第22話 妖魔 VS アドルフ

『 GA歴八十七年 七月十三日 午前六時 』


『アドルフ指令室』では、『虚空カメラ』の映像確認で徹夜での作業が続いていた。


「おおお! 見つけました、総司令そうしれい!!」


突如として古山こやまが歓喜の声を上げた。その瞬間、自席で仮眠を取っていた天草あまくさがびくりと身を起こした。


「……あ、朝ごはん……ですか……?」


まだ夢の中にいるような口調で、眠たげな目をこすりながら周囲を見渡す天草。


天草あまくさぁっ! 寝ぼけてんじゃねぇ!!」


容赦ない一喝が飛ぶ。古山こやまの怒声にびくりと肩を震わせ、天草あまくさはようやく現実に引き戻された。


「す、すいませんっ!」


ぺこりと頭を下げた天草は、慌てて古山こやまの参謀席に駆け寄る。


総司令そうしれい、こちらをご覧ください」


呼ばれた大石おおいしが、興味深そうにモニターの前へと歩み寄る。


「どれどれ……」


古山こやまが指し示した映像は、三か月前のものだった。場所は工業地区の入口付近。『虚空カメラ』の映像に、はっきりと真木まきの姿が映し出されている。


「三か月前の記録か?」


「ああ、はい。実は二か月前から、真木まきは工業地区周辺の『虚空カメラ』に一切映らなくなっています」


古山こやまの言葉に、大石おおいしの眉がわずかに動いた。


「……つまり、二か月前に何かあった。妖魔の力を得たのもその頃というわけか」


「おそらくは」


古山こやまは画面を切り替えた。別のカメラ映像が表示される。そこには工業地区を東に進む真木まきの姿。そしてさらに切り替わった映像には、元『真木工業まきこうぎょう』の廃工場へ入っていく様子が映っていた。


「なるほどな。『真木工業まきこうぎょう』の隣の工場は今も稼働してるから、『虚空カメラ』が起動していたってわけか」


「ええ、その通りです」


「……ん?」


また別の日の映像が流れると大石おおいしが何かに気付いたように、画面をじっと見つめた。


「この時間、昼前くらいか?」


「はい、十時半頃の記録です」


「なら……なぜ正門が閉まっている?」


その疑問に、古山こやまがすかさず説明を加える。


「調べたところ、この日は工業地区全体の休業日でした。防犯上、外部設置の『虚空カメラ』のみ稼働していて、内部のカメラはメンテナンスのため全て停止していたようです」


大石おおいしが考え込むように唸ると、古山こやまが重ねる。


「さらに、こちらをご覧ください。真木まきが工業地区正門の通用扉を開け、西側へ向かっている姿も映っています」


(……ふむ、だとすれば。この日を狙って……真木まきは何をしに来た?)


「ヤマさん、西側と言ったな?」


「はい、間違いありません」


「その西側に……廃工場はあるのか?」


「はい。二つ、存在しています」


「……そうか。もしかして、その二つの廃工場と周辺の下見だったのか?」


推測を口にした大石おおいしに、天草あまくさが食い気味に返す。


総司令そうしれい、それですよ! きっと下見ですよ!」


声を弾ませる天草あまくさの顔には、眠気の残滓ざんしも感じられなかった。


「ならば、三枝沙織さえぐささおりが監禁されている可能性があるとすれば……その二つの廃工場のいずれかか」


「良くやったぞ、ヤマさん!」


「ありがとうございます」


冷静に礼を述べる古山こやまの横で、天草あまくさはやや不貞腐れたように口を尖らせた。


「……さすが、見つけのヤマさんですね」


その声に含まれたわずかな悔しさを察したのか、大石おおいしが笑いを堪えながら言った。


「シャキッとしろ、天草あまくさ。そもそもお前、寝てただろ」


「うっ……すいません……」


肩を落とす天草あまくさ


「それに、これはまだ推測に過ぎん。確証は何もない」


大石おおいしは真剣な眼差しで釘を刺した。


「はい。……重ね重ね、すいません……」


ぽつりと漏らしたその言葉に、部屋の空気が少しだけ和らいだ。


『 GA歴八十七年 七月十三日 午前七時三十分 』


『アドルフ指令室』。

まだ朝の空気が静かに漂う中、室内には重々しい緊張感が張り詰めていた。全メンバーがすでに招集され、持ち場を離れて整列している。


「では始める。敬礼!」


古山こやまの鋭い号令が響き渡った。

全員が一斉に背筋を伸ばし、視線を前方――総司令席に座る大石淳二おおいしじゅんじへと向けて、力強く敬礼を交わす。

この場にいる誰もが、これから語られる言葉の重さを察していた。


「休め。……総司令そうしれい、お願いします」


古山こやまが一礼すると、大石おおいしは静かに立ち上がった。

その姿には、普段の穏やかさとは別の、決意の色がにじんでいた。


「アドルフの諸君――」


低く、よく通る声が室内に響く。


「すでに、先に共有した事跡情報には目を通してくれていると思う。興梠こうろぎ真木まきには、それぞれに事情がある。それは確かだ。そして、佐久間さくま三枝さえぐさにも問題があったことは否定しない」


メンバーたちは黙って頷きながら耳を傾けていた。大石おおいしの言葉がまっすぐに胸を突いてくる。


「だが――」


ここで一拍置き、大石おおいしは言葉に力を込めた。


三枝沙織さえぐささおりという、何の関係もない少女を誘拐したこと。これは断じて、絶対に許すことはできない」


重く、鋭い言葉が空気を切り裂いた。

ツバキは奥歯を噛みしめ、伊波いなみは拳を静かに握る。大坂おおさかは目を伏せ、だがその瞳には怒りが宿っていた。


「そしてこの事件は、我々アドルフの使命――すなわち妖魔討伐とも深く関係している」


大石おおいしの目が全員を見渡すように動く。

その視線は誰一人として逃さなかった。まるで覚悟を測っているかのように。


「私はここに宣言する。三枝沙織さえぐささおりを必ず救出し、興梠こうろぎ真木まきを討つ。それが『アドルフ』としての正義であり、人としての誇りだ」


言い終えると、大石おおいしはゆっくりと息を吐き、一瞬の静寂を置いて続けた。


「――この方針に賛同できない者。あるいは、興梠こうろぎ真木まきに何らかの情があって、彼らに手を貸したいと考える者がいるなら、今この場でここを去ってくれ。私はそれを引き留めはしない」


室内が凍り付いたような沈黙に包まれた。


誰も動かない。誰一人として。


その静けさが、むしろ全員の決意を示していた。


「……かつて、力ある者が弱き者から奪い、支配していた時代があった。奪う者がいれば、護ろうとする者もいた。正義が乱立し、秩序が崩れた混沌の時代だ」


大石おおいしの声は重く、『アドルフ指令室』に響く。その語り口に、静かに身を引き締めるような空気が生まれる。


「その時代、人々は自らの信じる正義に従い、己の行動を決めていた。そして、行動したからには、全力で戦い、それを勝ち取る。――その価値観は今も、『ガイア』に息づいている」


天草あまくさが小さく頷いた。まるで、それが自分たちに課された宿命だと言われているかのように。


「ガイア国民は、自身の正義に従いどう動くかを決める。『GFBI』でも、こうした確認は必ず行われる。そして……仮にここで立ち去ったとしても、あるいは犯人に加担したとしても、それ自体が直ちに罪となることはない」


ざわりとわずかな動揺が走ったが、誰も口を開こうとはしなかった。


「だが、人を殺めた場合は――例外なく『事跡裁判』にかけられる。これは、正義の行使がどのような結果をもたらしたか、その是非を被害者の近親者が問う場だ。そして我々『アドルフ』も、『GFBI』と同じく、この原則に従っている」


大石おおいしの言葉は、言い訳でも脅しでもなかった。ただ、淡々と現実を語っていた。


そして――


誰一人、この場を去る者はいなかった。


全員が、ただ前を向いて立ち尽くしていた。揺らぎのない意思をその背中に宿して。


「……大石総司令おおいしそうしれい!」


静寂を破ったのは、伊波いなみだった。声にはわずかな迷いと、確かめずにはいられない責任感が混ざっている。


「どうした、伊波いなみ


興梠こうろぎ真木まきを“討つ”というのは……殺す、という意味でしょうか?」


室内の空気がぴんと張り詰めた。言葉にすることを避けたかった問い。しかし、彼はそれをあえて口にした。


大石おおいしは静かに伊波いなみを見た。鋭くも温かいまなざしだった。


「まず、興梠こうろぎについてだが……堅蔵けんぞうの推測では、やつが『F1妖魔』である可能性は低い。だから、できれば殺すことなく無力化し、拘束してほしいと思っている」


大坂おおさかがほっと胸をなでおろしたように見えた。彼女は伊波いなみ同様、人を殺すことの重さを常に心に刻んでいる。


「だが、真木まきは……おそらく『F1妖魔』である可能性が高い。そうなれば戦闘は避けられず、結果として殺してしまうこともあり得る。……私としては、真木まきも無力化・拘束したいと考えている。だが、それは難しいと見ている。これが、私の現時点での見解だ」


言葉の端々に、部下を戦場に送り出す者としての苦悩が滲んでいた。


伊波いなみは静かに頷いた。その目には、ためらいを超えた決意が浮かんでいる。


「ありがとうございます。大石総司令おおいしそうしれいのお考え、しかと承りました」


大石おおいしは短く目を閉じたあと、全体を見渡した。


「他に質問はあるか?」


だが、誰も言葉を発しなかった。

そのかわり、全員がまっすぐに、大石おおいしを見つめていた。


自分たちの立つ場所を、そして進むべき道を、はっきりと胸に刻みながら。


「……よし、異論はないようだな」


全員の沈黙と真っ直ぐな視線を確認した大石おおいしは、静かに頷くと、次の段階へと移った。


「では、これより捜査会議を始める」


その声に、場の空気が改めて引き締まる。

張り詰めた緊張の中で、大石おおいしは落ち着いた口調で続けた。


「まず初めに――GFBI捜査一課第十三係に所属していた島原誠警部しまばらまことけいぶ小杉光義警部補こすぎみつよしけいぶほだが、本人たちから『アドルフ』への加入志願があった。先ほど、上層部より承認が下りた。よって本日付けで、『アドルフ捜査隊』の正式な一員となる」


わずかにざわついた空気の中で、二人の男が一歩前へ進み出る。


島原誠しまばらまことです」


背筋を伸ばし、まっすぐ前を見据えながら島原しまばらが声を発した。

その表情には真摯な覚悟が滲んでいた。


「『アドルフ』の正義に、是非とも協力させていただきたく希望しました。伊波隊長いなみたいちょうをはじめ、『アドルフ』の皆さん……今後とも、どうぞよろしくお願いします」


誠実な口調が心を打ち、室内に自然と拍手が広がった。

伊波いなみは小さく頷きながら、その姿に頼もしさを感じていた。


続いて、一歩遅れて小杉こすぎが声を上げる。


小杉光義こすぎみつよしよ」


少し緊張した様子ながらも、どこか明るい人懐っこさを含んだ口ぶりだった。


「妖魔ってのはねぇ、正直アタシ、この前の喋るカラスが初めてだったのよォ。いまだに夢見てる気分なんだからぁ。だけどぉ、芹川せりかわさんや島原しまばらさんと一緒に、伊波隊長いなみたいちょうをバッチリ支えながら、『アドルフ』の正義に突っ走っていきたいのよォ〜♡」


その言葉に、再び指令室内から笑いと拍手が湧いた。

何人かは肩を揺らしながら笑みを浮かべ、小杉こすぎの人柄に早くも打ち解けた様子を見せていた。


「よぉっ、オスギ!」


陽気な声でからかったのは芹川せりかわだった。場の空気が一気に和らぐ。


「オスギじゃないわよ、もう……こ・す・ぎ・よ、うふっ」


小杉こすぎが軽くおどけて返すと、場の空気は和やかな笑いに包まれた。


「すいません、大石総司令おおいしそうしれい……」


島原しまばらが困ったように笑って頭を下げると、大石おおいしも苦笑を浮かべながら首を振った。


「ははっ、いいんだよ。しまさん、オスギ――いや、小杉こすぎ、これからよろしく頼むぞ」


「はっ!」


二人は揃って背筋を伸ばし、力強く返事をした。

その声には、確かな覚悟と新たな一歩を踏み出す自負がこもっていた。


伊波いなみは静かに二人を見つめながら、思った。

(いい補強になる。……きっと、大丈夫だ)


指令室には、確かな連携の兆しが芽吹き始めていた。


捜査会議が始まると、これまでの捜査状況の確認と、佐久間さくまが消息を絶った現場周辺の鑑識結果について、古山参謀こやまさんぼうが前に出て報告を始めた。


「今朝、新たに確認された『虚空カメラ』の映像だ」


古山こやまはメインモニターに映像を映し出し、指し示しながら淡々と語る。


「三か月前、工業地区が全体休業となった日の記録。『真木工業まきこうぎょう』とは反対側の――西側に向かう真木まきの姿が映っていた。この日は全体メンテナンスのため、工業地区内部の防犯システムがすべて停止していた」


指令室内の空気が次第に重くなる。


「……ここからは推測になるが、真木まきはその日、わざわざ全体休日を狙って動いた。つまり監禁場所の下見をしていた可能性が高い。西側には廃工場が二つ。私は、そのどちらかに三枝沙織さえぐささおり、そして佐久間良助さくまりょうすけが監禁されていると見ている」


簡潔な口調だが、その裏に込められた緊迫感は否応なく伝わってくる。


「なるほどな……廃工場内部とその周辺は、『虚空カメラ』が切られてるから確認できないってことか」


芹川せりかわが腕を組んで呟く。目は険しく、だが冷静に状況を飲み込んでいた。


「ええ。『真木工業まきこうぎょう』や『三枝コーポレーション』の関連施設はすでに捜索済みですが、何も発見できませんでした」


島原しまばらが静かに補足する。疲労の色は隠せないが、語調には焦りはなかった。


「そうよ。それなら、直接の関係がなくても、土地勘がある工業地区の廃工場に隠すのが妥当なのよね」


小杉こすぎが手元の情報に視線を落としながら、軽やかながらも鋭い声で言った。おねぇ口調ではあるが、その読みの確かさに場が頷く。


捜査員たちは次々に情報を重ね合い、推理と意見が飛び交い始めた。


だが――


「よし、みんな、聞けぇい!!」


古山こやまが一喝。瞬時に空気が引き締まった。


「まず、工業地区には『GFBI』の権限で避難勧告を出す。……伊波いなみ!」


「はっ!」


伊波いなみはすぐさま前へ出た。目に力がこもっている。


「今回の『事跡裁断』の結果、捜査続行を希望するGFBI隊員が十数名いる。そいつらを連れて現地へ向かえ。避難指示と工業地区の封鎖を頼む!」


「了解です!」


「次、ツバキ!」


「はっ!」


ツバキは古山こやまを見つめると、なぜかウィンクを返す。

その仕草に、古山こやまは一瞬たじろいだ。


「ゆっ……『遊撃隊』は先行して西側の廃工場を重点的に捜索!三枝沙織さえぐささおりの位置が判明し次第、『抗魔隊』と合流しろ。……た、ただし、ツバキ隊長には別の任務がある。『遊撃隊』への指示だけ、頼むぞ!」


「はっ!」


ツバキは笑みを浮かべながらも、返事はきっちり締めた。内心ではすでに現場の地図と隊員配置を思い描いていた。


「次、『抗魔隊』! 三雲隊長みくもたいちょう!」


「はっ!」


堅蔵けんぞうが短く返事をすると、古山こやまは指示を続けた。


「『抗魔隊』は突入の際、『GFBI』の『SAC――特殊突入部隊』と共に、前線に立ってもらう」


古山参謀こやまさんぼう、ひとつよろしいですか?」


「なんだ?」


堅蔵けんぞうが一歩前に出た。


「現時点では『SAC』への対妖魔装備の支給が間に合っておりません。よって、突入は『抗魔隊』のみでお願いしたく」


「……そうか」


古山は小さく頷いた。


「では『SAC』は最終防衛ラインに配置、突入は抗魔隊単独で行う!」


「はっ!」


遠く、メインモニター席の後ろで、大坂おおさかがキラキラした目で堅蔵けんぞうを見つめていた。


そして、古山こやまの視線が再びツバキへ向けられる。


「最後に……ツバキ!」


「はい」


なぜか真顔で応えるツバキ。その表情は完全に無表情である。


「……あのぉ? ツバキさん?」


「……」


無言でじっと見つめ返すその様子に、古山こやまの額にうっすら汗がにじむ。


「ま、まあ……ツバキは『遊撃隊』から離れ、一斗いっとくんとみことくんを引き連れて、『抗魔隊』の後方に配置してくれ」


「はーーい♡」


真顔から一転、爽やかな笑顔と高めの声で返事をしたツバキに、古山こやまは思わず目を逸らした。


「ふぅ……では――」


少し疲れた表情を浮かべながら、古山こやま総司令そうしれいへ視線を向けた。


大石総司令おおいしそうしれい、お願いします」


大石おおいしはゆっくりと席から立ち上がった。その動作一つで、全員が静まり返る。


「本日十七時。それが、我々に残されたタイムリミットだ」


その声は重く、だが強い意志に満ちていた。


「これは『アドルフ』としての、初の妖魔戦闘でもある。……もし乱戦となり、前線が押し込まれた場合、力を持たない者は――絶対に逃げろ」


一部の新任隊員が、緊張で喉を鳴らす。


「人の打撃も、剣の斬撃も、銃も、大砲も……妖魔には通じない。力を持つ者であっても、決して油断するな。一瞬の隙が、いのち取りだ」


その言葉の重みに、全員が息を呑んだ。


「……いいか、皆。死ぬな。――そして、沙織さおりちゃんだけは、絶対に救出するぞ!」


「はっ!!」


「おおおおぉぉぉ!!」


怒号のような雄叫びが、『アドルフ指令室』に響き渡った。


「では、行けぇい!!」


古山こやまの号令と共に――

アドルフのメンバーたちは、それぞれの持ち場へと駆け出していった。


その胸に宿すのは、ただ一つ。


自らが信じる“正義”と、“少女を救い出す”という誓いである。


* * *


『 GA歴八十七年 七月十三日 十二時 』


工業地区正面入口。

『アドルフ』の各部隊はすでに布陣を完了していた。


最前線には、『抗魔隊』と『遊撃隊』が並び立ち、廃工場突入に備えて静かに息を潜めている。さらにその後方――警戒区域のギリギリ外れには、GFBIの『SAC(特殊突入部隊)』が最終防衛ラインとして待機。

彼らの背後には、古山参謀こやまさんぼうの乗る指令車両をはじめ、『捜査隊』と『鑑識隊』が後方支援の準備を整えていた。


そのとき――


古山参謀こやまさんぼう!」


伊波隊長いなみたいちょうが駆け寄ってきた。額に浮かんだ汗は、任務を成し遂げた証のようだった。


「関係各所への通達および、工業地区へ繋がる全ルートの封鎖、各所出入口の閉鎖を完了しました。GFBIの隊員たちには、交通誘導と近隣住民への説明対応に回ってもらっています」


報告の声には誇りと責任がにじんでいた。


「よくやったぞ、伊波いなみ


古山こやまが短く頷くと、伊波いなみは胸を張って返事をした。


「はっ!」


その刹那――


「やぁまさん……♪」


囁くような声が古山こやまの耳元で響いた。


「うわっ……!」


驚きつつも、冷静に声の主を振り返る古山こやま。その背後には、ニヤリと笑うツバキの顔があった。


「ふぅ……やっぱりな」


呆れたような表情の中に、諦めにも似た感情が混ざる。


「なんですかぁ、“やっぱり”って?」

ツバキが首をかしげて聞いた。


「お前のこういう登場の仕方には……もう慣れてきたんだよ」


やれやれ、と古山こやまが苦笑交じりに言うと、


「うわぁーん、傷つくぅ〜……もう報告なんてしませんっ!」


ツバキはわざとらしくふくれっ面をして、くるりと背を向ける。けれど、その背中にはどこか茶目っ気が漂っていた。


「おいおい、それとこれとは話が違うだろうが……!」


「知りませんー!」


舌をぺろりと出してから、軽やかな足取りで大石総司令おおいしそうしれいのもとへと駆けていった。


総司令そうしれい!」


「おう、ツバキか。どうした?」


「ヤマさんが冷たいので、直接報告に来ました!」


そう言って、ツバキはぷりぷりと肩をすくめる。大石おおいしは小さく笑みを浮かべた。


「……そうか、仲良くやってくれよ」


「えへへ、それじゃあ報告します!」


ツバキは一転して真面目な表情になり、背筋を正した。


「『遊撃隊』で工業地区の西側を捜索したところ、最奥にある廃工場の窓ガラスが、内部が見えないほど曇っていました。念のため『熱感知センサー』で内部を確認したところ、三名分の熱源を検出しました」


「三名?」


大石おおいしの表情が一変する。


「はい。立って動いている熱源が二つ、もう一つは低い位置にあり動きもなく、体積も小さい。立っているのは真木まき興梠こうろぎ、そして動かない熱源が沙織さおりちゃんだと推定しています」


「……根拠は?」


「動いている二つの熱源は成人の体格、もう一つは明らかにそれより小さく、地面に近い位置で動かない……状況的に、沙織さおりちゃんの可能性が一番高いです」


理知的な分析に大石も頷く。


「『虚空カメラ』は?」


「全て故障か、破壊されていたようで起動できませんでした。なので『熱感知センサー』を使いました」


「なるほど……では、佐久間さくまは?」


「確認できませんでしたが……廃工場内の気温はこの時期にしては異様に低く、二十度前後。沙織さおりちゃんの傍に、異質な熱源がありました。人間よりも温度が低く、でも周囲よりはわずかに高い……仮に佐久間さくまが死亡していたとすれば、その体温に近い可能性があります」


「つまり、冷たくなった佐久間さくまの遺体、というわけか……」


大石おおいしは唇をかすかに噛みながら、静かに目を閉じた。


「……何にしても、突入すれば分かることだ。ヤマさん?」


促された古山こやまが、すぐに応じる。


「はい。予定通り、十五時突入でよろしいですか?」


「そうしてくれ。それまで待機だ」


「はっ!」


古山こやまが返答したその直後、ふとツバキの方に視線を向ける。


「あのぉ……ツバキさん?」


「ふんっ」


ツバキは横を向いたまま、拗ねた様子を崩さない。


「……一斗いっとくんとみことちゃんは?」


古山こやまが恐る恐る尋ねると、ツバキはわざとため息をついた。


「ふぅ……これから迎えに行きますっ!」


「そっ、そうか。よろしく頼むぞ……」


古山こやまが頭をかきながら言うと、ツバキはピンと指を立てて微笑んだ。


「言われなくても。昨晩のうちに、作戦のことは二人にしっかり伝えてますから!」


頼もしげな声に、古山こやまはようやく安堵の表情を見せた。


指令車の周囲には、徐々に戦闘前の緊張が漂い始めていた。

十五時――それが決戦の刻となる。


* * *


作戦前日の夕刻。

捜査会議を終えた真白ましろは、少し疲れの残る表情で『三雲邸みくもてい』に帰ってきた。


「たっだいまぁ〜」


玄関の戸を開けると、真白ましろの声が響いた。


「あっ、お帰りです! マシロ姉ちゃん!」


ぱたぱたと駆け寄ってきた命が、勢いよく真白ましろに抱きついた。

真白ましろは笑いながらその頭を軽く撫でる。


「へへ、ただいま、みこと。ちゃんと自主練してた?」


廊下を歩きながら訊ねると、みことは胸を張って答えた。


「はい、変身前でも魔法の制御、できてきたです」


「ほんと? それはすごいわねぇ!」


真白ましろが目を細めて褒めると、みことは嬉しそうに頬を赤らめた。


「まあ、ちょっとだけですけどね。お帰りなさい、真白ましろさん」


ひょっこりと居間から顔を覗かせたのは一斗いっとだった。

やや無防備な笑顔が、真白ましろには逆に新鮮に映った。


一斗いっとぉ、やっぱ口調が普通だと、いい男に見えてくるわねぇ」


からかい気味に言うと、一斗いっとは頬を赤らめ、そっぽを向く。


揶揄からかわないでくださいよ……」


それにすかさずみことが冷たい一言を差し込んだ。


「そうです? イチは口調が普通でも、良い男ではないです」


「ああああ……みことぉぉぉ……」


一斗いっとは居間の入り口で崩れ落ち、その場に膝をついた。


「二人とも、夕飯はもう済ませた?」


真白ましろが振り返って問いかけると、


「はいです」


みことは元気よく答え、一斗いっとはその場で這いながらぼそっと返す。


「……はい」


「じゃあ、そっち座って。明日の作戦の話、するから」


真白ましろは座卓を挟み、自分の正面を指し示した。


「はいでーす」


みことは素直にぺたりと座り、一斗いっともその横へ這って移動する。


しかし、座らずに何やら怪しい動きをしていた。


(はぁ……みことの、か・ほ・り……あぁ、最高……)


みことが座ったその足元に、ひたすら顔を近づける一斗いっと

そのとき――襖の隙間から、鋭い視線が放たれた。


殺気を察知した一斗いっとが慌てて立ち上がろうとして――


「ぐわっ!」


座卓に頭をぶつけ、派手な音とともに机が一瞬浮き上がった。


ゆっくりと襖が開き、そこから三雲堅蔵みくもけんぞうが現れた。


「……少し落ち着いたらどうだ、一斗いっと


落ち着いた口調だったが、眼光だけは冷たく光っていた。


「あっ、師匠ししょう……」


一斗いっとは痛む頭をさすりながら、そろそろと立ち上がる。


堅蔵様けんぞうさま、ちょうどよかった。これから明日の作戦の話をしようと思ってたところです」


真白ましろ堅蔵けんぞうに向かって一礼する。


「そうか……だが、一斗いっとは何か違うことをしていたように見えたがな」


「わ、わたくしは何もしておりません!」


一斗いっとが必死に弁明するも、堅蔵けんぞうの目は細く鋭くなるばかり。


「……そうか? ならいいがな」


居間の空気がわずかに引き締まる中、真白ましろは座布団の上で姿勢を正し、改めて場を整えた。


「じゃあ、明日の作戦を伝えるわね」


「はいです」


みことが真剣な表情で返事をする。


「よろしくお願いします」


一斗いっともすぐに姿勢を正した。


「まず、明日の午前中は学校でいつも通り勉強してください。昼はここで食べて、私が迎えに来るまで待機。その間に身支度も済ませておくこと」


「はいです!」


「御意」


みこと一斗いっとが息を揃える。


一斗いっとは、『甲賀猿飛流こうがさるとびりゅう』の戦闘着で。みことは動きやすい服装でいいわ」


「動きやすい格好です?」


みことが不思議そうに聞き返す。


「そう。どうせ変身するんだから、普段着でも問題ないわよ」


「でも、記録取られるです……」


みことがやや困ったような顔をする。


「ええ、バクマや他のポッドたちが全部録ってるわね」


真白ましろがさらりと返すと、


「じゃあ、動きやすくて可愛いお洋服、着ていくです!」


と、みことはぱっと笑顔になった。


「いいわね。じゃあ後で一緒に選びましょう。みことの部屋に行くわ」


(そっそうか、夏だからな……Tシャツにスパッツ……はぁはぁ。それとも体操着……? いや、短めのワンピにショートパンツ……あっ、あれは最高だ……)


一斗いっとの脳内はすでに暴走していた。


「……一斗いっとはダメだからね」


真白ましろが冷静に釘を刺す。


(ぎくっ)


心の中で大きく動揺する一斗いっと


「えっ? 真白ましろさん、わたくし何も発言してませんが……」


「顔がさ、気持ち悪いのよ。なんか想像してたでしょ」


「そっ、そんなことは……滅相もない!」


「そうなのか? 一斗いっと


なぜか堅蔵けんぞうが乗ってきた。


「しっ師匠ししょうまでっ!? してませんってば!」


「はいはい、もういいわ。続けるわね」


真白ましろは話を戻した。


「十三時から十四時の間に私が迎えに来ます。現場に着いたら、私の指示に従って動いて」


「はいです」


「了解です」


二人が素直に返事をすると、真白ましろは頷いて堅蔵けんぞうに目を向けた。


堅蔵様けんぞうさま、最後に一言お願いします」


堅蔵けんぞうは静かに口を開いた。


「明日は間違いなく、妖魔との戦闘になる。俺と淳二は最前線に立って、必ず食い止める。だから、お前たちは『F1妖魔』との戦いに備えておけ」


「はいです」


「御意」


二人の表情が、ぐっと引き締まる。


「もう一つ。……沙織さおりちゃんの救出が最優先だ。戦闘にならずに救えるなら、それが最善だ。俺たちが必ず守る。だから、お前たちは極力戦うな。危なくなったら、迷わず逃げろ。それが、生きる判断だ」


堅蔵けんぞうの言葉に、みことは真剣に頷き、一斗いっとも静かに拳を握りしめた。


「はいです」


「御意」


「そうそう、最後にひとつ。『F1妖魔』の人間体の写真と、共犯者のデータがアドルフの共有ストレージにあるから、必ず目を通しておいて」


真白ましろの言葉に、二人は再度、力強く頷いた。


「はいです」


「了解です」


作戦前夜。

三雲邸みくもてい』には、静かな緊張と、家族のような温もりが同居していた。


――少女を救うため。いのちを繋ぐため。


その一歩は、すでに始まっている。


* * *


『 GA歴八十七年 七月十三日 十四時三十分 』


静まり返った戦線の後方――

突如、指令車から警告音が鳴り響いた。

緊張が走り、空気が一気に張りつめる。


古山参謀こやまさんぼうは即座にブレスの通信を開いた。


「全隊員に告ぐ、妖魔の反応を確認! 戦闘に備えろ!」


慌てて構えを取る隊員たち。だが、誰もがその“気配”を正確には掴めていなかった。


「どこだ……」


「まさか、本当に出たのか……?」


「……バケモンなんて、やっぱ幻じゃ……」


騒然とした空気の中、突如として沈黙が訪れる。


そのときだった。


「『GFBI』の諸君……いや、『アドルフ』の諸君よ」


静かな、しかし異様に響く声が頭の内側から届いた。

誰かの発した言葉ではない。空間そのものが語りかけてくるような錯覚。


「どこだ……今の声……?」


「……あれを見ろ!」


誰かの叫びに引き寄せられ、前線の隊員たちが一斉に視線を向けた。

一本の外灯。その上に、あり得ない光景があった。


男が立っていた。


漆黒の着物に身を包み、腰には二本の刀。顔の輪郭は見えにくいが、動じる気配が一切ない。

まるで時代劇からそのまま抜け出したような、侍姿の男だった。


「……なんだ、あれ……?」


「侍……? あんなの資料映像でしか見たことねぇぞ……」


動揺のさなか、侍姿の男が再び語りかけてくる。

今度は明確な声、だがその響きは、隊員たちの心臓を冷たく掴んだ。


「鎮まりなされ」


低く通るその声音が、空気を揺らし、喉奥に圧をかけてくるような錯覚を与える。


「改めて、『GFBI』、ならびに『アドルフ』の御方々おんかたがた。ようこそお越しくだされた。……すでにお気づきかと存ずるが、この先の西方の廃工場にて、我らが同志が貴殿らをお待ち申しておる」


男の声には、どこか芝居がかった余裕があった。

だが、その態度が逆に不気味さを際立たせる。


「人質の救出――まこと御苦労なこと。……されど、黙って見送るのも、礼に欠けよう。ゆえに、この拙者めも、ほんの少しばかり手を貸そうかと、こうして参上仕った」


そのとき、古山こやまが前に出る。男に対し、真正面から問いを投げた。


「“手を貸す”とは……どういう意味だ?」


侍姿の男は口角をわずかに吊り上げ、刀に手をかける。


「……こういう意味にござるよ。――強風つよかぜざん!」


抜刀の動作と共に、空気が震えた。

何かが走った。目には見えないが、確かに“斬撃”が飛んでいた。


次の瞬間、最終防衛ラインに布陣していた『SAC』――その第一列が崩れた。

前方にいた隊員たちは、間を置くこともなく、ばたりと倒れ込んだ。


身体は斜めに裂かれ、胴と肩が同時に落ちた者もいれば、首の位置にあったはずの顔が地面に転がる者もいた。

誰一人、悲鳴を上げる暇すらなかった。

飛び散った血が、周囲にいた隊員たちの顔を濡らし、匂いでようやく“何が起こったか”が理解される。


「……逃げろぉぉぉ! 妖魔の攻撃だ!!」


古山こやまの怒声が響く。しかしすでに、最前列の隊形は壊滅していた。

生き残った者の中にも、冷静さを保てる者はほとんどいなかった。


「では、これにて――退散といたそう」


男がひらりと手を振る。宙に放たれた数十枚の札が空中で瞬時に展開し、小さな炸裂音を連続的に響かせた。

次の瞬間、煙の中から黒装束に顔を覆った異形たちが現れた。

――妖魔。三十体近く。

全てが人の形をしているが、その目の奥には、人ではない光が宿っている。


「待てぇッ!!」


伊波いなみが、男のもとへ駆けようとした。

だが、妖魔が一斉に前に出て進路を塞ぐ。


(今……あいつ、“強風つよかぜ”って言ったな……あれが妖魔の技名か?)


伊波いなみの脳裏に冷たい汗が流れる。拳を握る手に力を込めるも、一歩が踏み出せない。

殺気と冷気が、空間を圧倒していた。


そして、惨劇が始まった。


妖魔たちは、一糸乱れぬ動きで前線に突撃。

手ぶらで殴りかかる者。二メートルはあろうかという長斧を振るう者。鋭い槍で突き刺す者。

『アドルフ隊員』と『SAC隊員』たちは、応戦する間もなく次々に倒れていった。


銃声が鳴る。

弾丸が妖魔の身体を貫いた――はずだった。

だが、撃ち込まれた弾は皮膚の上で止まり、落ち、あるいは無傷で押し返されていく。


「なんで……効かねぇ……!」


叫ぶ者の声も虚しく、妖魔の打撃がその胸を陥没させ、体ごと地面に倒れ込んだ。

盾で防ごうとした者も、腕ごとへし折られた。金属音ではない。骨の折れる音とともに。


千切られた腕が空中を舞い、踏み潰された頭蓋が舗装の上に潰れていく。


防衛線は完全に崩壊していた。

隊員の悲鳴が断続的に響くが、それさえもやがて沈黙に飲まれていく。


地面に広がるのは赤黒い血。

倒れた仲間の亡骸は一部が欠損し、視線の先には見知った顔の無い胴体が転がっている。


混乱と恐怖――

戦場が、血の海と化した。


* * *


阿鼻叫喚の戦場。

最前線はすでに崩壊し、無数の仲間たちが命を落とした。拳銃も防具も通じない敵。

それでも、諦めずに抗っている者たちがいた。


『アドルフ捜査隊』――

伊波隊長いなみたいちょう芹川副隊長せりかわふくたいちょうが率いる、戦闘専門ではない現場隊員たち。

だが彼らは、堅蔵けんぞうの導きによって水面下で訓練を受けていた。

甲賀猿飛流こうがさるとびりゅう』の基礎訓練と氣の初歩的な扱い、それに妖魔との想定訓練の積み重ねが、今この瞬間、いのちをつないでいた。


妖魔の武器を拾い、敵の死角に滑り込み、わずかな隙を突いて反撃を加える。

ギリギリの綱渡りのような応戦――だが、それでも一矢報いることができていた。


その中で、もっとも過酷な状況に置かれていたのが伊波いなみ芹川せりかわだった。

瓦礫に囲まれた狭いスペースに、二人は背中合わせに立っていた。

周囲には五体の妖魔が取り囲んでいる。どれも装備は異なり、動きにも個性がある。

戦場で生き残るには、もはや感覚と本能がすべてだった。


伊波いなみの隊服は切り裂かれ、右腕には深い刺突痕。脚にも裂創が走り、血で靴が重く沈んでいる。

だがその目は、まだ諦めていなかった。


「……芹川せりかわ、何体やった?」


息を乱しながら、伊波いなみが問いかける。


「……一体です」


芹川せりかわもまた、顔面に傷を負い、視界の半分が血に滲んでいる。それでも口角をほんのわずかに上げた。


「そうか……俺は二体だ」


「こんな時にマウントっすか……隊長、らしいけど……」


芹川せりかわが小さく笑った。その一言が、張りつめた空気にわずかな緩みを与える。


「笑ってる場合か。……まだ、いけるか?」


「……ギリギリっす。でも、立てます」


「なら上等だ」


伊波いなみは歯を食いしばり、左手で握った妖魔の大太刀を構え直した。

右腕はもう使えない。片手では間に合わないが、それでもやるしかない。


芹川せりかわも、足を引きずりながら体を起こし、折れた槍を両手で握り直す。

視界の端では、仲間の身体が倒れ、血が地面を濡らしていく。だが、その光景に心を乱している暇はなかった。


「……行くぞッ!」


伊波いなみが一歩踏み込み、妖魔に突進する。重心を崩しながらも、体ごと叩きつけるように太刀を振るう。

妖魔は咄嗟に躱そうと動いたが、刃はその肩口を裂いた。骨までは届かずとも、肉は裂けた。


同時に芹川せりかわが、渾身の力で槍を投げ放つ。

狙いは正確。妖魔の胸部に突き刺さり、背中から穂先が突き抜けた。


妖魔が仰け反りながら倒れる。その隙に、伊波いなみがさらに踏み込み、追撃を加える。

刀が妖魔の首をなぞるように走り、斜めに裂けた。


だが――息をつく暇はなかった。

残りの三体が間合いを詰めてくる。


「……次、来るぞ」


伊波いなみが静かに言った。

芹川せりかわは返事をする余裕もない。ただ、槍を手繰り寄せようと歩を進める。


それでも――背中合わせの感覚で、お互いがまだ立っていることを感じていた。


「死ぬ気はないですよ、俺。ここで止めなきゃ……皆、やられちまう」


「……ああ、わかってる」


――捜査隊であっても、仲間を守るためには刃を取る。


その意志だけが、二人の身体を動かしていた。


* * *


西側廃工場へ向かうの最前線――

緊迫した空気の中、大石総司令おおいしそうしれいのブレスが震えるように警告を発した。


総司令そうしれい……妖魔が出現しました!」


古山参謀こやまさんぼうの声だった。いつになく焦燥が滲んでいる。


「侍姿の妖魔により、最終防衛ラインの『SAC』が全滅……現在、捜査隊が応戦中。確認できている数は三十体です」


情報の重さに、大石おおいしの表情が強張った。


「……大丈夫か、ヤマさん!」


思わず口走った声に、戸惑いと動揺が混ざる。

最前線にいる大石おおいしはすぐ近くで血の臭いを感じていた。それでも、なお焦るほど、今の報告は重すぎた。


「……伊波隊長いなみたいちょう率いる『捜査隊』がなんとか持ちこたえていますが……それ以外の隊は、まったく歯が立ちません……!」


古山こやまの声が詰まりかけていた。大石おおいしの拳が自然と握られる。


「わかった。『抗魔隊』と『遊撃隊』を救援に向かわせる!」


強く言い切ったその直後――


「お、お願いします……っ!」


通信の向こうから聞こえた声は、混線し、叫びと共に途切れた。

沈黙が残る。


「ヤマさーーん!!」


大石おおいしの怒鳴り声が響く。だが、通信はもう繋がっていなかった。


堅蔵けんぞうが一歩前に出ると、即座に命令を飛ばす。


「『抗魔隊』、『遊撃隊』は最終防衛ラインへ直ちに救援に向かえ!」


「はっ!」


各部隊の隊長たちが同時に返答し、部下たちを率いて動き出す。

地を蹴る足音と、引き抜かれる刃の金属音が現場に緊張を刻み込んだ。


その時、大石おおいし堅蔵けんぞうの前に立ち、片手で制止した。


「おい堅蔵けんぞう、一緒に行くなんて言うなよ」


その目には、怒りと不安、そして仲間を救いたいという強い衝動が揺れていた。


だが、堅蔵けんぞうはその言葉を聞く前に察していた。

仲間の死。仲間の悲鳴。そして、自分の無力感――


堅蔵けんぞうの足が自然と動き出しかける。


堅蔵けんぞう、堪えろ!」


大石おおいしが声を低くして言った。


「これは――妖魔の陽動だ。ツバキが一斗いっとみことを連れてくる。それまで、俺とお前はここで待機する。ツバキたちが合流したら、五人で一気に突入するんだ」


言い切る大石おおいしの顔には、指揮官としての覚悟が滲んでいた。

焦りを噛み殺し、今やるべきことに徹する。それが彼の戦いだった。


堅蔵けんぞうは唇を噛みしめ、目を伏せる。


「……そうだな……真美まみさん……」


だがその声には、明確な怒りと悔しさがあった。


「くそ……っ」


自分だけがまだ戦えていない。

堅蔵けんぞうは拳を強く握り直していた。







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