君はもう僕の日常の一部な件(上)
◆ 天海浩介 ◆
昨晩はなかなか寝付けなかった。おかげで目が覚めたのはお昼過ぎ。連休2日目にして早速生活リズムを崩したわけなんだが。
「あ、そういえば水無瀬さんいないんだった」
小腹が減り、リビングに行くと明かりが点いておらずそのことを思い出した。どうやら昨晩、両親から連絡があり1度家に帰らないといけなくなったらしい。
適当にカップ麺でも作って食べるか。
電気ケトルに水を入れ、スイッチを押そうとしたその時。リビングのテーブルに置いていたスマホが鳴りキッチンにいる僕を呼び戻す。
『あ、もしもし天海くん!!』
「どーしたの? 水無瀬さん」
電話に出た瞬間、飛び出すような声を上げる水無瀬さん。
なにか緊急事態でも起きたのだろうか?
その声からはどこか焦りのようなものを感じる。
『えっと、あんまり時間がないから単刀直入に言うね』
そう言う水無瀬さんの背後からは駅のホームアナウンスが聞こえてくる。
今から電車に乗るのだろうか?
『色々あってお父さんがそっちに行っ――』
――ピーンポーン。
水無瀬さんの話を最後まで聞き終える前にインターホンが鳴り、僕は1度耳からスマホを離した。そして、
「ごめん水無瀬さん、ちょっと待ってて」
『え、ちょっと――』
水無瀬さんに一言断りを入れ、インターホンに出た。
「はーい……どちら様ですか?」
宅配便か? と思ったがインターホンのカメラに映る男性はどう見ても配達員には見えない。黒縁のメガネにばっちり固められたオールバックの髪。モニター越しからでも伝わってくる厳格そうな雰囲気。一言で言うとめっちゃ怖い。
「水無瀬紗弥の父です」
水無瀬さんのお父さん!! なぜここに!?
その疑問の答えを求めて僕はテーブルに置いているスマホに手を伸ばす。けれどスマホの画面は消えており、既に通話は終了していた。とにかく無言はダメだ。返事しないと。
「……今、開けますんで少し待ってください」
インターホンを切り、僕は速攻で水無瀬さんに電話をかける――が、水無瀬さんは出ない。もう、電車に乗ったのか?
これ以上、水無瀬さんのお父さんを玄関先で待たせるわけにはいかない。
僕は覚悟を決めてドアのカギを開けた。
「初めまして、いつも水無瀬さんにはお世話になってます。天海と言いま――」
で、デカい……!?
ドアの向こう側に立っていたのは僕が見下ろされるほどの巨漢であった。これでも一応僕も177cmとそこそこタッパはある方なのだが、その僕が見下ろされるとなると190……いや、それ以上だろうか?
「突然の訪問申し訳ない」
「いえいえ……こんなところじゃなんですしどうぞ上がってください」
「うむ、ではお邪魔する」
来客用のスリッパを出し、水無瀬さんのお父さんをリビングに案内する。
「すみません。今お茶しかなくて」
「お構いなく。用件が済んだらすぐ帰りますから」
テーブルを挟んで向かい合うように座る僕たち。
……気まずい。水無瀬さん早く帰ってきてくれー。
「君が天海くんでいいのかな?」
「あっ、はい。僕が天海浩介です。自己紹介が遅れて申し訳ありません」
「そんな改まらなくても構わない。突然お邪魔させてもらってるのはこちらなんだ。……それでご両親は?」
「えっと、両親は今仕事で海外におります」
「……うむ……では今この家には君一人ということだね」
「そうですけど……」
「そうか……」
その時、水無瀬さんのお父さんが顔を歪めていたのを僕は見逃さなかった。
そりゃそうだ。年頃の娘がどこの馬の骨とも知れない男とひとつ屋根の下で暮らしているなんて親として気が気でないよな。
「では、君がこの家の主ということで……ゴホン。早速なんだが本題に入っていいかな?」
「あっ、はい……」
そういうと水無瀬さんのお父さんはカバンから一枚の紙を取り出し僕に差し出す。
「これは……光熱費の請求書?」
「うむ。これを見て何かおかしなことに気づかないかね?」
「……一ヶ月分の請求書にしては値段が異様に安い」
「私もこれを見たとき驚いたよ……だから紗弥に話を聞こうと呼び戻したんだ」
え?それって――
「お父さんは水無瀬さ――紗弥さんが
「私と妻はてっきり用意したマンションで一人暮らしをしているものだと思っていたよ」
頭を抱え、呆れた様子でそう語る水無瀬さんのお父さん。
「ここまでの話でもうある程度私が来た理由は察していると思うが――」
水無瀬さんのお父さんはもう一度カバンを探り、今度は茶封筒を取り出すとそれを僕の目の前に差し出した。
「誠に勝手で申し訳ないのだが、このバイトを辞めさせていただきたい」
「えっ……」
「お金は先払いで貰ったということなのでそれとここで過ごした間の食費や光熱費諸々入ってる。大変世話になったな――いや、名目上は世話をしたとなっているのか」
「ち、ちょっと待ってください。紗弥さんはなんて言ってるんですか?」
「紗弥は……納得はしていなかったな」
「なら紗弥さんとも話せてください」
「うむ……悪いがそれはできない」
「なぜ!?――」
「君にもわかるだろ。大切な一人娘がこんなバイトをしていたら親は心配することぐらい」
「それは……――」
それはそうだけど……。
そうなんだけど……。
この人の言ってることは一般的に何一つ間違っていない。だから僕はこれ以上何も言えない。
「それは……そうですね」
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