第5話 自由時間

「勉強するのは良いことですね」

「かなり厳しい先生で……」


 爽やかに笑うアズボンドは、鑑定の仕事終わりにたまたま人集りを見つけ、助けてくれたそうだ。


「弟さんが勇者だとは知りませんでした」

「ええ、勇者とは名ばかりの自分勝手で困った弟です」

「あはは……」


 否定はしない。


「弟が勇者のスキルを得たのは、ここ数ヶ月のことなんだ」


 まぁ、子供が急に強大な力を得れば、それを周りに振りかざしたくなるのも無理はないだろう。


「いつかは勇者らしくなるのではないですか?」

「いや、それはそうかもしれないが、問題は別にある」


 アズボンドは真剣な眼差しで続けた。


「勇者のスキルが生まれたということは、魔王もこの世界のどこかに潜んでいることになる」

「魔王……ですか」


 いまいちピンとこなかった。何故なら、ここ数百年は魔王との戦争は一度も無かったからだ。確かに「勇者が生まれたら、魔王も生まれる」というのは常識的な話ではあるが、侵略という名の侵略は無いに等しい。

 

「今までの勇者が強かったという考え方もできるが、今回は少し違う気がするんだ」

「つまり……」


 勇者が倒せば魔王は滅びる。しかし、魔王には寿命が無い。つまり勇者が交代制なら、魔王は勇者に倒されない限り一個体で成長するのだ。


「確定ではないが、その可能性は非常に大だ」



 家への帰り道、僕の脳内にアズボンドの話がこだまする。もし魔王がこの数百年、全面戦争に備えて力を蓄えていたとしたらこれほど危険なものはない。そうなれば、間違いなくこの世界は魔王の手に堕ちるだろう。


「シント考えごと」

「うん、私たちのこと考えてる」

「いやいやいや……」


 工房に帰ってすぐ、僕はリシスにこの話をした。相談というわけではないが、来るべき日に備えて、自分たちに出来ることが無いか話し合いをすることとなった。

 リシスは神妙な面持ちで、かつ冷静に語った。


「錬金術師に出来ることには限りがある。質のいい武器やアーティファクトを作ることくらいが関の山だろう」


 確かに内職スキルの錬金術は、戦闘系のスキルと比べるとかなり劣る。いざ戦争となれば、僕たちは逃げ惑うしか道は無い。


「やっぱり、できることはそんなに無いのかな」

「シント・レーブルを除いてはな。君は伝説級のスキルを得たのだ。その力は我々の常識を遥かに超える存在なのだから」


 僕は勇者じゃない。魔王を倒す力も想いも、持ち合わせてはいないのだから。


「よし、しばらく勉強は取り止めて自由時間を与える。好きに生き、好きに戦いなさい」

「でも1人では何も……」

「ここに居ても構わないし、疑問があれば遠慮なく聞きなさい。答えられる範囲なら応えよう」


「ありがとうございます!」


 そうして、僕の人生はまたひとつ前に進んだ。与えられた自由は有意義に使わなくてはならない。


「明日から忙しくなるぞ」



 意気込んだは良いものの――。


「行かせない」

「うん、絶対にダメ」


 貰った小屋に戻ろうとした途端、双子に泣きつかれてしまった。「すぐ帰る」と言っても「ダメ」の一点張り。


「ほら、困っているだろう。離してあげなさい」

「「親方は引っ込んでて!」」


 頼みの綱だったリシスも、この一言で敢えなく撃沈した。

 1人置いて、1人連れて行く。というのも考えたが、恐らくどちらが残るかで大喧嘩が始まる。


「分かった。小屋に行くのは辞めるよ」

「「やったぁ!」」

 

 隙を見て逃げ出すしかないな。

 僕の『やる事』は工房でもできる。だだ、失敗する可能性を鑑みて誰も居ない小屋に行きたかったんだが。こうなっては仕方がない。


 リシスから承諾をもらい、工房に篭る生活が始まった。古い文献や、おとぎ話まであらゆる本を読み漁り、魔王に対抗するための作戦と、アーティファクトを作り上げる。



「賢者の石、エクスカリバー、アラドヴァルの図面はこれでヨシっと。あとは――」


『コンコン』


「ご飯、できた」

「もうそんな時間か。今行くよ」


「首尾はどうだい?」

「今のところ順調かな」


 自由時間が与えられて、もうすぐ1年が経とうとしていた。僕の『研究』はまずまず上手くいっている。


「古い神話の本を貰ったんだが、使うかい?」

「ありがとうリシス。明日はまた小屋に行って作業するから少し遅くなるよ」


「「ダメ!」」


 この双子は相変わらず僕に構ってくる。たまに研究を手伝ってくれたり、本を借りてきたりしてくれるのはありがたいが、愛が重過ぎるのが難点だ。


「離れている所から交信できるアーティファクトを作ったんだ。明日試したいから2人も手伝ってくれるね?」

「「やる!」」


 素直なところは可愛いんだけどね。



「あーあー聞こえる?」

「き、聞こえる」

「シントの声だ!」


 実験は見事に成功することもあれば――。


『ボンッ!』


 失敗することもある。

 

*****

<シント・レーブル>

レベル:1

腕力:37

器用:150,000

頑丈:50

俊敏:35

魔力:100(-40)

知力:90

運:66


スキル:禁忌Lv.8、起源術Lv.5

*****

 

 やっぱり、通信のアーティファクトは魔力が無い人には使えないか……。


 日々の研究から得た発見と挫折は、僕を大きく成長させていた。

 

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