第15話 鍛冶屋の親子

「鍛冶屋、息子を連れて帰ったぞ」


 夕暮れ時、俺の人生に息子と一緒に戻った。そこで息子は飲んだくれた親父と再会した。

 お互い眼をあわさなかった。


「早く家に帰れ・・・」


「分かったよ帰るよ!」


 息子は店を出た。


「冒険者さんよ、ありがとう」


「いや、礼には及ばん」


 ドン!


 ハンツどのが腰に差していた金槌を卓に置いた。

 大分使い込んでいるようだ。

 柄の部分がかなり黒くなっている。


「ワシはこれ以外できる仕事がなくてな、仕方なしに選んだ仕事だったんだよ」


 ハンツどのは手に持っていた酒を置いて真剣な表情で自分の半生を語り出した。


「それで最初は全然良い物が作れなかった。そのせいで客も全然俺に注文しなかった。それが3年続いてこのままだとダメだって思った」


「それでどうなった?」


「そこから一生懸命腕を鍛えて、それだけを考えて25年経って最近ようやくそれなりのものが作れるようになった・・・」


 ハンツどのが酒を飲むこと無く語っている。

 某はそのハンツどのの手をみた。


 長年、槌を握っているせいか黒くなっている。だが、これこそ鍛冶屋ハンツどのの生き様だと思った。


 トン!


 キッツがある料理をテーブルに置いた。それはどうやら魚料理だった。


「俺が客から最初に褒められたメニューだ。食べてくれよ」


「キッツどの、この料理は?」


 某は気になったので話を遮って尋ねた。


「ん?サイバのカヒージョだよ」


「サイバのカヒージョ?」


「サイバっていう魚をシラーグと自家製オイルで煮込んだのさ」


「ほー」


 何ともうまそうな臭いを放っている。

 そういえば日も落ちかかってきてそろそろ晩飯ではないか。


「ぐー」


 いかん腹が訴えておる。


「あんたらの分も用意したよ。食べてくれ。ハンツのおごり!」


「おいおい・・・」


 給仕(ウェイトレス)のルビナどのが我らの分のサイバのカヒージョを持ってきてくれた。


「では・・・」


 何という柔らかさ。

 魚と言えば、干し魚か川で捕った鮎を塩かけて食うくらいしか知らぬ某にまたもや衝撃が走った。

 そのせいでハンツどのとハガネの問題を忘れそうになった。


「ハンツ、俺は最初から信じてたよ。お前は最高の鍛冶屋になるってな」


 忘れそうになったところをキッツどのの言葉で思い出した。


「俺は駆け出しの頃は、こんな仕事しか選べない自分を憎んださ。そこら辺のお店で修行して、3年後に自分のお店をオープンさせたけど、ライバルとの戦いが辛くて、後片付けの時はいつも泣いていたな」


 それを聞いてハンツは笑いながら応えた。


「ようやく鍛冶屋として武器との付き合い方がわかってきたが、息子とはどう付き合えばいいのかわからねぇ」


「そもそも喧嘩の原因は何なんだ?」


 某は思いきって聞いてみた。

 正直、親子の喧嘩など某は分からない。

 あの父上に怒られたことなど一度も無かった。


 だが、このハンツの眼と息子の眼は同じ光を持っていたのでやはり無視できなかった。


「・・・・・・」


 ハンツどのは答えようとしない。無礼なことを聞いているのは事実なので答えたくないのだろう。


「約束は約束だ。太刀を鍛えよう。少し太刀を振って見せてくれ」


「あ、ああ・・・」


 ハンツどのが太刀を振って欲しいと言ったので太刀を抜いて上から下に振り下ろした。

 それを見たハンツどのが、何かわかったかのように頷いた。


「太刀をしばらく貸してくれ」


「あっあとこれを太刀に混ぜ込んで下さい!」


 ルナどのが袋に入れていたメタルタートルの素石をハンツに渡した。


「メタルタートルの素石か。お前が倒したのか?」


「いかにも」


「さすが、初代帝王と同じ武士だな。15日後には出来上がるだろう」


「では、その時に」


 某とルナどのは立ち上がった。


「ところで冒険者ってのは、大変な仕事か?」


「ん~、まだ始めたばかりであまり言えんが、命がけなのは間違いであろう」


「そうか、はっはっはっ」


 メタルタートルの素石と太刀を預け、我らは店を出た。


「ちょっと待ってくれ!」


 店を出ると息子のハガネが某を待っていた。


 サッ!


 ハガネが腰の後ろに手をやった。

 某は身構えた。

 ルナどのが某の後ろに隠れた。

 ハガネは震えながら腰に差していたものを抜いた。


「これを見て欲しいんだ」


 それはハガネがあの時、握っていた短刀だった。某はその短刀を手に取った。


 両刃の短刀だった。

 輝く刃がなめらかな曲線を描き、先端は鋭く尖っている。


「切れ味は鋭く、刺すにもかなり優れているな」


 表面には不思議な模様が浮かんでいる。

 おそらくはいろいろな鉄を混ぜているのだろう。

 握って振ってみた。


「素晴らしい!」


 某は目利きでは無いが、武芸をある程度やっているので武器を扱ったときの善し悪しはある程度分かる。


「お前が作った短刀か。良い作りだ!」


「それ見せて親父にめちゃくちゃ怒られた」


「そうなのか?」


「俺も一流の鍛冶屋を目指している。親父は自らの道を歩いて一流の鍛冶屋になった。だから俺も自らのやり方を目指していろんな達人からも教えておもらってこれを作ったんだ。でも親父に怒られた・・・」


 なるほど、そういうことで喧嘩したのか。


 親子喧嘩か。


「多分、お主の父上はお前は素質があるからもっと腕を磨けと言ったのであろう」


「・・・・・・」


 ハガネは複雑な顔をして走り去った。


*       *       *


 夜明け。

 まだ薄暗い中、ハンツは工房に立っていた。

 袖をまくると鍛冶で鍛えられた二の腕が現れた。


「すう・・・」


 深く息を吸い、精神を集中した。


 一枚の模様が入った紙を取り出した。

 その紙に文字を書き、炉の中にある大量の炭の上に置くと、炭に火をつけた。


 炎が立ち上がり、その炎が紙に書かれた模様と同じ形に燃え上がった。

 そして炉は1400度の高温になった。

 そこに虎吉の太刀とメタルタートルの素石を入れた。虎吉の太刀とメタルタートルの素石は真っ赤になった。


 キン、キン、キン・・・。


 赤から黄色く、そして白く燃える鉄を叩くたびに緑の光が何度も現れる。

 そして太刀と素石は1つの塊となった。


 次の日。

 ハンツはその塊を再び真っ赤にすると叩きはじめた。塊を2つに折って重ねて、また折って重ねて叩いた。

 この作業を15回繰り返し、3万を超える層を作った。


 別の日。

 太刀の刀身を作り始めた。

 まずは茎(なかご)から作り始めた。

 何度も何度も叩いた。


 茎が完成するといよいよ刀身だ。

 同じように沸かしては伸ばし、沸かしては伸ばし何度も叩いて伸ばしていった。

 捻れも確認して修正した。

 その父親の姿を息子のハガネはずっと見ていた。

 

「ハガネ」


「な、なんだよ!?」


 ある日、父親が息子に声をかけた。


「おめぇ、研師のワトーの所に行って色々教えて貰ってるそうじゃねぇか」


「だから、なんだよ・・・」


「仕上げをお前がやれ」


 父親が息子に今、自分が作っている太刀を渡そうとした。


「武器を完成させる大事な作業だ。お前の魂を持ってこの太刀の魂を完成させろ!」


 父親が自分を試している。


「ああ、やってやる!」


 ハガネは太刀を受け取った。


 ハガネはまずは刀身の斑(むら)を削って整えた。

 ハガネは虎吉の太刀を丁寧に研ぎ上げた。


 ハガネは残っていたメタルタートルの素石を溶かした。

 ワトー師匠からもらった秘伝の土を刀身の表面に塗った。そしてその上に溶かしたメタルタートルの素石を刀身の表面に塗った。

 その上に模様が描かれた大きな紙で刀身全体を包んだ。


 まだくらい中、ハガネは焼き入れを入れた。

 炎の中に模様が現れ、刀身を包み込んだ。


 経験は圧倒的に親父の方が上だ。

 だが、俺はその経験に負けないくらい勉強したつもりだ。

 

 焼き入れが終わると刀身を一度研いだ。

 峰を研ぎ終えると、刃の方も研いだ。


 刀身から青い波紋が見えてきた。


「作ってやる。親父に負けない最高の武器を!」

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