第19話 お出かけ

 制服を着た僕たちは校門にいる守衛さんに外出届けの証印を貰い、学校の校門を出で林の中の道を歩く。


「そういえば、ご両親はなんて言ってたんだ?」

「壊れたものは仕方ないって。あと連絡手段は大事だから早急に買いなさいとも言われた」


 先週、第六聖霊騎士団とアルクス聖霊政府の方から、ようやく僕の外出許可が出た。先月の霊航機での一件についてようやくほとぼりがさめ、僕の件が外部に漏れることはないと判断されたからだ。


 また、ローズもその一件でのメディアの加熱などが収まったため、同様に外出が許可された。


 なので、土曜日の今日。僕たちは新しい携帯買うために街に繰り出していた。あと、時間があれば先月できなかった観光もしたいなと思っている。


「本当にごめんなさい」

「申し訳ないですわ」


 前を歩いていたマチルダとローズが振り返り、僕に頭を下げる。


「もう謝罪は十分だから。顔をあげて」


 昨日、二人が土下座する勢いで何度も謝罪してきたのを思い出し、僕は苦笑いする。


「代金は私が払うわ」

わたくしも」

「いや、いいって。ちょうど買い替え時だったし」


 小学校の頃から使ってた子供用携帯だったし、潮時だったのだろう。だから、二人に弁償してもらう必要はない。家族からお金も貰ったし。


「けど……」

「ですが……」


 ローズもマチルダも納得がいかない様子だった。


 仕方ない。


「じゃあ、お昼奢って。それで許すよ」


 二人はまだ納得いかない様子だったが、これ以上は逆に僕を困らせると判断したのか、頷いた。


「……分かったわ。何でも奢るわ」

「ええ。遠慮はしないでください」

「本当にいいの? 僕、結構食べるよ?」

「大丈夫よ。お小遣いはあるもの」

「ええ。高級レストランでも問題ないですわ!」

「そう。なら楽しみだね」


 都会の料理は食べたことないし、楽しみだ。


「街が見えてきた」


 高台の上に建つアルクス聖霊騎士高校を囲む林を抜ければ、見えてくるのは大きい街だ。


 高いビルが立ち並び、ビルの間をモノレールが走っている。


 数ある小聖域の中でもアルクス聖域は広い方に入る。確か、百平方キロメートルほどあるんだっけ?


 そのためいくつも街があり、アルクス聖霊騎士高校がある街はその中でも一番大きいエコール街だ。


 地元とは比べ物にならないほど広く複雑に入り組んでいる。


 僕はバーニーのパソコンを使って事前にプリントしてきた地図を見下ろす。


「……携帯ショップに行くまでに迷いそう」

「そう心配することはないですわよ!」


 マチルダはスマホを取り出し、ススッと指を滑らせる。そして画面を僕に向けてきた。


「なんと自分の現在地が表示されるんですの! これなら初めての土地でも迷いませんわよ!」

「おお!」


 流石はスマホ! 最新の道具! 凄い! どうして旧時代の人類はこんな素晴らしい道具を骨董品扱いしてたんだろう!


「そ、そんなのなくたって私が案内できるわよ!」

「え、ローズってエコール街出身なの?」

「違いますわよ。わたくしもコイツも西方のブルネン大聖域出身ですわ。この街の事なんて知りませんわよ」

「し、知ってるわよ! 入学前にお姉ちゃんに案内してもらったもの! 携帯ショップの場所だってたぶん分かるわ!」

「迷わずに案内できるって断言できますの?」

「…………ど、ドルミールがそこまで案内したいなら、仕方ないわ。今日だけは譲ってあげるわ」


 ツンっとそっぽをむくローズの尻尾が気恥ずかしさを隠すように小さく揺れていた。少しシャクトリムシっぽい気がする。


「はぁ。ともかく、案内はわたくしに任せてくださいまし!」

「分かった。よろしくね」


 そして僕たちは坂を下り、エコール街に入っていった。



 Φ



「おお!」


 街のあちこちに色々な店があり、地元とは全く違う街並みに興味が惹かれる。


「ホムラ君。そっちじゃないわよ」

「あ」


 無意識にある雑貨屋に引き寄せられそうになった僕の手をローズが掴む。恥ずかしさでいっぱいになりながら、僕は慌ててローズから手を離す。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして。けど、少し心配だわ。ホムラ君って好奇心旺盛だから、ちょっと目を離した隙にいなくなりそう」


 心配そうな表情をしたローズが思いついた表情をし、ニヤリと笑う。


「はぐれないように手を繋いであげるわよ?」

「っ! だ、大丈夫だって! そんな子供じゃないんだし!」

「……そう」


 少し先を歩いていたマチルダとバーニーが振り返る。


「なにしてますの? 早く行きますわよ」

「おいてくぞ」


 僕とローズは小走りをして、二人を追いかける。


 そうしてしばらく歩くと、とても大きなスクランブル交差点に出た。周囲には大きなお店が立ち並んでいる。


 いくつかのビルには大型ビジョンが設置されていて、広告やニュースなどが流れていた。


 信号が青になるのを待ちながら、僕は大型ビジョンを見やる。


 …………『灰の明星』か。


「そんな怖い顔してどうしたの?」


 ローズが心配そうに僕の顔を覗く。僕はニュースを流していた大型ビジョンを指差す。


「あれ」

「あぁ。先月くらいに現れた小さな異能犯罪集団ね。いくつかの聖域で『灰による救済を』とか言って少量の黒瘴灰を散布した。逃げ足が早くて聖霊騎士団でも中々捕まえられないって有名になっているわね。それがどうかしたの?」

「いや、怖いなって思っただけだよ」

「怖い? ホムラ君が?」

「皆、なにその意外そうな目」


 僕の話が耳に入ったのか、ローズだけでなく前に立っていたバーニーやマチルダも振り返って意外そうな目を僕に向けた。


「いえ、あれだけ強いアナタが怖いと思うのは意外だと思っただけですわ」

「どんなに技術を磨いても僕は臆病者の鼠人族だからね。怖がりなんだよ」


 僕は肩を竦めた。


 鼠人族の固有能力、≪危機感知≫によって僕たちは人一倍、自分に対する危害に敏感にならざるを得ない。


 そもそも大きな力の前に技術は無力な場合が多い。力を持つものが技術を習得したら、敵いっこない。


 特に僕たちが培った技術は、鼠人族でなくとも習得できるものばかりだ。実際僕たちの技術を習得している兄ちゃんたちは僕たちよりも強い。


 だから、僕らから怖さは消えない。臆病さは無くならない。


「それに街中で黒瘴灰を撒かれるなんて普通に怖くない?」

「けど、単なる悪戯ですわよ?」


 無断で黒瘴灰を聖域へ持ち込むのは重罪だけど、霊力が満ちる聖域で黒瘴灰を散布したところで、すぐに浄化されるだけだから悪戯程度なのは確かだけど……


「バーニーのパソコンで調べた感じ、単に逃げ足が早いっぽいわけじゃなさそうだし」

「どういうこと?」

「テレポート系の――」


 信号が青になった。


「まぁ、僕の憶測だし、何でもないよ。早く逮捕してほしいなと思っただけ」

「……そう」


 皆は納得してなさそうだったけど、後ろの人の邪魔になってしまうため歩き出す。


 そしてしばらく歩き、大きなショッピングモールへと入り、その中にある携帯ショップの前にたどり着いた。


 さっそく僕とローズが携帯ショップに入ろうとするが、バーニーとマチルダが立ち止まる。


「あれ? 二人は入らないの?」

「買う予定もねぇし、邪魔になるだけだろ」

わたくしたちは近くのお店でぶらついてますわ」

「なら、私も――」

「ヴァレリア。昨日言ったこと忘れたんですの?」

「あ」

「それに――」


 マチルダはこそこそとローズの耳元で囁く。すると、ローズの竜の尻尾がピンッと立ちあがる。そしてローズは顔を赤くしてマチルダに怒鳴る。


「よ、余計なお世話よ!」

「あら、そう? なら、わたくしがアナタの代わりにホムラさんと携帯を買いますけど」

「だ、ダメよ! 私がもらうわ!」


 もらう? 何を? と疑問に思っていると、ローズが勢いよく僕の手を掴み。


「ほ、ホムラ君。入りましょう!」

「え、あ、ちょ。じゃあ、買い終わったら連絡するから!」


 僕はローズに引っ張られ、携帯ショップへと入った。


 それにしてもマチルダがニヤニヤと笑っていたけど、何でだろう?

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