七 策を練る その二

 番小屋から北町奉行所まで二里余り、徒歩で一時いっとき程である。

 白鬚社の番小屋を出た石田たちは大川の東の街道を南に下り、両国橋を渡って通旅篭町の通りを経て北町奉行所に着いた。



 朝五ツ半(午前九時)。(長月(九月)十二日。朝五ツ半(午前九時))

 北町奉行所に着いた石田たちは、喜助の語った依頼事を与力の藤堂八郎に伝えた。

「ここまでが、喜助さんの女房のお京さんが拐かされるまでの様子です。

 妙だと思いながらも、背に腹は代えられぬ。喜助さんとお京さんは、まんまと青葉屋の口車に乗せられたと思います」


「紀州屋と口入れ屋の青葉屋がつるんで若い女を売り飛ばしている、と目星はついているが、証拠を掴めぬのだ・・・」

 藤堂八郎は喜助に聞こえぬよう、石田にそれとなくそう言った。喜助は森田と、北町奉行所についてあれこれ話している。


「それなら、口入れ屋の青葉屋と旅篭の中村屋、紀州屋に、人を潜入させたら如何でしょうか」

 石田は策を思いついて説明した。



 ここで、石田につい説明しておこう。

 石田は、徳川の世で石田光成の名が災いして浪人となった身で、吉原の石田屋の主、幸右衛門こうえもんの遠縁である。石田が隅田村の白鬚社の番小屋から、石田屋の帳場を預かる妻の小夜の元に通うのには訳がある。


 小夜は上州の郷士の娘で、借金の形で石田屋に奉公していた。

 一昨年、卯月(四月)六日。

 石田が未払いの花代を取り立てて石田屋に届けた折、石田と小夜は互いに一目惚れし、石田が小夜の借金を肩代りして夫婦になった。その結果、小夜は石田屋の上女中になった。郷士の娘の小夜は読み書き算盤の才に長けていた。


 石田の遠縁である主の幸右衛門には子どもがおらず、ゆくゆくは石田と小夜に石田屋を任せたいと思い、小夜が石田と暮せるように、小夜に家人用の部屋を与えて、石田屋の帳場を任せるようになったのである。


 だが、石田は小夜と夫婦になる以前から、隅田村の好意によって浪人仲間四人と共に隅田村の白鬚社の番小屋に暮し、隅田村の好意に応えるため、白鬚社と境内を管理しながら万請け負いと始末屋をし、隅田村の衆に読み書き算盤を教えて村の警護をしている。

 幸右衛門は石田と仲間たちに、吉原の小見世仲間専属の始末屋と警護人になるよう勧めたが、石田と仲間たちは隅田村に恩があるため、白鬚社の番小屋から吉原に通って始末と警護を請け負っている。仲間たちは小見世での評判も良く、皆、奉公人の女たちに好かれている。


 そして、昨年神無月(十月)二十四日。

 小夜と夫婦になって一年と半年後、石田は石田屋幸右衛門と親子の縁を結ぶ固めの盃を交わし、小夜と共に幸右衛門の養子になったばかりだったが、相変らず石田は白鬚社の番小屋と、妻が暮す石田屋を行き来している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る