十一 策 その四 武家の夫婦

 長月(九月)十五日。晴れの昼四ツ半(午前十一時)。

 旅篭中村屋に武家の女連れが入った。中村屋の帳場の宿帳に、野上義太郎と美音と記載した。夫婦である。二人は伊勢参りと称して道中手形を手に入れた。亭主は二十八歳、女房は十八歳、一見して二人は家出人のようだ。旅篭は飯屋も兼ねている。


 宿帳の記載を済ませた野上義太郎と美音の夫婦は、中村屋の飯屋の小上りで昼飯を食っていた。すると、馴染みの商人らしき男が飯屋に入ってきた。

「ごめんよ。いつもの飯をお願いしますよ」

 下女にそう言って男は小上りに上がった。隣の席には野上夫婦が居る。男は夫婦に声をかけた。

「私はこの向かいの口入れ屋、『青葉屋』の番頭の吉二という者です。

 奉公先などお探しでしたら、私どもで紹介します。いかがなものでしょうか」


 野上義太郎と美音は男を不審に思った。美音は器量が良い。吉二の美音を視る目付きが只者ではないのを野上義太郎は一目で見破った。

 この男、美音を奉公と偽って売り飛ばす気だ。迂闊に話に乗ってはいかぬ・・・。

「我らは北町奉行所の者だ。我らに用があるなら、北町奉行所に同行願おうか」

 野上義太郎はそう言った。

 一瞬に、番頭の吉二の顔が青ざめた。

「いえ、そのような事はありません」

「最近、奉公先を斡旋すると言って女を拐かし、売り飛ばしている者が後を絶たぬらしい」

 野上義太郎は一瞬に小上りに置いた刀を抜き、吉二の首筋に鋒を当てた。

 中村屋の二階から飯屋に、町人を装った与力の藤堂八郎が現われた。十手を見せて言った。

「北町奉行所まで来て貰おう。詮議すれば全て分かる事だ」


「助太刀いたす」

 中村屋の二階から多恵之介が降りてきた。多恵之介は藤堂八郎に捕縛縄を渡し、藤堂八郎は吉二を後ろ手に縛り上げた。


 藤堂八郎と多恵之介が吉二を捕縛する間に、野上義太郎は飯代を払って美音と共に外へ出た。口入れ屋の青葉屋は同心と捕り方に囲まれている。

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