そ、それのなにが悪いって……」

「まだあるよ! やる気のない下着!」


「うっ」私はワイシャツの胸元から覗く下着を手で隠す。言われたくないことを言われた。


「ベージュって……ベージュって!」


「め、目立たなくていいじゃん……」


「そんなイケメン地獄にベージュって!」


「そ、そんな変な気があって会社いくんじゃないもん」


 マイは「ムッキャー」と雄叫びを上げて私のスカートを捲り上げた。


「ぎゃー」

「ほら! ブラはベージュでパンツが紫って、どんなセンスしてんの? なんで合わせないの? アホなの?」


「もう堪忍してー」


「肌だけは綺麗だけど、生足で外に出るから生傷の絶えない足!

 ナチュラルメイクのつもりかもしれないけど、どっからどうみても手抜きなメイク!

 地味な色のスーツに、地味な髪留め……つか髪を留めるな!

 そして、いつ見られるか分からないのに穿いているその、ダサいパンツ!!」



 ズッキューン



『だっせーパンツだな』



 マイの罵倒とメガネガエルの言葉が重なる。

「あ、あのー……お怒りのところ申し訳ないんですけど……実は先日、勝負パンツを社長にモロに見られまして……」


「あん!?」


 おそるおそるタンスからお気に入りの水色のフリフリ付きのパンツをマイに見せてみた。


「ダッサ!」


「っぎゃー!」


 怒りに震えたマイは、その夜、私にあらゆる女子術を伝授していった……。


 おそるべし不倫女……しばらくこの禁句には気をつけよう……。

 翌朝、いつものように4時に起きた私はスタンドミラーの前に立ち、落ち着いて自分を見つめてみた。


 昨日のマイが言ったことがやっぱり気になった。


 ……ちょっとぽっちゃりしちゃったかな……。


 パンツに乗るほどじゃないけど、ふんわりと丸みがでた下腹をつまんでみた。


「ヤバス!」


 え? 私って、こんなだったっけ? 

 ちょ、ちょっと待って!


 次は二の腕をつまむ。


 ぷに。


 ……あれ、ぷるん、じゃなかったっけ……

 冷や汗が出る。

 

 こんなんじゃ王子様が迎えに来ても素通りじゃん!


 シンデレラいないじゃーんって、私の目の前素通りじゃん!


 これはマジでヤバイ……。ジョギングするか……!


「明日からしよう。今日はほら、もう仕度しなくちゃいけないし」


 

 とりあえず、昨日マイから教えてもらった髪型とメイクで出社してみるか。

 この会社で働くようになって一週間が経ったけど、相変わらず私は6時出社のままだ。


 思った通り、根性ためしって意味も多少はあるらしいけど、それとは別にきちんとした理由もあった。


 まず、メールのチェック。


 普通の会社は業務が開始される9時頃にメールを確認するのが普通だけど、FOR SEASONは小さなデザイン会社だから、その時間にクライアントからの修正依頼などがあった場合、迅速な対応が出来ない。


 それをいち早くチェックし、あった場合は担当の社員に連絡して早く入ってもらう。

 

 デザイン業界は、華やかなイメージがあるけどまだまだ大変な環境だ。


 私は来る時間は早いけど、きっちり15時で退社できるし、残業の場合もちゃんと割増し時給が出る。


 6時に入って、他の社員が来るまでの間も結構することがあるし、専門的なことをなにも知らない私でも出来ることが意外とたくさんある。


 それでも、入社して一週間ほどの新入社員に、たった一人で2時間ほどの時間作業をさせるのはどうなのか、とは思ってるんだけどね。


 この会社の試用期間中、この時間の出社が義務になっているらしく、少なくとも3か月間は6時出勤というわけだ。


 早朝出勤にも慣れてきたので、そんなに苦じゃなくなってきたけど……それ以前にここを辞めたら後がない。


 なんとしてもくらいつかなければ。


「なぁ、ちょっとここアウトラインにして見せて」


 パソコンに向かい、作業をしているアッくんの椅子のせもたれに手をかけ、双子の弟・ハルくんだ。(一応年下なので、“くん”って心の中で呼んでる)


「ここ、アピアランスで線足したほうがいいっすかね?」


「う~ん、そうだなぁ……デザインコンセプトにエポック入ってるから……ちょっとここの黒が違うよなー、根本的にさ。フォントもちょっと何案か出してみて」


「了解っす」


 受付カウンターに座り、クライアント名簿をチェックしつつもそんなやりとりをチラ見する。


 やっぱり男の人が仕事している姿って、いつもと印象違うんだよね。


 なんていうか、普段とギャップがあるっていうか。


 あのアッくんや双子ですら、かっこよくみえる。



『♪♪♪』



 うっとりモードに入っている私を、カウンターの電話が正気に戻した。


「あ、はい、お電話ありがとうございます! 株式会社FOR SEASON 望月が承ります」


 “電話のコールは3コール以内に取ること”ビジネス本に書いてあった。

 どんな仕事でもこれは常識であるらしい。

『あーお世話になってます。DDDの万願寺ですけどー』


 ――なんだこの妙なイントネーションの男は。


「はい、DDDコーポレーションの万願寺様ですね。お世話になっております」


 DDDコーポレーション。

 広報・イベント・マーケティングやプランニングなど手広く手掛けている会社で、うちのお得意さんのひとつでもある。


 普段はメールでやりとりしているので、私も耳馴染みのある会社なんだけど、電話を取るのは初めてだ。

『望月……? なんや新人さんかいな。おたくんところ電話して女が出たら変な気持ちなるなぁ』


 う、関西弁……あんまり好きじゃないんだよな。


「そうなんですか、これからもよろしくお願いします」


 当たり障りのない……当たり障りのない……


『まーよろしゅうに。そんなことより社長出してんか』


「はい、社長の春日ですね。すぐにお繋ぎいたします」


 保留ボタンを押すと、レディ・ガガのメロディが流れる。らしいといえばらしいけど、こんなんでいいのか?

「春日取締役、DDDコーポレーションの万願寺様からお電話が入ってます」


「ブフー!」


 私がそういうと、メガネガエルは飲んでいたコーヒーを噴き出し、正面で書類を見ていたトウマさんの顔面に浴びせた!


「……取締役」


「す、すまん……。おい、まんじゅう!」


 オフィスにいる5人が一斉に私を見た。


「……はい?」


「あーやっちゃったねあんこ姉ちゃーん。社長と万願寺さん、繋いじゃいけないんだよー」


「俺はいないと言え!」


「そんなぁ~、もう繋ぐって言っちゃいましたよぉ~」

「取締役、事前に万願寺氏のことを言っておかなかったご自分の責任と、今回はお諦めください」


 トウマさんが顔をハンカチで拭きながら、メガネガエルを説得した。


 って、私なんか悪いことした?!


「……くそ、分かったよ」


 頭をかきながらめんどくさそうに、メガネガエルはこっちにやってきた。


「あ、内線回しますけど……」


「いいんだよ。それと、ひとつ言っておくぞ」


 メガネガエルは、鼻がつくかと思うくらいに顔を近づける。


 ドキン! 急な接近に太鼓叩き職人が心臓を叩いた!

「これからDDD……いや、万願寺から電話があったら、絶対に俺に繋ぐな!」


「……は、はい」


 そういうと、メガネガエルは私を横切って受付カウンターに向かった。


「……いい匂い」


 メガネガエルが去った後に、ミントのような残り香が残った。


 香水とは違う、なんの香りかな……。柔軟剤? 違う、ガム? 違うなぁ……あ。


 シャンプーの香り?


 昔、学生の頃に好きだった男の子がバスケット部で、汗の匂い消しのためにデオドラントスプレーをしていた。


 その香りを嗅ぐたびに、ドキンとしたっけ。

「なんだゴルァ!」


 私の甘い甘い思い出をハンマーで叩き割るような怒声がオフィスに響いた。


「うるっせぇな! 東京でウダウダ言ってんじゃねーぞ、てめーは大阪に帰ってたこ焼きでも食ってろ!」


「ななななな、なんですかアレ!」


 メガネガエルが電話に向かって大声で怒鳴っていた。

 少し離れたここから見ていても、怒りで浮かぶ血管が見えそうだ。


「あーなるから、社長と万願寺を話させちゃダメなんだって」


 いつのまにか私のすぐ後ろにいたアッくんがそっと耳打ちした。

「……え、どういう関係なの!? DDDってうちの仲の良いクライアント企業でしょ?」


「ああ、会社はね。でもあの万願寺って営業は、社長の大学時代の同級生らしくってさ……。元々犬猿の仲だったみたい」


「だからって……あんなにガチで叫び散らす!? 子供じゃあるまいし」


「うちの社長は子供っぽいよ」


「へ、どういうこと?」


「まぁ、これからわかるって」


 アッくんは意味ありげに笑うと自分のデスクについた。


「ああ見えて万願寺氏と仲がいいんですよ」


 今度はトウマさんが、話しかけた。


「ど、どこがですか?」


「わざわざ万願寺が当社に電話する必要はないですからね。きっと取締役と話がしたいんでしょう」


「……それであんなに怒り狂えるもんですかね……」


「そうですね。女性には分からないこともありますよ。じゃあ、これコピーお願いします」


 そういってトウマさんは書類を手渡した。


「あ……はい。一部ずつでしょうか」


「はい、お願いします」

「大体お前の口はソース臭いんだよ! 受話器越しからも漂ってくるわ!

 ……あァ!? だれがキツネだてめぇ!」


(仲良い……のかなぁ、あれ)


 私には理解不能なので、ただただ眺めるしかなかった。


 カチャン


「あ……終わった」


 私がホワイトボードに納期スケジュールを書き込んでいると、電話を終えたメガネガエルが戻ってきた。

「代々木体育館での9月20日の『ブリリアント』主催のファッションフェス。そのポスター・パンフ・グッズ・キャンペーンページのデザインの依頼だ」


「うそ……!」


「デカ……」


「見事です」


 様々なリアクションがある中で、私は思った。


「な、なんであの会話のやりとりで仕事につながるわけ……?」


 ホワイトボードに書くマジックの手が止まる私に、メガネガエルがずかずかと歩み寄ってきた。

「ちゃあんと書き足しておけよ。9月20日のブリリアントフェス」


 メガネガエルはそういうと右手の拳の裏でコツン、と私の肩を叩いた。


「あ、はい。わかりました……」


「よろしく!」


 私の返事にメガネガエルは、嬉しそうにニカッと笑った。


「……」


 その唐突に向けられた見たことのない笑顔に固まる私を横切り、メガネガエルは他の社員達とはしゃいでいる。


「……メガネ、ガエルのくせ……に」


 

「良かったですね、9月といえば丁度望月さんの試用期間が終わるころです。そのタイミングでこれほど大きな案件が舞い込んできたということは、貴女が必要になるということです。頑張ってください」


 トウマさんが私に話しかけてきた。


「望月さん?」


「へっ」


「顔が赤いですね……熱があるんですか?」


 心配そうにトウマさんは私の顔を覗き込んだ。


「い、いえ! だだ、大丈夫なんです!」


 焦って妙な日本語になってしまう。


(私、今顔が赤いの!?)


「そうですか、具合が悪ければちゃんと言ってくださいね」


「ええ! 大丈夫なんです!」







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