第9話 家族の話
『 GA歴八十七年 四月二日 十七時 』
『
「ただいまです……」
「みんな、おかえり。遅かったね……母さん、何かあったの?」
リビングから顔を出した
「ただいま、
「
「……そうだったんだ。でも、ご飯、ちゃんと用意しておいたから」
そう告げる彼の声は優しかったが、その目には弟と妹を思う兄としての切なさが浮かんでいた。
「
そのやりとりを横目に、
「おかえり、
「ああ……」
「二人には……
その言葉を聞いた瞬間、
「……そうか」
短く漏らしたその一言には、驚きとやるせなさ、そして何より怒りにも似た深い悲しみが込められていた。沈む夕日が差し込む玄関で、家族の空気は重く、静かに沈んでいた。
* * *
──今日の『
夕食前のリビング。重苦しい沈黙が、どこか所在なく家中を包んでいる。
そんな中、
「ねぇ、ヒサ兄……トカ婆は?」
うつむきがちに尋ねるその声には、疲労と混乱の色が濃く滲んでいた。今日一日で、あまりにも多くのことを受け止めようとしている――そんな小さな肩を見つめながら、
「ああ、婆さんはな。神事の準備で忙しいらしくてよ。今夜からしばらく、上で寝泊まりするんだと」
いつもの軽い調子を意識しながらも、その声には気遣いがにじんでいた。
「…… “上”とは、『
「そうですか……色々、お話ししたかったです……」
静かに漏らしたその言葉は、どこか寂しげで、胸の奥に残った思いを誰かに伝えたいという、少女らしい弱さが滲んでいた。
「話したいことがあるなら、明日にでも行って来いよ。すぐそこなんだからさ」
そう言って、ぽんと背中を軽く叩く。
「……そうです。ありがとう、ヒサ兄」
(やっべ、
咄嗟に
(……いつもならすぐに噛みついてくるのにな。今は……流石に無理か)
「さあ、みんな。僕が作った夕飯、食べてよ。美味しくできてると思うから」
リビングの静けさを破るように、
「おい、ミコ!今日の夕飯、兄貴の手作りだってよ!」
いきなり両肩をがっしりと掴み、大げさに
「……あ……え?」
ぼんやりしていた
「だーかーらー!ミコの
語尾を強調しながら顔をぐっと近づけて叫ぶ
「え?マジです?」
「マジだ」
「はぁぁぁぁ♡」
「……よし、戻ったな」
「
ふわりと宙に浮かびながら、バクマがどこか面白がるような調子で、しかし執事然とした丁寧な口ぶりで注意を促した。
その小さなヌイグルミ型のペッポッドは、
「おいおい、ミコ、大丈夫か?」
その手を止めることなく、彼の視線はふと
(……これでも、ダメか。さて、
──その夜の『
* * *
「ここで少々、『
突然、バクマが場にそぐわぬ解説を始めた。
「八人掛けの大きなテーブルでございます。
一息ついて、バクマは少しだけ砕けた調子で続けた。
「ちなみに、普段は
「ふーん。バクマくん、そんなことまでよく知ってるね」
「はい、それがですね……何故かそのあたりの座席データが保存されておりまして。しかも、なぜか話さなきゃいけないような気がしまして……はい」
バクマは首を傾げるような口調で答えた。
「そうなんだ。ねぇバクマくん、ほんとにAIなの?」
「AIですよ。……たぶん、ね」
* * *
そんなやり取りを横目に、
「おい、
応答はない。ソファに座ったままの
「
もう一度、少し強めに呼びかける。それでも、
「…………」
(……完全にシャットアウトか。婆さんがいてくれりゃなぁ……あいつ、婆さんには逆らえねぇからな。呼びに行ってくるか……?)
するとその時、ダイニングから柔らかい声が響いた。
「……ほら、
「……うっ」
わずかに
(お、反応した! さすが……
「
かすれたような声で、
「
「……
再び口にしたその呼び名は、どこか震えていて、言葉の奥には崩れそうな感情が潜んでいた。
「お願い。
言葉が詰まり、堪えきれなくなった涙が、
その姿を見た
そして、小さく、だがしっかりと頷いた。
「……
力を振り絞るように、彼はそう答えた。背筋はわずかに伸び、瞳には少しだけ、いつもの一斗が戻ってきていた。
「ありがとう、
「おい、
タイミングを見計らったように、
「ち、父上……“俺の女”とは、いささか……
「はは、冗談だ。さっさと席につけ。飯にするぞ」
笑いを交えてそう言いながら、
「
からかうように言う
「てへっ」
「……えっ、母上ぇぇぇ……」
呆然とする
ようやく、
まだ癒えぬ傷があっても、こうして皆で食卓を囲めることが、何よりの救いだった。
* * *
「よし、みんな揃ったな……それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いただきますです!」
「
「いっただきやーーす!」
いつも通り──とは、さすがにいかない。けれど、こうして笑顔が交わされ、あたたかな言葉が飛び交う食卓には、確かなぬくもりと絆が静かに戻りつつあった。
やがて、夕食が始まっておよそ一時間が経った頃。
落ち着き始めた空気を見計らうように、
「……みんな、少し話を聞いてくれ」
その低く落ち着いた声に、一同は思わず箸を置き、空気がピリッと引き締まる。家族全員の視線が、自然と
「今日起きたことは、もう誰もが知っているな?」
頷く家族たち。その表情には、それぞれが抱えている不安と痛み、そして覚悟が滲んでいた。
「じゃあ、改めて整理しておこう」
「まず、
一同は黙って聞き入っている。
「次に、
空気がさらに重くなった。家族の誰もが息を詰め、真実の重みに言葉を失っていた。
「そして最後に……この“殺害の手口”は、3年前に起きたお
「はい」
それぞれが静かに、しかし確かな意志を持って頷いた。
「それから――『GFBI』に新しい部隊が結成されたそうだ。名前は『対妖魔部隊アドルフ』。
「
「ああ、そうだ。妖魔戦闘のプロという評価と、
「
「それについて、今から話すところだ」
「……御意」
「現在、『妖魔』に対抗できる戦力は限られている。実質、『
家族たちは言葉を挟まず、
「それと――
「はい」
「そのため、お前には“
「恐悦至極にございます、
だが、次の瞬間、
「おいおい、
感情が抑えきれずに立ち上がる。
「
その声には怒りと同時に、弟を想う兄としての焦りと不安がにじんでいた。
「分かってる。だがな、
「それに、
「……そうかよ……でもさ……」
「それと――俺と
その言葉に、
「……分かったよ。
「ありがとうな、
「ば、ばっかやろう! わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!」
耳まで真っ赤にして怒鳴る
そしてその想いは、きっと誰よりも、
* * *
「さて……ここからが本題だ」
「
その言葉に、すかさず反応したのは
「
もはや全身から気味の悪い熱気を放ちながら、妄想に浸っているようだった。
「……はぁ……」
「違う。
あくまで冷静に、淡々と諭すように伝える
すると今度は
「
明確な拒否の言葉に、場の空気が一瞬凍りつく。
「どうしてパパは、わたしと
その目にはうっすらと涙が浮かび、口調には拗ねたような幼さと、切実な想いが混じっていた。
「ミコちゃん、家にいると危ないから、
「……ホントに、少しだけですか?」
問い詰めるような目に負けそうになりながら、
その視線を受け取った
「
「はいですっ!」
反応は早かった。
「お兄ちゃん、
「はいです! 絶対に、来てくださいです! 絶対……絶対です……はぁはぁ」
必死な眼差しで懇願する
「分かってるよ。お兄ちゃんだって、
そう言って
「うっ……うれしい……で……す……」
その瞬間、
「……あーあ、
「えっ? そうなのか?」
「そうだよ。まったく、
呆れながらも、どこか微笑ましそうに言う
「すっ……すまん……」
その横で、
──『
そして、それこそがこの家にとって、何よりの”日常”であり”強さ”でもあった。
* * *
「父さん。僕と
「家族の一大事なのに、何もできないっていうのは……ちょっと、歯がゆいよ」
その言葉には、科学者としての自負と、兄としての責任感がにじんでいた。
「……それなんだがな。お前たちに、ちょっと頼みたいことがある」
「なんですか?」
その視線に応えるように、
「バクマ、少し来てくれ」
呼び声に応じ、どこからともなく“ふっ”と空間に揺らぎが走った。
ふわり、ヌイグルミ型のペッポッド――バクマが音もなく宙に現れ、テーブルの端へと静かに浮かび上がった。
「お呼びでございますか、
バクマは小さく一礼しながら、丁寧な口調で応じる。宙に漂うその姿は、機械であるはずなのに、どこか威厳すら感じさせた。
「……ねぇ、バクマ。君はいったい何者なんだ?」
「どういう意味でございましょう?」
バクマは滑らかに姿勢を変えながら、変わらぬ執事口調で問い返す。
「確かに、私と
一瞬の間を置いて、バクマが静かに答える。
「申し訳ございません。その問いへのお答えは、現在ロックが掛かっております。特定の条件が満たされ次第、情報が段階的に解除される設計でございます」
その返答に、
「……そうか。じゃあ、今はその時を待つしかないんだな」
「はい、
ふわりと浮かぶ姿勢のまま、バクマは宙を滑るように移動して一礼する。
「だそうだ」
「
父のその言葉に、二人は迷うことなくうなずいた。
「……分かりました」
「ああ、任せろよ」
「……俺の勘だがな、これはきっと、永い戦いになる。そしてその中心には……
その言葉は、予感に過ぎなかったかもしれない。しかし父として、
「……父さん」
「
テーブルに座る三人の間に、重く、だが確かな“覚悟”の気配が満ちていた。
* * *
和室で休んでいた
その様子を見た
そんな中、
「えー……最後にひとつ、報告がある。まあ、良い知らせだ……」
普段の厳格な態度とは打って変わった、妙に照れくさそうな口調に、子どもたちは一斉に首をかしげる。
「なんですか? パパ?」
「えっと……その……」
「パパ! 聞こえないです! もっと大きな声でお願いします!」
「だ、だから……」
その様子に、
「もぅ、仕方ないわね。私が言うわ」
母としての余裕と、少しだけ照れくささを滲ませながら、やさしく続ける。
「えーっと、赤ちゃんができました。妊娠三か月です」
その一言が告げられた瞬間、リビングの空気が一気に弾けた。
「ええええええーーーーーーっ!?」
子どもたちの驚きの声が揃い、室内に歓声のようなざわめきが広がる。
「やってることやってんなぁ、おやじ〜」
その悪ノリに、
「おいっ、
「なんてはしたないことを言うんだ。まったく……」
そう言いながらも、
「弟ですか!? 妹ですか!? はぁぁぁぁ、妹が良いですぅぅぅ! でも、妹だとイチに狙われる可能性があるです!」
「心外にござるっ!
鼻息荒く主張した瞬間、
「イチ、気色悪いです」
その一言に、
「まだ性別は分からないわよ。もう少しすれば分かると思うけど」
「おめでとう、父さん。母さん」
「おめでとう、
「
「おめでとうです、パパ、ママ!」
ふわり、と空間の端から軽やかに滑るように、バクマが静かに宙を移動してきた。ぬいぐるみのような姿のまま、やや低めの位置に浮かび、丁寧に一礼する。
「おめでとうございます、
執事のように控えめな語り口の奥に、どこか温かな感情が感じられた。
「ありがとう。みんなのおかげで、心強いわ。無事に産んでみせるからね」
「よし、それじゃあ……いつもので締めるぞっ!」
「
「無理を通し!」
「道理を越え!」
「俺たちは
最後は
リビングには、しばらく笑い声が響いていた。
温かくにぎやかな夜――それは、確かに“家族”という名の光が、そこに灯っている証だった。
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