第18話 王都から客人が来ました……


 レイナが十五歳。

 クラエルが二十三歳。

 いくら年月が経っても変わらない物もあるが、当然のように変わっていく物もある。

 クラエルとレイナを取り巻く環境もまた同じである。


「レイナ様! 私と結婚してください!」


「ごめんなさい、失礼いたします」


「ああっ……!」


 レイナに笑顔で一刀両断されて、どこかの町からやってきた若い男性が崩れ落ちた。

 男は神殿の床に両手両膝をついて項垂れて、滂沱ぼうだの涙を流している。

 レイナはそんな男に微笑みを残して、さっさと神殿の掃除に戻ってしまった。


「相変わらずモテモテねえ、レイナちゃん。今月で五人目じゃないのん」


「ええ……わざわざ他所の町から求婚者が来るので、参っていますよ」


 洋服屋の店主であるオラトリオの言葉に、クラエルは苦笑しながら答えた。

 二人は神殿の一角で雑談をしている最中である。そこにはロッテル夫人もいて、話に加わってきた。


「あれだけの美貌だものねえ。スタイルも良いし、まだ十五歳だなんて思えないわ」


「求婚者が絶えないのもわかるわねん。司祭様がいなかったら、ウチの町からも結婚を申し込む人が出ていたわよん」


「どうして、僕の名前が出るんですか? レイナが気に入った人だったら邪魔はしませんよ?」


「「ハアッ……」」


 二人が揃って溜息を吐いた。

 示し合わせたような態度の意味がわからず、クラエルが首を傾げる。


「司祭様って本当に鈍いわよねえん。本当に気づいていないのかしらん?」


「まあ、仕方がありませんよ。子供の頃から面倒をみているわけですし」


「だけどね……小さい頃から、レイナちゃんってわかりやすかったでしょう? 最近は特に露骨になっているし……気がつかない方が不自然だと思うのだけど、もう押し倒しちゃうしかないのかしらん?」


「……お二人とも、僕を除け者にして話すのはやめていただけませんか? 井戸端会議がしたいのなら神殿の外でやってください」


 クラエルが半眼になって睨むと、オラトリオが降参するように両手を挙げる。


「冗談よん。それよりも……あれだけモテるようになると心配でしょう? おかしなトラブルになってないかしらん?」


 最近のレイナには求婚者が絶えず、数日おきに口説かれたり結婚を申し込まれたりしている。

 そんな男達の中には乱暴な者、フラれても諦めずに付きまとう者もいたりする。


「大丈夫だと思いますよ……ほら」


「れ、レイナさん! やっぱり、俺は貴女のことが……!」


 限りなく土下座に近い格好で落ち込んでいた男がバネ仕掛けのように立ち上がり、大きくジャンプした。

 そのまま、箒で掃除しているレイナの背中に抱き着こうとする。


「レイナちゃん!」


「危ないわん!」


 どこかの大泥棒がベッドに飛び込むような勢いで飛びかかる男を見て、ロッテル夫人とオラトリオが声を上げる。


『ニャンッ!』


「ガハッ……!?」


 しかし……どこからか飛んできた猫のぬいぐるみが男の顔面に飛び蹴りを喰らわせた。

 いったい、その小さな身体のどこにそんなパワーが宿っているのだろう。

 男が何度も縦回転で転がっていき、神殿の扉から外に吹き飛ばされていった。


「アレって……」


「ボディーガードですよ……レイナのね」


 以前、毒親からの刺客を撃退したように、ぬいぐるみの中にはレイナを守護する聖霊が宿っている。

 聖霊の戦闘能力は並の兵士を遥かに凌駕しており、暴漢ごとき指一本触れることは叶わない。


『ニャンッ!』


『バウバウッ!』


『アチョー!』


 しかも……現在はそんなぬいぐるみが一体ではない。

 任務を達成した猫のぬいぐるみに、物陰から出てきた他のぬいぐるみ達が敬礼をした。

 現れたぬいぐるみは犬であったり、熊であったり、鼠であったり、パンダであったり……いずれもこの五年間でクラエルがレイナに買い与えた物ばかりである。

 それらのぬいぐるみ全てに聖霊が宿っており、影に日向にレイナのことを守っているのだ。


「いよいよ、本格的に僕がレイナを守る必要はない気がしてきましたよ……巣立ちの時が近いようです」


「……司祭様、ちょっと」


「……えっと、勘違いしているようだけど」


 ロッテル夫人とオラトリオが何かしらをクラエルに伝えようとするが……それよりも先に、開きっぱなしの神殿の扉がコツコツとノックされた。


「失礼。こちらの神殿の司祭殿はおられるかな?」


 扉の方に目をやると、そこには黒いコートに身を包んだ老紳士が立っていた。

 老紳士は扉の外側に転がっている求婚者の亡骸(?)を意にも介さず、神殿の中に向けて呼びかけてくる。


「……どうやら、新しい求婚者が来たようですね」


「え?」


「あちらのご老人が?」


 クラエルのつぶやきにロッテル夫人とオラトリオが首を傾げる。


「ええ……今度は断れない求婚者です」


 クラエルが速足で老紳士のところに行き、胸に手を当てて深々と頭を下げる。


「司祭のクラエル・バーンです……遠いところをよくぞお越しくださいました。まさか貴方が直々に来られるとは思いませんでしたよ。閣下」


「事が事ですからな。たとえ地の果てからでも駆けつけますとも」


 老紳士が黒の帽子を取り、クラエルの挨拶に応える。


「自己紹介は必要なさそうですが、念のため……王都が大神殿で枢機卿を務めているディレット・ホーストというものだ。こちらで聖女様が見つかったと聞いて参上いたしました」


 枢機卿。

 大神殿のトップに君臨している人物が自ら現れた。

 目的はもちろん……聖女であるレイナを迎え入れるためである。


(いよいよ、お別れの時か……)


 クラエルはわずかに目を伏せて、神殿の奥の応接間に枢機卿を通したのであった。

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