第2話 伝説

「リシスここで良い?」


 世界一の錬金術師『リシス・シザテス』に命の危機を助けられ早3ヶ月が過ぎた。僕の体調は滞りなく回復し、最近では工房の手伝いをしている。


「シント働き過ぎ」

「過労死する」


 リシスの家政婦『ベリス&マリクス』ともかなり仲良くなった。双子なだけあって、未だに見分けがつかないのが難点だが。


「ベッドでずっと寝てるよりは、動いた方が良いんだ」

「寝込んでも看病してあげない」


 プイッと頬を膨らませ部屋を出て行った彼女たちに入れ替わり、リシスが戻ってきた。今日は錬金術の実験をするらしく、準備に大忙しだ。


「ああ、そこに置いておいてくれ」

「通信機で言ってくれれば良いのに」

「バカモン! 魔道具に頼ってどうする!」


 じゃあ何の為に作ったんだ、と疑問が湧いたが、機嫌が悪いようなので言うのはやめておいた。実験の前はいつもこんな調子で、ずっとプリプリしてるのだ。


「後で魔力炉を運ぶから手伝ってくれ」

「分かりました」


 

「始めるぞ」


 今回の実験は、古代遺跡で発見されたオーパーツから魔剣を作れるのか、というものだ。

 本来、魔剣は一部の鍛治職人にしか作ることができない。それを錬金術で作ろうというわけだが、もしこの実験が成功すれば世紀の大発明になる。


「あ、ヤバいかも」

「え?」


『ボンッ』


「ワンッ!」


 何故か犬が生まれてしまった。

 この場合、実験としては失敗だが、このワンちゃんはとても可愛い。


「リシス……」

「はぁ、失敗だ」

「このワンちゃん飼って良い?」


 と、いうわけで飼うことになった。名前は4人の頭文字を取ってシベマリとなった。ただ、長いのでいつも皆んな短略し『マリ』と呼んで可愛いがっている。

 実験に失敗したリシスは書斎にこもったまま出て来ないし、ここ3日何も食べていない。


「リシス大丈夫?」

「生きてる?」


『コンコン』


 双子が話しかけると、物音を立てて無事を伝える。もはや無事かどうかも分からないが。


「まだ生きてる」

「うん、生きてる」


 この2人には確信があるようだ。

 そのせいで僕は暇を持て余していた。町に出たいと言っても双子に止められるので、ただダラダラと過ごすしかないのだ。

 

「リシス、工房使っても良い?」


 せっかく立派な工房があるし、この家は装飾も何も無く貧相だ。このままではナマケモノになってしまうと感じた僕は、暇つぶしに適当な装飾品でも作ることにした。


『コンコン』


「ありがとう」


 これが「イイ」のか「ダメ」なのか分からないけど、きっと大丈夫だろう。

 僕は工房に入り、材料を探す。鉄や鉱石の中に錬金術の本を見つけた。開くと『初心者向け魔法陣の作り方』というページがあった。


「やってみるか」


 必要な物は術師の血液と創造力。

 僕はナイフを手に取って指に当てた。多少の痛みはあるが、本の説明通りに魔法陣を描いてみる。あとは作りたいものを頭に思い浮かべながら、手のひらを合わせる。


 魔法陣は光を放ちながら消え、代わりに鉱石が組み合わさったリングが現れた。


「成功した……?」


「シント」

「何してるの」


 双子は興味津々に僕の手元を覗き込んだ。


「コレ、シントが作ったの?」

「う、うん」


 怒られるかと思ったが、彼女たちの反応は意外にも好感触だった。


「凄い!」

「綺麗」


 リングを手に取り、見たことが無いほどキャッキャと喜んでいる。そんな姿を見せられたら、2人分作ってあげたくなった。


 

「ありがとうシント」

「大切にするわシント」


「今のは誰の錬金だ?」


 目の下にクマを作ったリシスが現れた。どうやら、錬金の際に発した光と音に驚いたようだ。


「親方、シントに貰ったの」

「シントが……?」

「親方にはあげないからね」

「ほぉ、こんなレアな鉱石は工房に無かったはずだが。どこで手に入れたんだい?」


 レアな鉱石? そんな物は使っていない。昔、伯爵家の奥様が身に付けていたリングを創造しただけだ。


「町に出かけたのか?」

「シントは一歩も外に出てない」

「私たちが見張ってた」


 リシスの頭上にハテナが浮かんだので、錬金の方法を説明した。


「なんてことだ」


 何かマズイことでもしてしまったのだろうか。3人の表情から困惑と驚愕が見える。


「あ、あの……リシス?」

「それは錬金術師の更に上の上、起源術師の所業だ」


 聞いたことのない言葉だ。でも、なんだか格好良い。


「錬金術は物体を変換するが、起源術は無から有を創り出す」

「でも僕は本に書いてある通りに――」

「この本には血液を別の液体に変換するだけで、物体を作ることはできない。そして、起源術は伝説上でしか語られる事はない」



 それからリシスは興奮気味に起源術の伝説を話し始めた。なぜ『起源』と呼ばれるのか。それは遠い昔、世界がまだ今の形を成していなかった頃、ある術師が大きな魔法陣を描いたことから始まる。


 彼が創りたかったのは膨大な世界そのもの。術師は自身の命、魂と引き換えに世界を創造した。それは禁忌に近い神の所業であった。



「それが起源術師……」

「ああ、まさに伝説級の力だ」


 信じられない。でもリシスは至って真剣だった。


「伝説は真だったようだ。君は世界一の錬金術師をも超越する“起源術師”になった」

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