お弁当が完全に愛妻弁当な件
休み時間の度に話題に上がった僕らの噂はお昼休みにもなると鳴りを潜めた。きっと皆、別れたという噂を否定しない僕らと見て真偽を察したのだろう。あまり目立つことを好まない僕としては噂が終息に向かっていることは願ってもない話だ。
「やっと昼飯か、こーすけ購買行こうぜ」
「いや、今日は弁当があるんだ」
「珍しい――ってあれ? こーすけの母ちゃんって料理できないんじゃなかったっけ? もしかして自製?」
「あぁ、まあ、そんなところ……」
――言えるわけないだろ! 本当は別れた元カノが作ったお弁当だなんて!
面倒事にならぬようそれとなく答えたがそんな僕を友人の
「まさかそれ水無瀬さんの手作りだったりして」
「…………」
米田のその言葉に周りのクラスメイトもピクリと反応した。
「そういえば今朝は水無瀬さんと一緒に登校してたみたいだけどそんなこと今まであったかなぁ?」
「―――っ!」
こいつ完全に楽しんでやがる。米田のもともと鋭い目がにやけているせいでさらに細くなり、表情がまるでピエロのようになっている。
「なーんてなっ」
「……はあ?」
返答に困っていた矢先、米田は「冗談、冗談」と僕に肩を組み手をひらひらさせる。
「じゃあ俺は購買行ってくるから――なんか飲み物いるか?」
「……お茶で……」
「あいよっ」
なんなんだあいつは……。
高校に入ってから1年。偶々体力測定のペアになったころからよく連むようになったが未だに
机の上の教科書と筆箱を片付け、お弁当を机に出して米田の帰りをスマホをいじって待つ。
待っておく必要があるのかというと別にないのだけれど、飲み物を買ってきてもらう手前帰ってくるまで待っておくというのが最低限の常識だろう。
5分もするとパンと紙パックに入った飲み物を抱えた米田が帰ってき、僕の机にそれを置くと前の人の椅子を反転させ、それに腰かける。
「購買にお茶売ってなくてわざわざ食堂まで行って買ってきてやったんだから感謝しろよ」
「それを言わなきゃ感謝してたかもな」
130円を机の米田側に置き、買ってきてもらったパックのお茶を自分側に引き寄せる。
「あーいらねぇいらねぇ。彼女と別れた親友から金取る気なんてねぇよ」
米田は机のお金を強引に僕に渡すとにっ、と笑って見せた。
「お前…………いつから僕の親友になったんだ――」
「うん、やっぱりお金返してもらっていい?」
そんなこんなあってやっと昼飯。包みを開けると2段式のお弁当箱が現れた。
お弁当といえば、付き合ってた頃に一度水無瀬さんがデートに作ってきてくれると言ってくれたことがあったっけ。結局当時は食べ損なったけど。
お弁当を開けると1段目に白いご飯。2段目におかずが入っていた。
「おっ! 唐揚げもーらいっ――!」
「あっ、おい――!」
お弁当箱を開けた途端、椅子から腰を半分だけ浮かした米田が目にも留まらぬ速さで唐揚げを1つかっさらっていった。
「……冷凍食品だな……」
「お弁当なんてそんなもんだろ。勝手に食っといて文句を言うなっ」
「まあ、お茶代はこれでチャラにしてやろう――卵焼きもーらいっ」
「それはダメだっ!」
自分が想定していたよりも大きな声が出ていたらしく米田はもちろん、周りの席で食事をとっていたクラスメイト達も驚きこちらを見ている。
「……悪かったよ。まさかこーすけがそんなに卵焼きが好きだとは思わなくてよ」
「いや、僕の方こそ悪かった。いきなり大声を出して……」
しばらくお互い目も合わせず気まずいまま黙々と昼飯を口に運ぶ。
別に卵焼きが特別好きなわけじゃなかった。けど思わず自分が想定している以上の声が出てしまったのは…………。
水無瀬さんはもう彼女ではない。今はただのメイドだ。昨晩だって水無瀬さんの作った晩御飯を食べた。けれど……卵焼きを食べた瞬間、僕は思わずつぶやいてしまった。
――世界一美味い――
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