40話 こはくの暴走は止まらない

「な、なんなのこれえ!?」


引退発表から2週間後、クレジットカードの明細を確認したアキナは驚きの声を上げる。

Gookleから5万円の請求が3回。合計15万円も来ているのだ。

利用日はすべて同じ日、丁度LIVE配信をしていた日だ。

その前からもちょくちょくおカネが使われていたようで、既にカードは限度額を超えている。

コールセンターに電話したところ、スパチャに使った金額であるとの事だった。

当然ながら身に覚えは全くない。

急いでカード番号変更の手続きをした後、どこでカードの番号が流出したのかを考えた。


(もしかして、これもこはくがカードの番号を?……ううん、決めつけは良くないわ。どこかでスキミングされたのかも知れないし……)


 そう自分に言いか聞かせたが、犯人はほぼ、こはくで間違いないだろう。だが証拠がないし、今のこはくを問い詰める気にはとてもなれない。


「こはく! お母さん、夜勤に行って来るから、ちゃんと夕ご飯を食べてね!」


 ここ最近の、こはくの状態は、とても酷くなっていた。

ついこの前までは、部屋の前に置いたご飯は全部完食してくれていたのに、今は、ほとんど手をつけてくれない。

 自分のいない隙を見計らって、近所に外出していたようだったのに、部屋から出た痕跡がここ2週間ほとんどない。トイレには、自分がいない隙に行っているようだが、入浴はしている形跡がない。


(私がいない時に、お風呂にはずっと入ってくれてたのに。前よりも酷くなってる。早く配信を止めて、こはくと向き合う時間をもっと作らなくちゃ!)


 強く決意を固めて、アキナは本業の職場に向かった。



カーテンを閉め切り、灯りがついていない部屋の隅で、あかしろ魔法少女こと、こはくは、今まで自分に元気を与えてくれていたなつめさんの動画を見返していた。

父親のせいでいじめを受けて何もかもが嫌になり、部屋に閉じこもる様になったのは約半年前。

それからは何もする気力が起きず、食事もあまり喉を通らなくなり、部屋でYawtubeで動画を見たり、SNSで適当なことを呟いたりして、ただ時間を潰す毎日を過ごしていた。

このままではいけない、お母さんに申し訳ないという気持ちはあった。

だが、現状を変えるためのアクションをなにかしようとすると強烈な吐き気を催してしまい、トイレにいったり、入浴をしたりすることしかできなかった。

そんな日々を過ごしていたある日、たまたま流れてきたレオンのダンジョンLIVE配信の動画を見ているときに、なつめさんを始めて目にした。

 トップクラスの配信者であるレオンの絶体絶命のピンチを、魔法で難なく救う姿が、とてもかっこよく、あっという間に魅了された。

 しばらくして、なつめさんはchを開設して色々な動画を投稿し始めた。その動画を見る度に少しづつだが、確実に元気になっていき、食事の量も増えていった。

 ずっと動画を見ていると色々な、なつめさんグッズが欲しくなった。

 しかし、ただでさえ家計が苦しいのに、引きこもっている自分がローブを買って欲しいなどと、お母さんに頼むことはできない。

 だが、我慢できず、Amozonで注文してしまう。

 おカネはお母さんが仕事に行っている時に、家にある銀行の通帳を使ってATMで降ろした。

 久しぶりの外出はとても怖く、やっている事にも強い罪悪感を覚えたが、何故か吐き気は催さなかった。

 それからグッズを買う度にお母さんの通帳でおカネを降ろし、家の近くのコンビニで、おカネを払い、届いた荷物を受け取るといった事を何回も繰り返した。

 そんなある日、なつめさんが宣伝していたレジリエンスローブのコンビニ払いをした直後、

車に乗っているお母さんに声を掛けられ、後ろめたさからあてもなく遠くに逃げた。

 その後、今まで以上に強い罪悪感にかられもう止めようと心に強く誓った。

 だが、止める事ができず、お母さんの財布からクレジットカードを抜き出して番号を控えてLIVE配信でスパチャをする様になった。

2週間目にあったLIVE配信では、気づかないうちに合計15万円という大金をスパチャしていた。


(なつめさん、どうして……。お母さん、ごめんなさい)


 LIVE配信で、なつめさんの引退宣言を聞いたこはくは、なつめさんという心支えを失った絶望感と、お母さんへの罪悪感で前以上に塞ぎ込み、なにかする気力をなくしていた。


(最後に、なつめさんに会いたい……)


 引退オフ会には、なんとか参加したかった。

正規のルートではチケットは全部売り切れてしまっているが、メロカリでは転売ヤーに買い占められたであろうチケットが10倍以上の値段で沢山出回っている。


(お母さん、ごめんなさい)


 心の中で何度もそう叫びながら、お母さんのクレジットカードの番号を入力する。


「え!?」


 ――クレジットカードの番号が違います――


 全ての番号を入力し終わり、購入ボタンを押したとき、画面にこの様な文字が表示された。

 番号書いたメモをもう一度確認して入力する。

 しかし、再び同じ文字が表示されてしまい買う事ができない。


(どうして!? 前はこれでちゃんとスパチャできたのに……)


 何度かそれを繰り返し、お母さんが自分のしている事に気づき、クレジットカードを解約したのだという事に気づく。

 自業自得だという事は分かっていた。だが、最後になつめさんに会いたいという気持ちは抑えることが出来ない。

 そんな時、こはくの頭の中にある事が思い浮かぶ。


(……ダメ。そんな事しちゃ)


 これをやってしまったら、お母さんにとんでもない迷惑がかかってしまう。なつめさんも、こんな事をして会いに行っても絶対に喜んでくれない。

 だが、一目だけでもなつめさんに会う事ができれば、生きる力が貰え、今の自分を変える事ができる気がした。


 カーテンの隙間から外を見た。

 日はすっかり落ちて辺りは暗くなっている。

 お母さんは、夜勤だと言っていたから朝まで帰ってこないだろう。


(次元の穴って確か、あさがお公園にもあったよね)


 あさがお公園は自転車で片道1時間くらいだ。遠いがいけない距離ではない。

 着くころにはダンジョンの営業時間は多分終わっているだろう。

――好都合だ。


 ドアを開けて、お母さんが用意した食事にがっつく。

 食欲はないが、これからやろうとする事には体力が必要になるので、口に入れていく。

 食べ終わると、部屋を出て玄関に向かった。


(……)


ダンジョンに行きチケットを盗む決意を固めて、こはくは外に出た。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ご拝読いただききありがとうございます。

この小説が面白いと思って頂きましたら、執筆する励みにもなりますので、★とフォローをお願いいたします!

ついに後10話になってしまいました……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る