　どうやって食べてもお腹が空いて、最後は歩くことさえできなかった。

　あの雨の夜、誰もいない路地、抜け殻のように地面に横たわるか弱い少女。あの赤い傘、真っ黒な姿、彼女こそがこの貧しい器を満たし、生きる術を教えてくれた。

「お腹がすいたよ！さっき食べたのは全然足りなかった！私の食欲を満たしてくれるのは、純度の高いあなた方だけなのです！」

　綾子は両手を空っぽにして荒々しく近づいてきたが、瀨紫は水平方向の力場のようなものを感じた。この戦いは、円沢香では戦えない。瀨紫一人で戦わなければならない。円沢香が飲み込まれたら、すべてが終わってしまう。

　瀨紫が両手を上げると、旋風が彼女の手に集まり、何百もの厚い風の盾が突然空中に形成された。盾は、目に見えない貝殻の覆いに沿って鱗の層のように成長し、やがて瀨紫と円沢香は完全にその中に包まれた。

「瀨紫、この戦いは私が引き受ける！敵は危険だ！」

「まさか！あなたが注目を浴びたいのはわかるけど、敵のパワーはあなたにぴったりよ！もし彼女があなたの光の力を消費すれば、彼女はきっと誰にも止められない怪物になる！」

　円沢香は無力感を感じながら、手に持っていた光の弓を下ろした。瀨紫も芽衣子も自分を高く評価し、救いの鍵として必死に守ってくれていることは知らなかったが、瀨紫があの恐ろしい存在に絶対に勝てないことはわかった。

　ブラックホールのような綾子の心の空虚さが見え、略奪願望の狂気を感じた。魂の炎を持たない彼女は、これまで出会った中で最も恐ろしい敵だ。

　その目に見えないエネルギー体は、まるで底なしの暗い大地に墜落していく黒龍のように、風防の不浸透性壁の上に墜落した。

　突然、シールドの壁に亀裂が入り、瀨紫の目がチカチカする前に、シールドの隙間から銀色の細い光が飛び出した。

　シールドが爆発すると、瀨紫と円沢香は衝撃波で飛ばされ、綾子は手に持っていた見えない武器を振り回し、落ちてくる風シールドの破片は黒煙となって手に巻きつく。

「十分ではない！腹が減った！腹ペコだ！【アザベル】は君たちの魂を渇望している～！」

【アザベル】は禁断の魔器で、発動後は無限の空腹を抱えた狩猟状態になる。綾子が使用するのはこれが初めてで、おそらくこれが最後だろう。勝手に完全に発狂してしまうが、自分で選択をする。

　綾子は手にした見えない大鎌に変形する【アザベル】を振り上げ、三日月型の横波を押し寄せるように激しく振り回し、瀨紫は風の中から本体が出現する【妖刀村正】を振り上げ、瀨紫と円沢香を取り囲むように吹き荒れる嵐に変化する。

　空気は薄くなり始め、瀨紫の意識に追随して息を吹き返し、嵐を包み込み、高速で動く円形の風防を形成する。

「何ということだ！神器の力を解き放ったのか？だが、無駄だ！私の【アザベル】は、光や闇によって形成された一枚の紙では止められない！」

　金属が切り裂かれ、ぶつかり合う鋭い音が吹きすさぶ風に響き、嵐が歪み始め、透明な波紋がねじれ、嵐の裂け目から無数の小さな透明な衝撃が押し寄せた。

　綾子は衝撃を受けた嵐の盾の凹凸部分に狙いを定め、かかとを地面につけたまま突進し、【アザベル】を激しく振りかざした。大地が揺れ、空間が震え、嵐はその強力な攻撃によって分散し、吸収された。

　綾子は飢えた狂人のように呆れたように笑い、もう片方の手を緊張させて瀨紫の前に振り下ろした。 動じることなく、瀨紫の体は折れた竹竿のように二つに折れたが、血は一滴も流れなかった。

「瀨紫！すぐに治療しに行くよ！」

　円沢香の手に光の玉が輝き、彼女のもとに駆け寄ろうとした瞬間、彼女は旋風に吹き飛ばされ、空中に開いた時空の裂け目に向かって飛んでいった。

「馬鹿者、死ぬのはまだ早い！早く【裂淵】から脱出せよ！すみません、彼女を倒す方法が思いつきませんでした。

　彼女の光と闇の力を吸収する能力は無限です。私のアーティファクトを解放しても、突破することはできません」

　綾子は、透明な物体を振り回しながら上昇し続ける円沢香を見上げるとため息をつき、瀨紫に歩み寄り、切断された下半身に手をやると、手に巻きつく黒い息に変わった。

「本当にがっかりだよ、あなたの魂はとても味気ない」

　食事を終えたかのように唇を舐め、綾子は立ち上がり、瀨紫の首の付け根にある少し弱った宝石を狙おうと手を振り上げた。

「そうなんですね、光のパワーを吸収するためには、闇のパワーに変換しなければならない」

「それがどうした？私の【アザベル】があなたのソウルジェムを吸収するのは簡単だ！今度こそ空腹が和らげばいいのだが！」

　瀨紫が目を閉じて【アザベル】がソウルジェムを砕くのを名残惜しそうに待っていると、何本もの光の矢が飛んできて綾子の手に当たった。

　驚いた綾子は後方に回り込み、アザベルを地面に支えた。見えないバリアが現れ、さらなる光の矢の猛威を防いだ。

　光の矢はほとんど吸収されたものの、バリアは粉々に砕け散り、綾子の手と体は光の矢の残滓で程度の差こそあれ火傷を負った。

　この光の力とは何なのか？玄米のように硬いが、魅惑的な香りがする。

「ダミー！ここで何してるんだ？風にも縛られないのか？」

　円沢香は何も答えず、真剣なまなざしで瀨紫と目を合わせた。一方は弓を引き、もう一方は見えない武器を構え、対決は間近に迫っていた。

　乾いた空間の光と闇の力を借りて、綾子は真空崩壊の反推力を利用してロケットのように突進し、【アザベル】を持ち上げて光の矢の雨の中を円沢香に斬りかかった。

　光の矢のほとんどは【アザベル】に吸収されたが、それでも綾子の体には無数の血の穴が開いていた。

「いや、大事なときに倒れるわけにはいかない！私は閣下に仕えるために最後の時を過ごさなければならない！」

　突然、綾子の胸に閃光が走った。この感覚、間違っているはずがない。綾子は、実際にこういう存在なのだ。感じたのだ。綾子の想いや願いが、まるで綾子とひとつになったかのように。

　高速で飛んできた最後の光矢は綾子の胸を貫き、心臓を射抜いた。口から血を吐き出したが、彼女はまだ手に【アサベル】を振り回していた。

　それは無限の容器では全くなく、簡単に満杯になるのは明らかだった。

　円沢香は反撃する代わりに両手を広げ、見えない鎌を胸に突き刺した。瀨紫は驚いて口を開いた。円沢香の強さに驚き、彼女の行動に戸惑ったのだ。

「どこへ行ってもお腹が空いていて、食べきれないくらい、いつもお腹が空いているんだ……」

　徐々に瞳孔が開いていく綾子を見て、マリザワはそっと綾子を抱きしめた。そして、綾子は突然目を大きく見開き、目尻から涙を流した。

　この感覚は何なのだろう。目の前に自分とイーザが寄り添っている光景が現れ、長引く空腹感が消え始めた。

「綾子さん、あなたは普通の人間でしょう？」

「正直に言うと、私は平凡な人間で、あの後の【アザベル】は嘘ででっち上げたものだし、実は魔法の武器なんて全然持っていないんだ……」

　光のパワーが体内に注入されるにつれ、綾子の心は温かくなり、さらに懐かしい思い出が浮かんできて頬が赤く染まり始めた。

　どうしてこんなにフラッシュバックするんだろう？こういう経験は、イ一ザと一緒にいるときに起こるものだったのだろうか。

「この感覚は一体何なんだ？器になってからは、もう感情を味わうことができない」

「これは最愛の人と一緒にいるときに感じる幸福感のはずだ」

「そうなのか？じゃあ、もっとちょうだい！貴重なものを逃した埋め合わせをしたいんだ」

「効かないよ。光のパワーで傷を治しただけだ。光のパワーを発信し続ければ、君は死んでしまう」

「大丈夫、私はここで死ぬつもりだった、それが彼女のためにできる最後のことだったから。どうぞ、私に光の力を注いでください、その代わり、私の真実をお話ししましょう」

　さらに光の力が綾子の体に入り、綾子の体はガラスのように透明になり、ひび割れ、光がこぼれた。

「私は魔神が作った三千四百一個の【魂の箱】だが、後に失敗作と分類されて破壊された……」

　心の飢えはどんな飢えよりも残酷なことがある。

　世界樹の正面世界への増強にうまく対抗するため、魔神は【圏外】から多くの人間の子供を実験用に捕らえたが、そのほとんどは悲惨な死を遂げ、魔神の魂を入れるための運び屋【魂の箱】への改造に成功したのはわずか数人だった。

　作られた【魂の箱】は失敗作で、魔神の魂の圧力に耐えられず、かわいそうな子供たちは 7 つの開口部すべてから血を流し、すぐに壊れた手足になってしまった。残りの【魂の箱】は一様に【古代黒獣】（【古代黒獣】とは、数千年前から生き残っている【黒獣】のことで、通常は【裂淵】に生息し、 2 つの世界を行き来する光と闇の力を貪ることで生き延びているとされ、一匹一匹が魔神に匹敵する強さを持っており、正確な数は不明である）の一つである【齧歯車（げっはぐるま）】が通過した【裂淵】に捨てられ、死だけが彼らを待っていた。