第18話 王宮での過ごし方
「いったん町に帰って、組合の人たちと話し合って、今後の対応を考えようと思います」
ビンデとリターは正門に向かって歩いていた。
「そうですか。それにしても王が王なら役人も似たようにろくなヤツがいない」
「いえ、私も感情的になってしまって……」
リターは歩きながらうな垂れた。
「生活が掛かっているんだ。感情的にもなるさ」
「でも、代表者としてはならない反応でした。本当に未熟で恥ずかしい」
「そんなことないですよ。そもそも一人で王宮まで直訴に来るだけでも大したもんだ」
「いえ、そうではないんです。本当は来たくなかったのですが、誰も来たがらないので、強引に押し付けられてしまって……」
リターは申し訳なさそうに言った。
「そうですか……それは災難ですね。誰か付き添いとかいなかったんですか?旦那さんとか?」
「結婚はしてません」
「あっ……ごめんなさい」
気まずい雰囲気が流れた。やがて、二人は正門へ付いた。
「どうも、いろいろとありがとうございました」
リターがまた頭を下げて、礼を言う。
「王様への接見が終わったら、オーブンに立ち寄ってもいいかな?」
ビンデは恥ずかしそうに尋ねた。
「えっ?」
「ほらっ、王様にラク酒の税金の話をして、どうなったとかの報告とか、それに一回ラク酒の製造過程を見てみたいと思っていたんだ……ファンとして」
「ええ、ぜひ来てください。家の醸造所を案内します」
二人は正門の前で別れた。
リターが跳ね橋を渡る姿を、ビンデは見えなくなるまで見送っていた。
ヤーニャが見上げると、頭上に『図書室』と書かれた古い木の板が掲げられていた。
入って行くと、薄暗い照明に照らされた室内に、棚がどこまでも整列してる様が眼下に広がっていた。
入口に係りの者がいたので、ヤーニャは通行証を見せ、本棚の並んだ一階へと会談で降りる。
一階に降りると奥が見通せないほど部屋は広く、本棚は自分の身長よりはるかに高い。
ヤーニャは思わず、ほくそ笑んだ。
控室の奥の一角に自分のスペースを作って貰って、そこにお茶とお菓子を置いて、セッツはちょこんと座布団に座っている。
多くの人間が出入りする様を見ながら、置物のように微動だにしないセッツ。偶に湯飲みを手にしてすっかり冷めたお茶をすすり、小さく砕いた乾いたお菓子を口に含む。
そこへ一人の清掃員の老夫が入って来た。
老夫は部屋の中をそうじしながら、セッツの方に近づいてきて、徐にセッツを見て、目の焦点を合わせるように頭を動かした。
「……あんたセッちゃんかい?」
「へえっ?」
セッツが耳に手をあて、聞き返す。
「ノースランド・セッツさん?トンズラーにいた?」
トンズラーと聞いた途端、セッツは目を丸くして驚いた。しかし、老夫はそんなことはまるで気にせず話しはじめる。
「ワシの事を覚えておるかな?隣に住んでいたアーチ・ハロルドンだよ。よく小さな頃遊んだんだけどな。あんたは小さいのに気が強くて、おてんばで……」
「あっ、あああっ……」
セッツは体を震わせ、口の中で唸るような声を上げた。
「あんたの家は町の名士で、うちは代々、警吏の家だった。それでも、互いの家を行き来してよく遊んだな。しかし、あんたはあの事があり、引っ越していってしまった。ワシは徴兵でこっちに出てきて、それからずっとこっちに住んでいるんだが、兄夫婦は今でもトンズラーに住んでいるよ」
耳が遠いのか、老夫の声は大きい。それに一方的に自分の言いたいことだけを話してくる。
「へえ、そうかい」
セッツは相づちを打ちながら、周囲の人を気にして、さりげなく視線を走らせる。
「本当に懐かしいな。あんたはいまどこに住んでいるんだい?」
ハロルドンは本当に懐かしそうに曲がった腰を伸ばし、セッツを見た。
「ナターシャさ」
「ナターシャか。それならそれほど、離れてないね」
「ええっ、まあ……」
「しかし、あの事件のことは今でも鮮明に覚えているよ」
徐にハロルドンは目を閉じ、当時を回想するように話しだした。
「あのドラゴンは本当に凄かった。まさかセッちゃんが本物のドラゴンを出してしまうんだものなあ……」
セッツは慌てて、周囲を見回す。しかし、話を聞いていそうな者はいない。
「伝説の魔法使いが現代に生きていたなんてな。しかも、うちの隣にいたなんて、驚いたのなんのって……だけど、出てきたドラゴンが町を破壊して、大変な騒ぎになってしまったでなあ」
「ああ……そうだったかいね?」
セッツは曖昧な返事をした。
……代々、秘密にしていた魔法のことを、近所の幼なじみに思わず話してしまった。
まるで信じない近所の悪ガキの鼻をあかしてやろうと、家宝の魔法の杖を持ち出して、町はずれの森の中でドラゴンを召還してみせた。
本当は、すぐに消すつもりでいた。ところが、驚いたハロルドンが恐怖のあまり逃げまどい、セッツとぶつかったその拍子に、魔法の杖を手放してしまった。
地面に倒れて杖を見失い、ドラゴンの制御が出来なくなり、ドラゴンはトンズラーの町へと向かった。家々を破壊して回り、町は瞬く間に惨事となった。
幸い父親が気づき、別の杖を使ってドラゴンを制御したが、その時には町の大半が崩壊していた。
セッツが七歳の頃の話である。
「あの後、ワシはあんたに謝ろうとしたが、すでに引っ越したあとで会えなんだ。それから今まで、忘れたことがなかったんじゃが、こうして会えた。もう思い残すことはないよ」
老人は感慨深げに言った。
「大昔の話さ。あんた、今何をしていなさる?」
セッツは聞いた。
「ワシはグララルン・ラードで気楽な老後を過ごしているよ。たまにこうして宮殿で清掃員をしている。家は宮殿のすぐそばの長屋で一人暮らしだ。婆さんは二年前に死んで、子供も独立して孫もおる」
「ほう、それは、それは……」
セッツの目が怪しく光った。
* * *
ガリアロス王宮の歴史は古く、その歴史はサウス国を建国したガリアロス一世が、今から約一千年建てたと伝えられており、現在も修復と増設が繰り返され、未だに完成していないとまで言われている。
中はとても広く、迷路のように入り組んでいた。暇を持て余し、探索しようと巡っていたビンデは迷い、何時しか兵士の特殊訓練所へ入り込んでしまった。
「あれ、ここ、どこだ?」
広い庭に兵士たちが離れて訓練している様子が見える。彷徨いながら、長い廊下へ歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「ここで何をしている?ここは、一般人は立入禁止だぞ」
振り返ると、目つきの鋭い兵士が手槍を手に近づいて来た。
「いや、迷っちゃって。二階へ行くにはどっちに行けばいいですか?」
ビンデは愛想よく笑みを浮かべて聞いた。
「この廊下を真っ直ぐ進み、三つ目の曲がり角を曲がって、少しいくと階段が右手に有るからそれを下りると裁判所に出る。裁判所の前を通過して、最初の交差を左に曲がると役所がある、役所の中に民が二階へ上がる階段がある」
「そうですか。ありがとうございます」
頭を下げ行こうとすると、兵士は気づいたようにビンデを止めた。
「待て。よくよく考えたら、おかしな奴だ。お前、何処からここへ入ってきた?」
「いや、だから迷っちゃって、よくわからずにここにいるんですけど?」
「一般人が迷って、ここへ来ることなんてない。意図的に宮殿内を回らなければな」
「確かに。意図的に宮殿内を巡っていたけど」
「むむ、怪しい奴」
兵士は手槍を構えた。
「あの俺、国王陛下に晩餐会に呼ばれている来賓なんだけど」
「何だと?では、その証明をしてみろ」
ビンデは服をまさぐるが通行証を貰った気でいたが、まだ貰ってないことに気付いた。
「そうだ。アルフレドに貰ったつもりでいたけど、リターさんを送って、そのまま来ちゃったんだ」
「何をブツブツ言っている?」
「あの、今は持ってないけど、本当に王様に招待された客なんだよ。使者のアルフレドって知ってる?王様の使いの、背の高いムスッとしたオッサンなんだけど、その人に聞いたら、すぐにわかる」
「知らん。貴様、怪しげなヤツだ。来いッ」
兵士は手槍をビンデの顎先に突きつけ。
「ちょっと、危ないって。逆らわないから、それ下ろして」
「うるさい、早く歩け」
「分かった、行くよ。行くからさ」
ビンデは従いながら、渋々と歩き出した。
すると、廊下の先から歩いてくる兵士と子供の姿があった。
ビンデはそれがトランポリンだと気付いた。トランポリンもビンデと気付き、手を挙げた。
「あっ、おじさーん」
トランポリンは声を上げ、手を振る。
「おう、元気でいたか?」
ビンデは廊下の真ん中で立ち止まった。
「昨日の今日だよ。どうしたの?」
「そうだった。実は少し面倒なことになってな」
ビンデはトランポリンと隣の訓練着を着た男を交互に見た。
「へへっ、おじさん。私のパパ」
トランポリンの父は、兵士にとりなし、ビンデを解放してくれた。
「どうも、トランポリンの父のルークです。娘が大変にお世話になったそうで」
トランポリンの父は長身で二枚目な三十代前半の兵士であった。
「ノースランド・ビンデです。別に世話なんてしてないけど、たまたま一緒の目的地だったんで乗せただけ。よかったな、お父さんに会えて」
「うん」
「ここで一緒に暮らすのか?」
「まだ分かんない」
トランポリンは首を横に振った。
「そうだな。兵士はいろいろと制限があるみたいだしな。今の王様じゃあ特にな」
「しばらくは一緒にいられるので、これから考えますよ」
そう言って、トランポリン親子は去っていった。
「……あれ?」
しばらく行くとビンデは、何か心の引っかかりがあるように感じたが、それが何であるか分からず首を傾げた。
「まあ、いいか」
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