人々の想いが照らしだす路

【怪異六】野灯籠 -来夏の独白-

 登山道には、道を誤らぬよう要所要所に石積みケルンが造られる。

 登山者、旅人、行商人が、後続者の安全を願って、一つ、また一つと石を積む。

 こうした石積みケルンには、年月とともに石の隙間に土埃を蓄え、苔をはべらせて一体化、巨大化するものもある。

 さらにその上へ、行き交う人々が安全祈願の石を積み──。

 いつしか灯籠どうろうとなる。


「うちの爺さんが若いころに一度見たそうだが、そりゃあきれいだったらしいよ」


 地元の古老に案内されて、スギ林に覆われた暗い山道を登る。

 まだまだ健脚な古老は、わたしよりも小柄な体躯で、ひょいひょいと緩急ある段差を越えて先導してくれる。


「ほら、これが野灯籠。ほら、そっちにも。あーあ、ここらのは全部倒れちゃってるねぇ。イノシシがね、鼻で押し倒すんだよね。通る人いないから、イノシシが道使うようになっちゃって」


 山道の随所で、苔むした扁平な石が、重なって地面に散らばっている。

 それをいくつも目にすることしばらく、ようやく健在の野灯籠と対面。


「ああ、これなんかまだ無事だね。これのね、先っぽがね、夜にぼうっ……と光るんだよねぇ。俺は見たことないけど、見たって人は集落にけっこういたねぇ。見ようとして行くと、光らないんだよねこれ。懐中電灯とか持ってたら駄目。本当に道に迷ってないと、光ってくれないんだよ」


 高さ一メートル弱くらい。

 そばで見れば確かに石積みケルンだけれど、遠目では苔むした灯籠。

 伝承では、夜間の迷い人へ帰路を教えるために、頭頂部が球状に発光するという。

 不定住のわたしには、帰路というものがない。

 だからこの手の怪異は、こうして古老から話を聞くのがせいぜい。


「爺さんが山ン中で迷子ンなったとき、ここらの野灯籠が全部、光ったんだって。麓までね。爺さんは最初、探しに来た大人たちの松明たいまつの列だって、思ったそうだよ。それが近づいてみたらまぁ、石が光っててたまげたってね。でも、本当にきれいだったそうだよ。橙とか黄色とか、色にも微妙に差があってねぇ。見た人はけっこういるんだけど、話じゃあ爺さんのが一番きれいだったようだねぇ」


 古老が色褪せたジーンズの後ろポケットから、スマホを取り出す。

 野灯籠を撮るのかと思いきや、古老はよどみなく指先で操作し始め、そして一枚の写真を見せてきた。

 二十代半ばほどのボブカットの女性が、有名テーマパークの大規模イルミネーションの手前で、笑顔のダブルピース……か。


「俺の孫。イルミ……ネーションっていうの? それの職人しててね。こんな大層なもん作ってんだよ。俺の爺さんが山ン中でおっんでりゃ、できてなかったんだよなぁ、これ全部。俺も、孫も、生まれていないんだからさ。はっはっ……」


 古老は十分な時間わたしへスマホを向けたあと、それを健在の野灯籠にも、自慢するように見せ始めた。

 思えばきょうはクリスマスイブ。

 いろんな意味でわたしには無縁の行事だけれど、思わぬ形でその片鱗を味わうことになった──。

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