第68話 暗殺者、紅茶クッキーを届けたら新しい出会いが待っていた

 男はある扉に丁寧にノックをして中に入る。


「姉御! お客様だぞ~」


 部屋の中には複数人の気配がした。


 男に続いて中に入ると、窓からの光を受けてアメシストのような美しい紫色で輝くショートの髪を揺らす女性が椅子から立ち上がる。


「アダムさま!?」


 中にいたのは、彼女と柄の悪い男以外に、五人の男女がいた。


「リゼさん。急な訪問、失礼します」


「アダム様? もしかして、ソフィア様の弟くん?」


「そうよ。紹介するわ。ソフィアさまの弟君のアダムさまよ」


「やっほ~アダム様! 私は冒険者パーティー【栄光ノ牙グローリーファング】の魔法使い、エリナだよ~」


「俺はリーダーをやっている剣士のギアンだ。よろしく」


「わしはブルムン。盾持ちをしている」


「僕は回復魔法使いのベランと申します。カーディナルのアダム様にお会いできて光栄です」


「私はシーナ。後衛の弓使いよ」


 五人パーティーか。彼らが普通の冒険者パーティーよりもずっと高い実力を持っているのが伝わるのは、回復魔法使いが参加していること。回復魔法使い系統の才能を持つ者は大半が教会にスカウトされる。回復魔法という貴重な戦力が加入しているだけで、かなりの実力があるのがわかる。


 それともう一人、弓使いのシーナという女。彼女の長い金髪の間から伸びている尖った耳。彼女は人族ではなく亜人種で、長寿種族として有名な種族だ。弓に長けており、攻撃魔法も得意として、一人の戦力なら人族を遥かに超える。彼女が参加しているってことは、他のメンバーもそれなりの実力があるということだ。


 軽く会釈して挨拶を交わした。


「アダムさま? 一度みんなに席を外し――――」


「いえ。構いません。贈り物を届けに来たので」


「贈り物……ですか?」


「先日隣街からの果物、大変美味しくいただきました。どうやらこちらの品を気に入ったと聞きましたのでお持ちしました」


 彼女は姉やレメに会うために頻繁にうちに来ている。だが、俺と会うこと自体は久しぶりだ。姉を通して果物の差し入れを受けていたので、それを言い訳にする。


 姉からはくれぐれも姉から言われたと言わないように念を押されている。


 差し入れ袋を渡した。


「えっと……紅茶クッキー!」


「ええ。ナンバーズ商会で売っているものです」


 少し顔を赤らめたリゼさんは、上目遣いで俺の目を覗き込んだ。


「あ、ありがとう……ございます……」


「いえ。これくらい、いつでも言ってくだされば、また持ってきますので」


 そのとき、見ていたエリナが俺たちの間に割り込んできた。


「アダムさまってやっぱりすごいね! 紅茶クッキーって値段は安いけど、手に入れるのにすごく大変だからね~リゼちゃんいいなぁ~!」


「み、みんなで一緒に食べましょう!」


「いいの? こんな貴重な物を」


「うう……」


「リゼさん。また明日にでも持って来ましょう」


「ほ、本当ですか!?」


 ……なるほど。最強冒険者の一人であるリゼも、こういう女性らしい顔をするものだな。


「ええ。明日はもう少し多く持ってきますので、気兼ねなく分けて食べてください」


「え~アダムさまも一緒に食べようよ~ね?」


「そうです! ぜひこちらにどうぞ」


「いいのですか? 何か皆さんで相談をしていたのでは?」


「狩場の話をしていただけですし、ちょうどお茶を淹れるところでしたから。紅茶クッキーがあれば最高だったなと、ちょうど思っていたところなんです。さあ、こちらにどうぞ」


 リゼさんに背中を押されてソファに座る。


 エリナはずいぶんと俺に興味があるようで、ベランと共に興味ありげに見つめる。


 リーダーのギアンと中年男性のブルムンは程よく付かず離れずだが、エルフのシーナはかなり離れている。目も合わせようともせずにいる。


 エルフ族は人見知りだと聞いていたが、その通りのようだ。


「ねえねえ。アダムさま。カーディナルなんだよね?」


「ああ」


「普通の回復魔法とは違うんだよね?」


「そうだな。黒く光る」


「見たい!」


 エリナは隣のベランの言葉を代弁しているように、彼女の言葉に一番反応するのはベランだ。


 魔法のことだからか、シーナもちらっとこちらを覗く。


 久しぶりに【ヒーリング】を展開させて見せる。黒いサバイバルナイフが浮かび上がった。


「黒い……短剣?」


「僕の魔法はこういう形なんだ」


 ナイフを手に取り、エリナに刺そうとすると、身構えて後ずさる。


「ま、待って! まだ心の準備が……それって武器じゃないんだよね?」


「ああ。回復魔法だ」


「でも……」


「大丈夫だ。問題ない」


「こ、怖いのよ!」


 そんなやり取りをしていると、エリナの後ろから「クスッ」と笑う声が聞こえた。


 視線を向けると笑みを浮かべたシーナと目が合うと、慌てて目線を俺から外した。


「ぼ、僕にぜひ刺してください!」


「ああ」


 ベランの腕に黒いサバイバルナイフを刺しこむ。当然のように体に入っても何も起きない。


「おお~! これがあのカーディナルの回復魔法! 生きているうちにカーディナルの回復魔法を受けることができるなんて……ありがとうございます!!」


「ベランったら大袈裟よ。それにしても回復魔法っていろんな形があるのは知ってるけど、まさか短剣は初めて見たわ。やっぱり私も刺してもらえる? アダムさま」


「ああ」


 今度はエリナの手にも刺しこむ。


「ほえ~本当に痛みもないし、何だか回復してる気がする~アダムさまって面白いね~」


「紅茶を淹れたわよ~シーナもこちらにいらっしゃい」


「…………」


 シーナは少し不満そうにテーブルの近くに座る。


「紅茶クッキーというお菓子なのよ。食べてみて」


「私、お菓子は食べないわよ。砂糖は体に毒よ」


「砂糖は入ってないの。それに、食べてみたらわかるわ。騙されたと思って食べてみて」


「…………」


 リゼさんにかなりの信頼があるようで、彼女から渡されたクッキーを一つ、おそるおそる手に取り、口に運んだ。


 クッキーを一口かじった彼女の目が大きく見開く。


「ほら。美味しいでしょう?」


「す、すごく美味しいわ……こんな美味しい食べ物は初めてよ!」


「ふふっ。シーナもそういう表情をするのね。珍しい表情が見れて嬉しい」


「んもぉ……からかわないでよ、リゼ」


「本当のことを言っただけなの。値段は安いんだけど、絶対に並び順でしか売ってくれないし、買える量も決められてるから中々食べられないからね?」


「そ、そう? でも彼はいつでも持ってこれるって」


「それはアダムさまが特別だからよ。アダムさまの家の御用達商会だからね」


「そ、そう…………と、とても美味しいわ。ありがとう」


「ああ」


 シーナは恥ずかしそうに顔を赤らめて俺に頭を下げた。

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