第21話 大食い

 僕たちは書類などがはいった紙袋をもって携帯ショップを出た。太陽は最も高い位置にまで昇っていた。


「――ええ、分かったわ。ええ、フードコートね」


 ローズが耳からスマホを離す。マチルダとの通話が終わったらしい。


「ホムラ君。フードコートに行くわよ」

「二人ともここに来ないの?」

「ええ。フードコートで席を取ってるそうよ」

「分かった」


 僕たちはショッピングモール内を歩き、フードコートを目指す。


 チラリと隣を見れば、ローズが赤のスマホカバーに描かれたデフォルメ調のネズミキャラ、『チュウ太郎』を見て口元を緩ませていた。


 それに僕の頬が自然と緩む。何気なくローズと同じく『チュウ太郎』の絵が描かれた紺色のスマホカバーを見てしまう。


 ふと、あることを思い出す。


「そういえば、後で連絡しないと」

「ん? 誰にかしら?」

「兄ちゃんたちに。スマホを無事に買えたって」


 ローズが少し目を見開く。


「ホムラ君にお兄さんがいたなんて初耳だわ」

「あれ、言ってなかったけ?」

「言われてないわよ」


 思い返すとここ一ヵ月間、お互いに家族の話をしていなかった気がする。避けていたわけではないけど、きっかけがなかったのだろう。


「どんなお兄さんなのかしら?」

「そうだね。優しくて強くて誇り高くて……変な人かな」

「……変な人?」

「うん、変人。よく突拍子もないことをするし、物知りで頭がいいのに変なところで抜けてるし、可笑しなことを口走ってる時もあるね。あと、かなりスケベ」

「……ホムラ君みたいね」

「いや、僕は普通だって。兄ちゃんみたいに変人じゃないよ」

「どうだか」


 肩をすくめるローズに首を傾げながら、続ける。


「兄ちゃんは本当に優しくてね。僕やホノカをいつも見守っててくれて、相談に乗ってくれたり、勉強を見てくれたり、色々と遊んでくれたり」

「……ホノカ?」

「僕の妹」

「妹もいるのね」

「うん。一つ歳は下なんだけどね。とても心優しくて賢くて、兄である僕の贔屓目を除いてもとっても可愛い子なんだ。今は反抗期なのかあまり話してくれないけど」


 フードコートにたどり着いた僕たちは、バーニーとマチルダを探す。

 

「けど、将来聖霊騎士になるために一生懸命修行に励んでいてね。僕よりも才能があって強いんだよ」

「ホムラ君よりも強いの?」

「≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を使えば別だけど、基本的にホノカの方が強いかな。霊力量にかなり差があるし」

「え、それってどういう――」

「お二人とも、こっちですわ!」


 マチルダが僕たちに手を振っていた。僕とローズはすぐに移動する。


「マチルダ、席を取ってくれてありがとう」

「どういたしましてですわ。それよりも早く昼食を選んでしまいますわよ。混んできていることですし」

「そうだね」


 お昼という事もあって、フードコートには人が溢れかえっていた。僕たちはフードコートのお店に行列ができない内に、急いで昼食を注文したのだった。



 Φ



「いくつあるんですの、それ」

「十二個だよ」

「えぇ……」


 マチルダが僕の前のハンバーガーの山を見てドン引く。バーニーも少し引いた表情を見せる。


「お前、それ全部食えるのか?」

「食べれるに決まってるじゃん。何言ってるの?」

「それはこっちの台詞せりふだ」


 二人とも呆れた目を向けてくる。どうして? いつも学食でこのくらい食べてるのを見ているはずなのに。


「待たせたわね」


 ローズがうどんのどんぶりを三つトレーに載せ、戻ってきた。僕の隣に座る。


 全員が揃ったので、僕たちは「いただきます」といって昼食を食べ始める。


 初めて食べるハンバーガーにワクワクドキドキしながら、僕はまずスタンダードのハンバーガーにかぶりついた。


「うまい!!」


 なにこれ、美味うますぎる! ハンバーグをパンに挟んだだけじゃない! ハンバーグの旨味とパン、レタスとトマトの味が絶妙にマッチしていて、別の高尚な味になってる! 世の中にこんな味の食べ物があったなんて! 


 病みつきになる。


「アルクス聖域に来て良かった! ビバ、都会!」


 感動に震え、貪るようにハンバーガーを食べきり、二つ目のハンバーガーを手に取った。


「……ファストフードでここまで感動している人を見るのは初めてですわ」

「俺も。普通、あんな感動できねぇだろ」


 二人が阿呆な事を言ってる。 


「二人とも、何言ってるのっ? こんなに美味しいんだよ! 感動しないのっ?」

「美味しいのには賛同するが、お前みたいに絶品料理を食べたような表情にはならねぇよ」

「ええ。そこまで感動するものではないでしょう」

「嘘だ! ほら、食べてみなよ!」

「い、いらねぇから!」


 目の前に座っているバーニーの口にハンバーガーを押し付けようとするが、バーニーは何かを恐れるような表情をして食べようとしない。


「むぅ。じゃあ、マチルダ! ほら、美味しいって!」

「わ、わたくしに差し出すんじゃないわよ! 早くひっこめなさい!」

「ええ……」


 マチルダも何かを恐れるような表情をしてる。もしかして、二人ともハンバーガーが嫌い? こんなに美味しいのに?


 仕方がないので、隣のローズにハンバーガーを差し出す。


「じゃあ、ローズはいる?」

「ええ! 一口頂くわ!」

「おお!」


 ローズは目を輝かせ、意を決するようにパクリとハンバーガーにかぶりついた。そして口の周りについたソースをペロリと舐めとった。


「美味しいでしょ?」

「ええ、美味しいわ!」


 ローズは僕の問いに頬を紅潮させ嬉しそうに頷く。つまり、それだけハンバーガーが美味しかったんだね。うんうん。


「なぁ、あれ、勘違いしてるよな」

「知らぬが仏ですわ。それより、この後の方が気がかりですわ」


 ん? バーニーとマチルダがこそこそと話している。


「どうかしたの?」

「いや、何でもねぇぞ。それより、早く食べないと冷めるぞ」

「あ、そうだね」


 僕はハンバーガーを食べようとする。


「あ」


 そして気が付いた。僕が今手に取っているハンバーガーには。ローズが一口かじったあとがあるのだ。


 ……あれ、これって間接キス? 


「ホムラ君。食べないのかしら……?」

「あ、ええっと……」


 ローズはたぶん間接キスに気が付いていない。


 つまり、僕がハンバーガーを食べのを渋るのは不自然に思われるし、間接キスを気取られるかもしれない。


 そもそもローズとは友人だし、食べまわしとか普通だ、普通。おかしな事なんてない。ここで躊躇っている僕がおかしいのだ。


 僕は意を決してハンバーガーにかぶりつき、無心で食べた。そして他のハンバーガーも食べきった。


「ふぅ、美味しかった。お腹いっぱい」


 ポンポンとお腹を叩く。満腹感が溢れて幸せだ。


「……あれで太らないとか卑怯ですわ。わたくしと背も大して変わらないというのに。胃に大食いの怪物でも飼ってるんですの?」

「それかブラックホールがあるんじゃね?」

「あり得ますわね」

「あり得ないよ」


 ヒソヒソと話すマチルダとバーニーに僕はジト目になる。二人の前のからの大きな器を見やる。


「だいたい、二人だってそれなりに食べてるんじゃん」

「聖霊騎士見習いですもの。毎日の鍛錬で多少は食べますわ」

「だが、お前ほど異常に食わねぇっつうの」

「僕だって鍛錬してるからお腹がくんだよ! それに≪回癒≫のデメリットだし、異常じゃないって!」

「空くかどうかより、その小さな体に物理的にどうやって収まってるか知りてぇんだよ」


 バーニーは呆れた溜息を吐く。マチルダも同様に溜息を吐き、ローズを見やる。


「まぁ、ホムラさんほどではないにしろ、ヴァレリアも大概ですわね」

「なによ、それ」

「だって、うどんを三杯食べてるとか。前から思ってましたけど、どんだけ大食いなんですの?」


 そう言いながらマチルダは、じとっと制服の上からでもよくわかるローズの大きな胸を見た。


 それに気が付いたのか、ローズがヒクヒクと頬を引きつらせる。


「何かしら?」

「いえ、何も。ただ、流石は胸にだけ栄養が吸い取られている女だと思っただけですわ」

「はぁ? 何を根拠にそんな事言ってるのよっ?」


 笑顔を浮かべているものの、ローズの目は笑っていない。マチルダの目も笑っていない。 


「根拠? 根拠ならありますわよ。いくら食べても太らない体質で、しかも身長も中学の時に止まったのに、胸だけは未だに大きくなってるとか。身長も胸も大きくならないわたくしへの当てつけですの? というか、胸以外のどこに栄養いってるんですの?」

「筋肉よ!」

「アナタが筋肉? いくら鍛えても腹筋すら割れないってわたくしに泣きついてきたのに?」

「最近、割れだしたわよ!」


 ローズは勢いよく立ち上がる。僕は慌てて止める。


「ろ、ローズ。落ち着こう、ね? 周りの目もあるし」

「ッ!!」


 周りのお客さんが自分たちを見ていることにようやく気が付いたらしい。ローズは顔を真っ赤にして席に座り、涙を浮かべながらマチルダを強く睨んだ。


 マチルダはどこ吹く風と言わんばかりに肩をすくめた。


 僕とバーニーはそんな二人に溜息を吐いたのだった。


 ……にしても割れているんだ。

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