第22話 赤い髪の青年
「え?」
千花が呆然としている中、彼は一瞬で男達を倒していく。
その中には魔法を使用する者もいたが彼は難なく避けていく。
「──!」
千花を襲おうとした男は青筋を立てながらその巨漢で体当たりをするが、彼は軽々と遠ざかり、そのまま千花の手を掴んで立たせる。
「──」
相変わらず何を言っているかはわからないが一緒に逃げようとしていることは伝わった。
千花も掴まれた手を握り返し、彼の後ろをついて走った。
2分ほど走って千花が苦し気に肩で息を切らせている時に彼は止まった。
千花が改めて周りを見ると静かな住宅街に戻っていた。
(よ、よかった。何とか傷つかなかった)
落ち着きながら千花は1つ大きく溜息を吐く。
これでピンチだと今のままでは悪魔に瞬殺されるだろう。
そう思いながら千花が顔を上げると彼がこちらを見下ろしていた。
走っている最中にフードが風で外れたのだろう。
何者かは深い赤色の髪に同じ色の目を持った若そうな青年だった。
体格的には先程の男達とほぼ同じだが、威圧感はあまり覚えない。
(……って何を呑気に観察してるの! 助けてくれたお礼を言わないと)
だが今の千花には言語がわからない。
とりあえずここの文化が大して日本と違わないことを祈りながら千花は身振り手振りで感謝を伝える。
と言ってもお辞儀を繰り返すばかりだが青年にはそれで伝わったらしい。
「──」
青年が何か問いかけてくる。
千花は自分が話せないことを何とか伝えようとジェスチャーを繰り返す。
これで会話ができたらものの数秒で解決するのにと千花は思う。
とにかく今は王城へ行って国王に助言を求めなければならない。
もしくは。
「あ、ギルド」
邦彦はギルドに行くと言っていた。
ということはそこに行けば会える可能性は高いのではないか。
そう思い立って結局道がわからなければどうしようもないことに気づく。
千花が諦めてまた王城へ行こうとすると青年が肩を叩いた。
「?」
「──」
千花に何かを伝えようと青年は通路を指さす。
(ついてこいってこと?)
正直ここで大人しくついていくとまた何か罠にかかりそうだ。
だが拒否して逆上されたら更に痛い目を見ることも予想できる。
しばらく悩んだ千花は言う通りついていくことにした。
(だって助けてくれたし。見た目はちょっとさっきの人達と似てるけど怒らないし)
その油断が色々千花を苦しめていくのだが、本人はそれをわかっていない。
そのまま青年の後をついていくと再び人の賑わう大通りまでやってきた。
ここでついていくとまた同じく迷子になりそうだと千花が身構えると青年が手の平を向けて差し出してきた。
(手を繋ぐって意味かな)
先程も手を繋いで走ったが、ふと我に返ると少し恥ずかしさが過ぎる。
(いや、迷うより全然)
千花が青年の大きな手に自分の手を重ねて握る。
その瞬間青年が口を動かし膝を曲げて飛び立った。
その行動についていけない千花はなすがままに空中に飛ばされた。
「ぎゃあああ!!」
おおよそ可愛らしくもない悲鳴を上げながら千花は青年の腕にしがみつく。
なぜこの短時間で2度も地から足を離さなければいけないのか。
千花が絶叫している間も青年は構わずに屋根から屋根へ軽々と飛び移っていく。
「無理無理無理離して……いや離さないで! そのまま地面に下ろして!」
千花の叫びも虚しく青年はその後5軒先の屋根まで無言で走り抜けていく。
時間にして1分も経っていないだろうが千花は前の一件もあってもうヘトヘトだ。
脱力している千花を腕に抱えながら青年は地面に着地した。
「──」
青年が口を開きながら千花に上を見るよう指示する。
千花は一種の吐き気を催しながらも言われた通り上を見る。
そこにはこの国の文字で書かれた看板があった。
「田上さん!」
千花が字の意味を理解できずに首を傾げていると求めていた声の主が視界に映った。
「安城先生!」
目の間に現れた邦彦は心配していたように息を切らせながら千花の目の前までやってきた。
その表情は段々安堵から呆れに変わっていく。
「あれだけはぐれないでと言ったのに。あなたと言う人は」
まるで千花に全て非があるとでも言いたげな邦彦にムッとする。
「注意してました。でもこれだけ沢山人がいてただついていくだけなんてはぐれるに決まってます。何か対策をしてくれないと。あ、聞かれなかったのではなしですよ」
邦彦が言いそうな言葉を千花は先に封じた。
邦彦は口を開きかけてこれ以上の討論は無駄だと諦めた。
「よくここまで来れましたね。てっきり城へと行っているのかとばかり」
「元々はそのつもりだったんですけど途中で色々トラブルがありまして。そのまま道案内を……あ!」
千花は説明しながら青年を放置していたことを思い出した。
邦彦から一旦離れてこちらの様子を窺っている青年の元へ向かった。
「ありがとうございました。おかげで合流できました」
千花が笑顔でお辞儀すると青年は1つ頷いて人混みへと紛れていった。
「彼は?」
邦彦に問われ、千花は言うべきか迷いながらもスラム街で助けてもらったことを説明した。
邦彦は無意識にスラムに入った千花に何とも言えない目を向ける。
「私だって入りたくて入ったわけじゃありませんからね!」
「わかっています、が、彼がいなければあなたも命はなかったんですから気をつけてください」
「……肝に銘じます」
ここに関しては自分にも非があったと千花は認める。
本当に青年がいなかったら危なかった。
「それにしてもあの子に会えたのは幸運でした。本当に」
「先生? どうしました?」
「いえ。独り言です」
邦彦がはぐらかしながら千花にいつもの愛想笑いを浮かべる。
千花は首を傾げながらも話を切り替える。
「ところで先生。ここは?」
「そうですね。用件を済ませましょう。ここはメディアム。あなたの拠点となるギルドです」
「ギルド……」
漫画などでよく聞く名前だ。
確か色々仕事の依頼が来たり情報交換をしたりする場所だったと記憶している。
「ここが私の本拠地」
「まずは身の回りの整理をしましょう。今度ははぐれないように、しっかり見張ってますからね」
まるで子どもを諭すように言う邦彦に軽く殺意を抱きながら千花はその背中をついていった。
青年はフードを被り直してその髪と目を隠す。
屋根伝いに移動するのは簡単だがここでの魔法の連発は禁止されている。
それに魔法を使い続ければ悪目立ちをする。
それだけは避けたい。
「ふう」
青年は静かな路地裏の壁に背中を預けると少し気を抜く。
ずっと気を張っていると疲れるのだ。
しばらく休んでから青年は思い出したようにフードの中に着ている服のポケットから四角く薄い箱──地球ではスマホと呼ばれるものを取り出した。
先程助けた少女が逃げる時に落とした物を返しそびれていた。
「……」
少女と合流したスーツを着た男を思い出す。
『田上さん!』
「タガミ……か」
青年はスマホの黒い画面を見つめながらその赤い瞳を空に向けた。
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