第114話呆然

馬場信春「ところでだが……。」


真田昌輝「如何為されましたか?」


馬場信春「そろそろこれ変えないか?」




 武田勝頼本陣。




武藤喜兵衛「お疲れ様です。」


内藤昌豊「こちらで変わった事は?」


武藤喜兵衛「いえ特には。馬場様の方は如何でしたか?」


内藤昌豊「酒井の動きを封じる事に成功しておった。念のため隊を2つに分け、私が来た道と馬場が辿った道を確認したが問題無い。鳶ヶ巣を狙われる恐れは無くなったと見て間違いない。」


武藤喜兵衛「それは何よりであります。ところで内藤様。」


内藤昌豊「どうした?」




 3万を超える軍勢を抱えた織田軍が、佐久間信盛の謀反。正しくは佐久間信盛扮する武田別動隊の働きにより呆気なく瓦解する様子を呆然と眺めるしか無かったのが高松山に本陣を構えた徳川家康と連吾川南部に陣を張った大久保忠世など徳川諸隊。そんな彼らの西側。つい今しがたまで佐久間信盛が暴れ回っていた場所から現れたのは……。




武藤喜兵衛「手ぶらですね。」


内藤昌豊「お前も酒井が残した戦利品を持って来なかった事を咎めるのか?」


武藤喜兵衛「いえ。そうではありません。てっきり返品されたものと思っていましたので……。」




 紺地に白の桔梗があしらわれた山県昌景の赤備え。




内藤昌豊「山県からはハッキリ


『要らない。』


と言われたけどな。」


武藤喜兵衛「どちらを。でありますか?」


内藤昌豊「自分(山県)のだよ。」


武藤喜兵衛「内藤様はそれを投棄……。」


内藤昌豊「そんな事するわけ無いであろう。仕方無いから持って帰ろうとしていたよ。」


武藤喜兵衛「では何故ここに?」


内藤昌豊「馬場が


『俺戦う役目では無いから持って行くよ。』


と引き取ってくれたよ。」


武藤喜兵衛「となりますと馬場様は更なる戦果を狙っていますね。」


内藤昌豊「と言うと?」


武藤喜兵衛「高坂様の策。佐久間の旗を使ってのいくさでありますが、効果があるのは織田に対してであります。佐久間は織田家における重臣中の重臣。彼の裏切りは信長以下織田家臣全てを混乱させるに十分の効果があります。しかしこの効果は織田家を出る事はありません。」


内藤昌豊「そうだな。佐久間の旗を渡された時、


『これの何処が?』


と正直思っていた。」


武藤喜兵衛「内藤様と同じ感想を持っている人物はこのいくさの場において他にも居ます。そうです。徳川家康とその家臣であります。彼らは我らと同じく先の三方ヶ原での佐久間の体たらくを実体験しているからであります。もし佐久間の旗印を背負ったまま徳川隊に突っ込んだ所で意味はありません。徳川が恐怖を感じるのはそう。山県様の旗印と山県様の赤備えであります。」

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