十七 小夜

 石田の仲間たちは町方と共に咎人を連行して一足先に北町奉行所へ向かっていた。

 日本橋元大工町二丁目の八重の長屋への道すがら、小夜は八重と佐恵と話しこんでいる。

 小夜たちの後ろを歩きながら石田は考えていた。


 小夜の腕前は並みの武家を遙かに上まわっている。八重は多恵之介に扮して刀(打刀と脇差)を帯びているが腕前は小夜程ではないだろう・・・。

 小夜の実家は上州多胡郡馬庭村。父親は樋口定信ひぐちさだのぶと言ったが、馬庭念流まにわねんりゅうを確立した樋口定次ひぐちさだつぐの縁者ではあるまいか・・・。それなら小夜の構えと太刀筋を納得できる・・・。

 石田は、浪人が、石田と小夜の胴を薙ごうとした時の小夜の構えを思った。

 あの時、小夜は瞬時に腰を沈め、そのまま腰を浮かせるように立ち上がった。同時に持ち上げるように刀を斬り上げていた。その鋒に、用心棒みずから、刀の柄を握った手首を打ち付けたように見えた。そして両手首が斬り跳ばされた・・・。

 小夜の太刀筋は無構えだ。用心棒たちは吸い込まれるように小夜の刀の鋒に向かって斬り込み、その勢いで己の手や腕を斬り跳ばされた・・・。

 小夜は剣について何も語らぬが、只者ではない・・・。

 石田は妻としての小夜と、刀を手にした小夜を別人のように感じていた。


 前を歩いている小夜がふりかえった。

「旦那様。考えこんでどうしたのですか」

「小夜が気にしたように、奉公人の女房子どもが気になります・・・」

 石田は小夜への疑問をはぐらかした。いずれ小夜みずから、今まで習い覚えた太刀筋を語るだろう。今はいろいろ訊かずとも良い。訊いたところで状況は何も変わらない・・・。そして、奉公人の女房子どもの行く末を気にしているのは確かだ。

「とは言え、奉公人の女房子どもを、私が判断する立場にない事は重々承知しています。私が気にしても、紀州屋と土蔵の家宅改めの結果で、咎人たちの扱いが大きく変わります故・・・」

「親の行ないで、子ども行く末が大きく変わりますなあ・・・」

 小夜は歩きながらしみじみとそう言った。

 傍で八重と佐恵が頷いている。


 小夜は己の立場を思った。

 親の借金で下女奉公を買って出たあたしは光成と出会えて、光成の御内儀になった。こんな幸運はめったにない事だ・・・。

 八重さんも佐恵さんも、親の影響で今はこうして藤堂様の御新造になり、呉服問屋加賀屋菊之助の御内儀になっている。人の行く末に何が関わっているのだろう・・・。

 光成は剣術のせんせんを会得している。光成なら、何が人の行く末に関わっているか、知っているかも知れない・・・。いつの日か、あたしの疑問を光成に訊いてみよう・・・。

 小夜は八重と佐恵、石田と共に日本橋元大工町二丁目の、八重の長屋へ歩いた。

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