第70話とは言え
菅沼正貞「……とは言え私は罪人の身。所領も無ければ、兵力も無い。あったとしても束ねる事が出来るのは長篠に居た者のみ。頼むべき大樹も無い。家康と信長から支援された奥平を破る事など到底出来ぬ。」
高坂昌信「そのような事はありません。」
菅沼正貞「いえいえ事実を述べたまでであります。罪人の戯言であります。忘れて下さい。」
高坂昌信「菅沼殿のお気持ち。高坂。しかと受け止めました。」
菅沼正貞「と申されますと?」
高坂昌信「殿に相談しました。
『このままいくさになってしまいましたら、多くの者を危険な目に遭わせる恐れがあります。長篠城主でありました菅沼殿とお話をする機会をいただきたい。』
と。」
菅沼正貞「しかし私は幽閉の身。それに山県様は私の事を信用してはおりません。」
高坂昌信「だから良いのであります。」
菅沼正貞「と申されますと?」
高坂昌信「皆が菅沼殿を疑っているのは徳川との通交であります。ここ小諸に菅沼殿が留まって居さえすれば、問題ありません。」
菅沼正貞「しかしそれではいくさに対応する事は出来ないのでは無いのか?」
高坂昌信「その通りであります。しかし今、菅沼殿が発言されても誰も聞いてはもらえない事でありましょう。これは我が家中の問題であります。申し訳御座いません。」
菅沼正貞「確かに。」
高坂昌信「加えて先程、菅沼殿が仰ったように菅沼殿の手勢だけでは長篠城を破る事は出来ません。」
菅沼正貞「口惜しいがな。」
高坂昌信「ここからが本題であります。菅沼殿。」
菅沼正貞「ん!?」
高坂昌信「菅沼殿の持つ全ての事を私。高坂に教えていただきたく、ここに参上した次第であります。手柄は全て菅沼殿のもの。失態は全て高坂が被る所存であります。お願い申し上げます。」
菅沼正貞「私が家康に通じている可能性があったとしてもか?」
高坂昌信「構いません。」
菅沼正貞「高坂様に嘘を伝える可能性があるとしてもか?」
高坂昌信「構いません。」
菅沼正貞「教える事は出来ぬ。ただ……。」
高坂昌信「ただ?」
菅沼正貞「私は今から独り言をします。何か聞きたい事があったら言って下さい。それに対し、ただ私は戯言を述べるだけであります。真偽の程は定かではありません。後はそちらで勝手に解釈して下さい。手柄など要りません。私は牢の中で叫んでいるだけに過ぎません。」
高坂昌信「いえ。そのような事は。」
菅沼正貞「罪人に同情など要りませぬ。必要な事を話して下さい。こちらも勝手に呟きます。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます