第7話 捥がれた心
『 GA歴八十七年 四月二日 十二時三十分 』
「さあ、皆さん、どうぞ応接室へお入りください」
そう言って出迎えたのは、
「まずはお昼にしましょう。お弁当を用意していますので、どうぞ召し上がってください」
そう続ける
「はーい、
明るく響いた声とともに、どこからともなくツバキがひょっこり現れた。その瞬間――
「うわっ!」
「おい、
半ば本気で怒りながらも、どこか情けなさがにじむ
「
そう言いながら、人差し指で
「さっすが!
肩をすくめて、あっけらかんと笑うツバキ。その様子に
「いや、無理だろ……」
彼なりに真面目に返したつもりだが、それはほとんど諦めの表情だった。
「愛が足りないですねぇ」
ツバキがすかさず追撃するように呟いた。
「愛って……何を言ってるんだ……」
そんな二人のやり取りを、
「まあ、気配は感じなかったけど、
冷静に、しかし少しだけ得意げにそう言ったのは
「あれ? 漏れてたぁ……そっかぁ、
ツバキは頭をかきながら、少し照れくさそうに笑う。完璧でいたい気持ちと、
――さて、読者の皆さん……お気づきだろうか?
あの
* * *
その日も、彼は『
「ねぇ、
不意にツバキが声をかけてきた。軽やかながらも、どこか引っかかるものを感じる口調だった。
「なんでございましょう、ツバキ様」
「最近……話し方、変じゃない?」
ツバキの問いに、
「左様でござるか?」
「“ござる”って……何かあったの?」
ツバキは苦笑いを浮かべた。目の前の少年が突然時代錯誤な口調になった理由を察しながらも、やはり気になってしまった。
「実は先日、西暦の遺物にて“時代劇”なる映像作品を拝見いたしましてな」
「それで影響されちゃったの?」
ツバキは呆れながらも、どこか微笑ましさを感じていた。
「うむ、それも無きにしもあらずなのですが……」
「……何?」
「拙者、近頃ずっと
そう言った
「はぁ? なんで
ツバキは呆然とし、思わず半歩引く。突然すぎる話の飛躍に思考が追いつかない。
「いや、その……
そう叫んだ
「愛してるって……キモっ! あんたも
ツバキは笑い飛ばすでもなく、本気で引いていた。明らかに限界を超えた小学生男子の暴走に、ただただ戸惑っていた。
「で、では……ふぅ、ふぅ……ツバキ様は、恋や愛を理解しておると申されるのですか?」
「さすがにね、私も
ツバキは苦笑しながらも少し胸を張って言った。年齢をネタにできる程度には、この騒がしい会話を楽しんでいる節もある。
「えぇぇぇ! それは驚きでござるな! 二十歳くらいかと拝察しておりましたぞ……!」
* * *
「もう六歳だから、学校でちょっとは習ったかな?
ツバキは、
「『
「
ツバキはさらりと言ったが、それがどれだけ特殊で、どれだけ重たい意味を持つのかを、
「不老に“戻す”とは、これまた不思議な話でござるな……」
「うん。『
ツバキの口調はいつもの軽さを保っていたが、その内容は重たかった。彼女の中には今でも、誰にも見せない記憶があるのだろう。
「なんと……」
「だからね、生まれてすぐに検査をして、『
ツバキの説明は簡潔だったが、その一つひとつに
「つまり、その薬にて成長を可能にする……ということでござるな?」
(バカだと思ってたけど……意外と、ちゃんと聞いてるのね)
「そう。そして大人になったら、希望すればまた“不老”に戻すことができるの」
「さようでござったか……ツバキ様が今も若々しきは、かような理由があったとは。まこと、驚きでござる! では、ツバキ様も赤子の頃に、DNAの調整を受けられたのでござるか?」
「ううん、検査を受けたのはもっとあと。私、産まれて暫くして養護施設の前に捨てられたのよ。で、拾われてそのまま養護施設に引き取られたの」
ツバキの声は少しだけ沈んだ。だが、それを隠すように微笑みを保っていた。
「なんと……それでは、どうやって『
「施設に来たとき、体調がすごく悪くてね。死にかけだったの。その時、養護施設の園長先生が実は凄い人でね。施設で検査して、『
ツバキは懐かしそうに、そしてどこか誇らしげに言った。
「して、間に合ったのでござるか……?」
「ごらんの通りよ。でも、ほんとギリギリだったらしい。施設の園長先生が言ってたわ――『もうちょっと遅がったら、助がらねがったかもしんね』って」
ツバキはさらりと口にしたが、その言葉の裏にあった
「まっこと……命運尽きかけておったところを、よくぞ生き延びられたものでござるな……」
「うん、だから今こうして話せてるのも奇跡みたいなもんよ」
ツバキは微笑んだ。その笑顔は強がりでもなく、感謝でもなく、ただ静かな受容を湛えていた。
「ははあ……人の
* * *
「……って、あらやだ。話がずいぶん脱線しちゃったわね。もともとは恋と愛の話だったわよね?」
ツバキがぽんと手を打つようにして話を戻す。楽しげではあるが、ちらりと
「そうでござった……でっ?」
「あなたが感じてるのはね、妹への愛情よ。ただちょっと、その気持ちが強く出すぎてるだけ」
ツバキはやんわりとした口調で言った。少し困ったような、けれど相手を否定しない優しさをにじませて。
「しかし……ふぅ、ふぅ……この胸の内より湧き上がる想い、どうにも抑えきれぬのでござる……」
(また出たわね……その顔)
ツバキは心の中で溜息をつく。
「まあ、
ツバキはそう言って笑ってみせた。完全に理解はしていないが、少なくともその“溢れすぎた愛”の方向性は分かる気がした。
「で、ござろう……ふぅ、ふぅ……とにかく
「少し前までは、毎日のランニングで疲れた
「だが最近では、すっかり走り切れるようになってしまい、嬉しくもあり、どこか寂しゅうてな……しかも放課後は、
切々と語るその声には、純粋な“取り残された兄”のような孤独が滲んでいた。
「そっかぁ。
ツバキは柔らかく言った。彼の言葉の裏にある“寂しさ”を感じ取っていたからだ。
その時だった。
「……それでぇ!?
突然、低く太い声が話の輪を切り裂いた。まるで雷鳴のような怒声に、
「おっ、お師匠様ぁぁぁ……! お聞きになっておられたのでございますか……?」
慌てて振り返った
「『お聞きになっておられたのでございますか』じゃねぇ!
「いっ、いえっ! そのようなつもりでは……っ」
「言い訳すんな! 今後、俺たちの前では普通に話せ! 絶ッ対だッ!! 特に
「そうで、ご、ござ……いえ、分かりました……」
「“ござる”とか言いかけてんじゃねぇぞ!」
「……はぁぁぁ」
深いため息。完全に落ち込んでいる。
「“はぁ”じゃねぇ!! 罰として今日の基礎訓練は倍だ!!」
「えぇぇ!? 二倍ですかぁぁぁ!?」
思わず声を上げる
「十倍だよ」
さらりと、まるで天気の話のように言い放つ。
「じゅっ……十倍……」
その瞬間、
「
(……ふぅ、今日はウチにお泊まりだな!)
「はっ、はいっ!! 精進いたしますっ!!」
「ツバキ!
「御意!」
ツバキはぴしりと姿勢を正し、軍人のように応じた。
こうして、愛と執着と修行にまみれた
* * *
という出来事があり、それ以降、
「もぅ、
ツバキが声を弾ませながら、いたずらっぽく微笑んだ。
その瞬間――彼女は勢いよく
「ぐぅぅ……わ、分かったから……っ、はっ、放して……」
ツバキの細身の外見に反して、その腕の拘束力は並ではなかった。
(なっ、なんという拘束力……これが“おばさん”の本気か……!)
心の中で密かに恐れを抱く
「ははっ、ツバキさん、そのへんで勘弁してあげてください……それより、“様”付けはもうやめてくださいよ。
「託したとはいえ、
ツバキが目を細め、軽く睨むような視線を
「今だっ!!」
「ふんぬっ!!」
その姿は、まるで捕縛から解放された小動物のようで、周囲は思わず笑いに包まれる。
* * *
そうして談笑しながらの昼食も三十分ほど経過した頃、
「皆さん、お昼も食べ終わったようですね。そろそろ本題に入りましょうか」
彼の表情は引き締まり、周囲をゆっくりと見渡した。そして静かに言う。
「
――その言葉を聞いた瞬間、
「さ、殺害って……
「……そうです」
「どういうことだぁぁぁ……!」
「
応接室に大きく響いたその一撃に、
そして、
「これから詳しく話します。だから、座りなさい」
静かに促され、
「ナギが……ナギが……なんで……」
声が漏れた。怒りとも、悲しみともつかない、深い絶望がそこにあった。
「少しは落ち着いたようだね、
「……はい、すみませんでした」
「君たちの祖父である
「そこで
「……はい、分かりました」
「
「はい……」
その時――
「少しお時間いただけますか、
ツバキが立ち上がり、真剣な面持ちで口を開いた。
「なんだ、ツバキ」
「
ツバキのその言葉に、
「黙れっ! ツバキぃぃぃ!! 本気でそんなことを言っているのかぁぁぁ!!」
怒りがこもった声が部屋に響き渡る。立ち上がった
「お前は
その言葉は、
「……すまん」
しばらく沈黙が流れる。やがて
「……自分の力が足りないからといって、子どもに任せて何もしないなんて、俺にはできない。力がなくても、
その言葉に、ツバキは深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、
内心では、己の未熟さを痛感していた。
(……
思わず心の中でそう呟くツバキ。
そんな彼女を見て、
「ツバキ……そういうことだ、もっと精進しろよ」
だが、
「お前もなっ!」
と、あっさり切り返された
その後――
「ところで
心配そうに問いかけたのは、
「みゆきさんは、遺体の詳細測定が終わったので、『
「そうですか……みゆきさん、大丈夫かしら……」
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