第8話

「明確な理由を求められると辛いですね。明らかに情報が少なすぎるのでいくら僕でも断定することはできません。ただ、推測することはできますが……」


「ほう、その推測とやらをぜひ聞いてみたいな」


 意味深な言葉を吐いたオグララにビュートは視線を向けた。


 他の三人も同じくオグララに視線を向けると、オグララは一つだけ咳払いをして喉の調子を確かめる。


「そんなに凄いものではありませんが、状況から考えるにこのムルガは何かから逃げてきたのではないのでしょうか?」


「何かとは何だ?」


「話の腰をいきなり折らないで下さい、ウォーボ。分からないから便宜上〝何か〟と言ったまでです。まあ、わたしたちと同様の狩猟者が最も有力ですね。このコンディグランドにはピピカ族の他にも多くの部族が暮らしていますから。ですが――」


「このコンディグランドで獲物を必要以上に追いかけるような部族はいない……ということだろ?」


「さすが、ビュートさん。その通りですよ」


 オグララは話を的確に繋げてくれたビュートに片目を閉じて見せるが、ビュートはそれを軽く無視した。


 早く話を続けろ、と無表情で催促する。


「相変わらず連れないな、ビュートさんは。まあ、そこがまたいいんですけど」


 ぶつぶつと小言を呟きながらオグララは話を続ける。


「部族によって狩りの掟は様々ですが、どこも結局は似たようなものです。必要以上に獲物は乱獲しない。授乳が必要な子供連れの獲物は狩らないなどです」


 それはオグララに改めて言われなくても知っていた。


 集落に住む男たちは子供の頃から狩りの仕方について厳しく鍛えられ、同時に部族の中で取り決めた狩りの掟を骨の髄まで叩き込まれるからだ。


「しかし実際にはここ最近群れから逸れた動物の姿が多々見られます。最初はその一匹だけが情けなくも群れから逸れたと思っていたのですが、先ほど仕留めたムルガは気性が激しく獰猛な動物です。そんな動物が理由もなく群れから逸れるわけがない」


「でも実際にムルガは群れから逸れて行動していた。その原因はお前が言った〝何か〟から逃げてきたというんだろ? それはいい加減にわかったからすぱっと言ってくれ。だからムルガは一体何から逃げてきたんだよ」


 遠回しに物事を話す癖があるオグララに対して、クロウは苛立ちが募ってきたのか地団駄を踏む。


 オグララは地団駄を踏み始めたクロウに「おそらくですが」と切り出した。


「ガマラだと思います」


「ガ、ガマラだとッ!」


 驚愕の声を出したのはお調子者と評判のウォーボだった。


 オグララとウォーボを除く三人は大声こそ上げなかったが、それぞれ暗い表情を浮かべて沈黙する。


 ガマラとは、ピピカ族の集落から遠く離れた密林に生息する大型猛獣の名前だ。


 異国では〈密林の王〉とも呼ばれ、その毛皮には途轍もない価値があるという。


 無理もない、とビュートは思う。


 ガマラの毛並みは宵闇のような漆黒の上から純白と黄金色の模様が渦巻く芸術作品だ。


 かつて行商人たちに遠い異国で取引されている高額な絵を見せてもらったが、ガマラの毛皮に比べたらため息を漏らすほど微々たるものに見えたことを覚えている。


 たとえどんなに人間が様々な色を巧みに使い分けたとしても、遭遇した瞬間に思わず魅入ってしまうあれほどの美しさは到底作り出せないだろう。


 だが、ガマラを狩ることは容易ではない。


 それはコンディグランドに住む人間ならば子供でも知っている。


 不用意にガマラの生息地域である密林に足を踏み入れれば死の洗礼は免れない。


 以前にも他の部族が十数人でガマラを狩りに向かった末、全員が食い殺されたという話もあるくらいだ。


 しかし――。


「なあ、オグララ。ムルガを追い回したものがガマラだったとして、そんなことが本当にありえるのか? ガマラは外見とは違って慎重な動物だ。自分の縄張りである密林から出るとはとても思えんがな」


「確かにビュートさんの意見は一理ありますが、縄張りである密林にガマラが捕食する獲物が減少してきたと考えるとどうです? わたしたちと同様にガマラも獲物を求めて密林から出てきたのかも」


 なるほど、そういう考え方もあるわけだ。


 ビュートはオグララの深い思案に感心し、同時にガマラが縄張りである密林から出たかもしれないと畏怖した。


 もしもあの凶暴なガマラが獲物を求めて集落に現れたらどうなる。


 考えれば考えるほど背中から浮き出る冷や汗が止まらない。


 ビュートは意を決した直後、


「ガマラを探そう」


 と他の四人に提案した。


「おいおい、正気か? オグララの言ったことはあくまでも推測だ。本当にガマラが縄張りから出たとも限らないんだぞ」


 そう言ったのはウォーボだ。


 隣にいたクロウもウォーボと同意見だったらしく、ガマラの捜索には否定的だった。


「だが、もしもオグララの推測が的中していたとしたらどうする? ガマラが縄張りである密林から出たとなっては集落を襲われる危険性だって否定できない。ならばガマラが本当に縄張りから出たという明確な証拠を見つけ出し、それ相応に対処すべきだろう」


 一方、ビュートが提案したガマラ捜索に賛成したのはオロワンとオグララだ。


 二人は最悪の事態を考慮した上でビュートの提案に賛成し、「やるなら早いほうがいい」と促した。


 見事に意見が二つに割れると、若頭であるビュートは迅速に決断した。


「ならば二手に分かれて行動しよう。俺とオロワンとオグララの三人で近辺を散策してくるから、クロウとウォーボは休めているマクゥの場所で待っていてくれ。万が一にも不測の事態に陥った暁にはすぐにマクゥたちを走り出せるようにな」


 自分の意見を口にしたビュートは、肩に担いでいた布袋をクロウに手渡した。


 するとオロワンとオグララも自分が担いでいた布袋をウォーボに手渡していく。


「ぐっ……さすがに三人分はキツイぞ」


 弱音を吐くウォーボにビュートは「任せたぞ」と一言労ってから走り出した。


 続いてオグララがビュートの後を追って走り出し、最後にオロワンがクロウとウォーボに「ムルガの後始末も忘れるなよ」と念を押してから走り出す。


 荷物と獲物の後始末を強引に押しつけられたクロウとウォーボは、動物たちが必ず通るとされたグラナドロッジに向かうビュートたちの背中を恨めしそうに見つめていた。

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