第46話 赤い炎の真実
『 GA歴八十七年 八月八日 十九時二十分 』
ようやく茶番が終わり、再び戦いに戻った
だがその二人の背には、どこか寂しげな影が差していた。ふざけ合っていたようでいて、何か硬い絆で結ばれているようにも見える──そんな空気が周囲を包んでいた。
「ねぇ、さっきの茶番はなんなの?
サクラが少し呆れたように
「……すまん、
「気持ちの切り替え!」
「なんだ、
その言葉には、茶番の裏にあった感情を引きずる
「えーーー、じゃあやめます?」
「止めるわけねぇだろ。戦うぞ」
そう言って、ようやく
「もう……なんすかそれ」
「で?
「ああ……お前たちも、
「……はい」
「俺たちは、一度霊界に落ちた。だから気づけたんだ」
「えっ? まさか……赤い炎を使えるんですか?」
「ああ。ただ、
「……ただ?」
「そうだ。これから行うのは――
「強制的に、ですか?」
「ああ。いくつもの氣を調整して、
「なるほど……」
「まあ、見てろ」
その瞬間、
「これが、この理の世界に生きる人間の氣の力だ」
彼の周囲に静かに揺れる白炎が、言葉の重みを裏付けるように灯っていた。
「で──ここに神道の氣を混ぜる。
その姿がふと豊雲へと変わった。
「ほい。これが『神道』の氣の力じゃ」
軽やかに返した豊雲の白い炎の中から、金色の粒が浮かび上がり、宙に溶けていった。
「そして……『陰陽道』の氣を混ぜるのじゃ」
老いた声がそう呟くと、紫色の氣が白炎に混じり合い、やがて青紫の光へと変化していく。
「
「ああ──あとは任せろ」
「次は……妖氣だ」
言うと同時に、黒い炎が立ち上る。炎は黒から青へと変色し、激しさを増していく。
「そして最後に……お前らには、まだ感じ取れない氣を混ぜるぞ」
「そっ、それは……」
「少し、離れてろ」
「──
その瞬間、何も起きなかったかのように見えた。だが、それは錯覚だった。無色透明の氣が
「……すごい」
「でも、
「ホントね……」
サクラも静かに頷いた。だが、その瞳には
「
「紅蓮は……自分たちの“事象”にだけ干渉できる」
その言葉の意味を問うように、
「事象に……干渉、ですか?」
「──まあ、こういうことだ」
そう言って、
「えっ? 分身の術……?」
「……こっからだ」
その二つに分かれた
分身の一人が、
場が静まり返る中、
* * *
その異様な光景に、三人の反応はまちまちだった。
「あ、あああああっ……!」
「どういうことだ……」
「
サクラは小さく呟き、どこか嬉しそうな微笑みを浮かべた。その視線には、再び姿を現した
「ふぅ……すっごい疲れるな、これ」
「
「
「ああ、仮説は……正しかったんじゃ」
「……お二人とも、どういうことですか?」
朱角が堅く口を開いた。目の前で起きた事象の意味を探ろうとしている。
「
「でな、霊界にいたときに、あの炎とよく似た波動を感じたのを思い出したんだよ」
「それでワシらは、その波動を探って、強制的に作り出す方法がないか考えた。そしてようやく、多少だが使えるようになったんじゃ」
「……ただな、色んな氣の波動を混ぜて調整して、ようやく“紅蓮の炎”ってのを作り出せたんだが──
「それで今度は、分身の術を使ってな……その分身に“もう一つの自我”を定着できるか、仮説を立てて実験してみたのじゃ」
「で? それは分かったんですが、結局“仮説”とか“事象”がどうとか……」
「あっ……分かった、そういうことか」
「えっ、兄貴、分かったのか?」
「ああ。
「……分からん……」
「私も分かんないわよ、そんなん」
サクラも難しい話にはついていけず、肩をすくめた。
「だから──
「……えっ?
サクラが思わず聞き返す。驚きと、少しの不安が混ざった声だった。
「まあ、簡単に言えば……そういうことだ」
「
「まあ……これでも科学者ですので」
「そうじゃったな。霊界から見ておったぞ」
「えっ、霊界から見られるんですか!?」
驚きと警戒が同時に走った。
「うむ。
豊雲が穏やかに語る。
「ああ、“
「そうじゃな……ワシも、最初はビックリしたわい」
* * *
「
低く、落ち着いた声。だがその声の奥には、何かを確かめるような響きがあった。
「はい」
だがその胸の内では、先ほど目にした“紅蓮の炎”の意味を
「お前なら……理屈は大体、分かるだろう?」
目の前の少年がどこまで気づいているのか、
この力を継ぐ者として、どこまで“届いている”のかを。
「はい。……なんとなく、ですけど」
──
それはまだ輪郭がぼんやりとした霧のようだったが、確かに感じ取っていた。
「それでいい」
残された
胸の奥で、何かが静かに燃え始めている──そんな感覚があった。
* * *
「さて、三人共──二対三になったところで、続きをやろうか」
先ほどまでの感情を切り替えたのか、その表情には静かな闘志が宿っていた。だがその眼差しはどこか柔らかく、弟子たちの成長を楽しみにしているようでもある。
「おう」
鋭く短い返事の裏には、強者として挑まれる立場に対する覚悟と、
「分かりました」
内心では、紅蓮の炎と分身の術を見た興奮がまだ冷めていなかった。だがそれを抑え、戦いに集中しようとしていた。
「……ほんとにやるのですか、
サクラが不安げに声を漏らした。
その目は
「俺は、
その目には決意が宿っていた。紅蓮の炎を再現した師──その存在を真正面から受け止め、超えていきたいという想いがあった。
「分かった。サクラさん、俺と一緒に
サクラが迷っていることに気づき、あえて冷静な口調で誘導した。
「……うん……」
サクラは小さく返事をしたものの、まだ完全には納得していないようだった。
だがその中にも、一緒に戦う仲間への信頼と、自分にできることを果たそうという気持ちが少しずつ芽生えていた。
そして──
空気が静かに張り詰めていく中、三人はそれぞれの立ち位置をとり、再び戦いが始まった。
* * *
先ほどまでの手合わせとは空気が違った。
技と技が真正面からぶつかり合い、静かな駆け引きの応酬は次第に激しさを増していく。
「どうした、
だが、
二人の拳と足が絶え間なく交差する。
打つ、躱す、蹴る、捌く──まるで舞のように、だが確かに
(この人は……戦いの中で“言葉”を教えてくる)
「こっちもやるぞ」
「……分かったわ」
サクラは唇をかすかに噛みしめながら頷いた。
目の前にいるのは、かつて心から愛した人──
その姿に拳を向けることを、彼女の心はまだ許してはいなかった。
だが、
「……よいよい。お主の拳は、お主の心で決めるがよい」
そう言ったような微笑を浮かべると、
先ほどのように術は使わない。
拳と蹴りだけで
「
「うむ、それでこそじゃ」
拳と拳、足と足──
祖父と孫が交わす肉体の対話。サクラは一歩後ろでその光景を見つめながら、心の中に小さな迷いを抱え続けていた。
──そして、戦いが始まって十分が経過した。
互いの背中に寄せ合うように、その場でわずかに呼吸を整える。
全員が全身に傷を負っていた。
拳は裂け、頬に血が滲み、足は腫れ上がって動きが鈍っている。
呼吸は荒く、しかし誰一人として退こうとしなかった。
「……はぁ、はぁ……さて、
その口調には、歳月の重みを抱えた穏やかさと、ほんの少しの名残惜しさが混ざっていた。
「ふぅ……最後の悪あがきといこうか。大技で締めますか?」
戦いを通じて交わしたもの──その意味を、彼はきちんと受け止めていた。
「そうですな。もう限界じゃし……あの技、行ってみようかの」
「……ああ、
「おうとも、
背中合わせのまま、言葉を交わすでもなく、二人の氣がゆっくりと重なっていく。
そこには長年共に歩んだ者同士にしか分からない、静かな呼吸があった。
──そして。
(
“この世界の
師たちは今、それを拳で示そうとしていた。
* * *
――俺たちは、
気がつけば、そこはもう生者の世界ではなかった。
(……ここは? どこだ?)
(オレは……死んだんだな。ここが霊界ってやつか? ……うーん、でも妙に見覚えがある気がするな)
そう考えながら
(地獄って、どう行けばいいんだ? 誰か案内してくれるのか……)
一方その頃、
頭を抑えながらゆっくりと起き上がり、目の前に広がる風景を見つめた。
(……ここは……『
混乱しながらも、どこか懐かしさを感じる。ふと目をやると、そこには
「おい、
声をかけても、彼の耳には届かない。まるで自分の存在がこの世界に無いかのように──
(……聞こえない? もしかして……ここは……)
(これは“
その頃、
(……なんだよ、みんな無視かよ……。ああ、なるほど。そういうことか)
だが、
(でも……なぜ、俺はここに? なぜ“死んだまま”こうしている……?)
まるで示し合わせたように、
(……アイツの仕業か? くそ……死んでもなお俺たちを縛るつもりか。とにかく、
(あいつが自我を引き止めたのか……。死んでまで、まだ抗わねばならないとは……
そして二人は導かれるように、『
「
「……あっ!
互いの姿を見つけた瞬間、重く張り詰めていた心がふっと緩む。
この再会が、なぜか懐かしくも心強かった。
「元気か?」
「まあ……一応、元気だよ」
「……なんだ、この会話」
「ふっ、そうだね。妙に普通すぎるよね」
笑いながらも、二人の心には確信があった。
「それよりさ、ここって……やっぱ“今際”ってやつだよな?」
「ああ。おそらく、
「なるほどな……この狭間から抜け出す方法があるはずだ。探そうぜ」
「でも……
「ああ、そういや聞いたことあるな」
「……見に行かない? 未来を」
「未来を……か。……ああ、いいぜ。見に行こう」
「そうだね。どうせ暇だし」
「いやいや、暇じゃねえから!」
「えっ?」
「……ごめんごめん。昔から仲間に言われててさ、つい」
「……そうなんだ。じゃあ行こう、
そして二人は、“今際”の地で無数の可能性に満ちた未来を見渡した。
幾通りもの結末。その中には、笑顔に満ちた未来も、血に染まった最悪の未来も存在していた。
「ねぇ
「ああ……そうかもな。正直、あの子には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……でも、あの未来だけはマズい。地獄だ」
「本当に……来てほしくない未来だね」
「でもさ、避けられない道でもあるんだろ? 一度は通らなきゃならねぇって、分かってる」
「……あの未来の『
「そうか……一度途切れた事柄は、この“
「……
「未来が途切れた瞬間、そこに意味は残らず、ただ空白として流れていく……まるで何もなかったかのように。それを思うと、ちょっと悲しくなるんだよね」
「そうか……でもさ、そういう“途切れた未来”で死んだ自我って、どこに行くんだろうな」
「分からない……少なくとも、この“
「ま、考えてもしょうがねぇことか」
「……そうだね。僕らは、時が来るまでここで見守ろう。あの子たちの未来を、できる限り……良い方へ導けるように」
──こうして、俺たちは霊界で待つことを選んだ。
そしてついに、
俺たちもまた、再び姿を現すこととなった。
未来を変えるために──今度こそ、選ぶべき結末へと向かうために。
* * *
「では──一緒に参りましょう」
「おう」
次の瞬間、二人は静かに上空へと舞い上がる。
空気が震え、空間がきしむような気配の中、
それはもはや人の形ではなかった──
背丈は五メートル近く、顔は龍を思わせる威容。
その身体は鱗のような文様に覆われ、五色の艶やかな着物を纏い、頭には堂々たる鹿の角が二本、天に向かって伸びていた。
手に握られた大剣は人の身であれば到底扱えぬ巨大さであり、ただそこに立つだけで圧倒的な存在感を放っていた。
突如として、周囲の空が黒く染まり、漆黒の雲が空を覆った。
すると、男の角に向かって天から幾筋もの雷が奔流のように落ち、その雷光は紅蓮の炎を纏った大剣へと吸い込まれていった。
「──
雷が迸るその刹那、男は大剣を両手で構え、地へ向けて一閃。
雷と炎が混じり合った刃の奔流が、
「だめだ……避けられない」
「ぐっ……!」
「死ぬ……っ!」
圧倒的な衝撃と斬撃によって、三人の身体は弾き飛ばされた。
地面に叩きつけられた瞬間、全身を雷光が貫き、そのまま空中へ跳ね上がる。
そして、逆さまの姿勢で頭から地へと叩き落とされ、動かなくなった。
「ふぅ……」
男は静かに地上に降り立ち、そこに立ち尽くした。
一瞬の間を置いて、その巨大な身体はゆっくりと崩れ、二つに分かれる。
「やったね、
「……ああ、
二人は激闘を終え、静かに息を整えていた。
しかしその眼差しには、ただの勝利ではない、ある種の覚悟が宿っていた。
「ごめんなさいな、
「……
そして──
「
突然、
「は、はいぃぃっ!」
驚いた
「今の、見たな?」
「……見ました」
「後は頼むぞ」
「よろしくな、
そう言って、二人の身体がゆっくりと淡く光り始め、輪郭が滲み出す。
「
「
「おい、救護班、早くっ!」
「
「お
「いいか
「……御意、
「……まあ、いいじゃねぇか。かっこよかっただろ?」
「良くないです……! こんな、私なんかのために……っ!」
「なあ、
「……俺たちにはできなかったが、お前にはできるはずだ。真紅の炎と、“麒麟”を出せ」
「……はい……はい……っ!」
「では……」
「じゃあな。……楽しかったぜ」
──次の瞬間、二人の身体は
彼らの存在は、静かに、しかし確かにこの世界に痕跡を残しながら──
そして、
* * *
「──これは、引き分けでござるな。まあ……良しといたしましょう」
戦いを見届けた
その言葉を聞きながら、
「おい、
低く押し殺した声で呼びかける。
「うむ? そなたは……?」
「
「ふむ、
「お前は──『扇風機妖魔』なのか?」
「……さようでござるな」
「正確には、
「……そうか。丁寧な説明、感謝する」
だが、次の言葉には、押し殺した怒りが宿っていた。
「──なぜ……なぜ、娘を殺した?」
「娘……? ふむ、さて……」
「
「ああ、あの娘御でござるか」
「そうだ……俺の娘を……なぜ殺した……!」
「……うむ。無念ながら、拙者自ら手を下した覚えはござらんが……記憶をたどれば、あの御方のご命令により、殺害したようでござるな」
「……そうか。まあ、いい」
その声は怒りを呑み込み、何かを決意した者のものだった。
「次は──俺が相手だ」
それを聞いた
「
「拙者は構わぬ。いかようにも、お相手いたそう」
「まずは、
「……ああ」
「ダメです、
「
「
「……でも、大丈夫です」
「わたし、変身できるんです」
「変身……って?」
「
「ダメです、イチ」
「イチ一人じゃ……勝てないです」
「でも……」
「さっき……お爺ちゃんたちに頼まれたです。“トカ婆をお願い”って──
「それは、そうだけど……」
「だから、ここは二人で行くです」
「……分かった」
「とにかく、
「ダメだ、
「……すみません」
「……っ……!」
「
「ああ……分かったよ。
やがて皆は、静かに戦場から距離を取る。
そして残されたのは──
そして、彼に立ち向かう双子の兄妹──
その姿は、今やもうただの少年少女ではなかった。
祖父・
そして、幼馴染・
『扇風機妖魔』、改め──
(わたし、本当にできるのかな……?)
けれども、その手を取った兄・
(大丈夫。イチとなら──きっと、やれるです・・・だが、どさくさに紛れて手を握りやがったなぁぁ、後で絶対殺す!)
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