第287話 年末の帰省

 スキー旅行から帰ってきたクラエルはそのまま、エッグベルの町へと帰省した。

 もちろん、レイナも一緒である。

 大神殿に戻るのかと思いきや、レイナはそのままクラエルについてきた。


「エッグベルに帰るのは夏休み以来ですね」


「そうですね。ほんの数ヵ月ですけど、随分と長かったような気がします。」


 二人がいるのはエッグベル行きの馬車の中。

 車中には二人以外にも数人の乗客がいて、座席で思い思いに過ごしている。

 スキー旅行には列車を使った二人だが、本日の移動手段は乗合馬車だった。

 エッグベルのような田舎町に鉄道など通っているわけもないから仕方がない。

 クラエルは普段着だが、レイナはフード付きのローブによって顔を隠している。聖女であるとバレて騒ぎにならないようにするためだ。


「皆さん、元気でいるでしょうか?」


「そのはずですよ。オラトリオさんは何も言っていませんでしたからね」


「ああ、服屋さんの。クラエル様は連絡を取り合っているんですか?」


「月に一回程度ですけどね。町の皆さん、元気でやっているそうですよ」


 言いながら、クラエルが明かり取りの窓から外に目を向けた。

 外には典型的な田舎の風景。野原があり、森があり、舗装されていない道路がある。

 王都とは比べ物にならないような自然豊かな景色である。


(まあ、いつまで田舎町かは知らないけどね……)


 聖女であるレイナの生まれ故郷ということもあって、エッグベルには多くの巡礼者が訪れている。

 巡礼者が日夜金を落としており、交通インフラや宿屋などの宿泊施設が急速に整備されているそうだ。


(恐ろしいことに……観光地もあちこちにできているんだよな。レイナが何かやったところが全部観光スポットになっているというのだから困るって……)


 レイナの行きつけの服屋、喫茶店、公園、本屋やらを観光者が回っているらしく、売上が爆増したと服屋のオラトリオから送られてきた手紙に書かれていた。

 神殿に至っては聖地そのもの。大勢の神官やシスターがやってきては祈りを捧げているとのこと。


(おそらく、近いうちに鉄道も引かれるだろうな……レイナのためになら金を出す奴は山ほどいるだろう)


 だが……人が増えることで問題も生じる。

 たとえば、治安の悪化。

 大勢の巡礼者がいるということは、彼らを狙った強盗や人攫いも現れる可能性があった。


「そこの馬車、止まりやがれ!」


「死にたくなかったら止まれ! 全員、金を出せえ!」


「うっわ……本当に来たよ」


 馬車の外から怒鳴るような濁声、パカラパカラッと馬の蹄が地面を叩く音がした。

 考えてきた矢先、強盗が現れたようだ。馬で襲ってくるなんて、まるで西部劇に出てくる悪党のようである。

 クラエルが窓から外を窺おうとするが……それよりも先に、聞こえてくる声に変化が生じた。


「さっさと止まらねえと…………グギャ」


「な、何だテメエ……クマ……ぐおおっ!?」


「こ、このっ……どうしてぬいぐるみが……ギャアアアアアアアアッ!」


 しかし……強盗の声がして数秒後、それは悲鳴に変わった。

 馬車の乗客が叫ぶ時間もなく、馬の走る音も遠ざかっていってしまう。


「……何だったんでしょうね?」


「さあ?」


 クラエルの疑問に、レイナが不思議そうに首を傾げた。

 他の乗客も困惑してざわついているが……御者席から運転手の声がかかる。


「えー、皆さん。ただいま強盗がこの馬車を襲おうとしていたようですが、心配はいりません。彼らは撃退されました」


 運転手は特に驚いた様子も慌てた様子もなく、まるで慣れたセリフを語るように淡々と告げる。


「この街道は聖女様の故郷……エッグベルに繋がっている道です。この道で悪さをする者はたちまち天使の目に留まり、排除されることになります。エッグベルにはあと二時間ほどで到着しますので、ご安心してお過ごしください……」


「なるほど……天使の加護か」


 クラエルの脳裏にムキムキマッチョでぬいぐるみの頭部を持った天使の姿が浮かぶ。

 彼らが巡回していてくれるのならば、それはもう安全だろう。

 強盗はもちろん、魔物だって好き勝手にはできないはず。


「どうやら、快適な旅になりそうですね」


「はい。クラエル様と一緒なら、どこだって快適ですっ!」


「そういう意味ではないんですけどね……」


 レイナの言葉に苦笑するクラエルであったが……直後、またしても外から大声が聞こえてきた。


「聖女様! レイナ様! どうかお待ちください!」


「そこの馬車、止まりなさい!」


 風に乗ってくるかすれた声。

 馬車の停止を促しているが、強盗とは違うようだ。


「聖女様! どうか大神殿にお戻りください。聖女様に会いたいという他国の要人が大勢来られており、対処に困っているのです!」


「いくら冬休みといえ、聖女としての務めを……ギャフンッ!」


「ちょ……待って待って、我々はただ聖女様を……ぬおおおおおおおおおおっ!」


 またしても悲鳴の声が響いて、やがて聞こえなくなった。


「……何だったのでしょう」


「気にすることはないと思いますよ。たぶん、さっきの人達と同じような方々じゃないですかね?」


「聖女とか言ってたような……いや、風でよく聞こえませんでしたが」


「さあ? 私には聞こえませんでしたけど?」


 レイナが首を傾げる。

 よくわからないが……レイナがそういうのであれば、気にすることもないのだろう。


「まったく……年末だというのに騒がしいですね。家で静かに過ごせないのでしょうか?」


「本当に迷惑な方々ですね……あ、果物を剥いてきたんですけど食べますか?」


「いただきます」


 クラエルはレイナが剥いてきたリンゴのような果実を受け取り、シャクリと音を鳴らして齧ったのであった。






――――――――――

今年も一年、本作にお付き合いいただきありがとうございます。

おかげさまでカクヨムコンテストのラブコメ部門で大賞を受賞し、より多くの読者様に読んでいただくことができました。


来年には書籍も発売する予定です。

まだ詳細はお教えできませんが、決まり次第お知らせいたします。


来年もよろしくお願いいたします。

どうぞ、よいお年を。

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