第四話    空手令嬢爆誕

 私の名前はセラス・フィンドラル。


 この王都でも普通の男爵家――フィンドラル家の長女だ。


 しかし、それはこの世の名前と身分である。


 私の前世はこことは違う異世界の日本という国で、女性空手家として全世界空手道選手権10連覇を達成した空手の達人だったのだ。


 それをミーシャに足蹴にされたことで、私は前世の記憶を思い出したばかりか転生されたときに神様から特殊スキルを与えられたことも思い出した。


【空手】スキルだ。


 徒手空拳で自分の意を通せる本物の力である。


 私はそのことを思い出して震えていると、ミーシャは自分の蹴りを受けて悶絶していると勘違いしたのか「無様ですね」と鼻で笑った。


「さあ、衛士たち。お姉さま……もとい、その犯罪者の女を処刑台に連れて行きなさい。侯爵家の子息殺害を計画したのですから、明朝など待たずに即刻処刑いたします。よろしいですね、シグルドさま」


 シグルドさまはミーシャを見ると、満面の笑みを浮かべてうなずいた。


「もちろんだとも、ミーシャ。君がそう望むのならばそうしよう」


 そう答えたシグルドさまは、私に顔を向けて「ペッ」と唾を吐きかけてきた。


「そもそも僕は最初からセラスとの結婚には乗り気じゃなかったんだ。父上に言われて仕方なく婚約させられただけで、ミーシャと出会えてなかったら僕は望まぬ結婚生活に頭が狂っていただろう……くそっ、考えれば考えるほど腹が立ってくる。おい、衛士ども! さっさとその女を処刑台に連れて行け! 目障りだ!」


 この瞬間、私はシグルドさま……いえ、シグルドにブチ切れた。


 あれほど愛をささやいたに、魔法で魅了されてもいないのにあっさりと妹に鞍替えするなんて。


 それにミーシャもミーシャだ。


 面と向かって不満を告げてくるのならばまだしも、よりにもよって私の婚約者を寝取った挙句、私に無実の罪を着せて死刑にしようとは――。


 許さない。

 

 断じて許すまじ!


 こうなったら、覚醒した私の【空手】スキルで目に物見せてやるしかない。


 このとき、私は自分自身が激しく変貌したことを悟った。


 今の私は男爵令嬢セラス・フィンドラルじゃない。


 セラス・フィンドラルよ!


 私はキッとミーシャを睨みつけた。


 ざまぁ――ですって?


 ミーシャ、悪いけど「ざまぁ」されるのはあなたのほうよ!


 私はへそから数センチ下にある〈丹田たんでん〉という場所に意識を集中させた。


 この世界では知られていないだろうが、この〈丹田たんでん〉こそが人間の本当の力を発揮できるエネルギースポットなのである。


 そしてその〈丹田たんでん〉に意識を集中させたことで、私の全身に〈魔力〉とは一線を画す〈気〉の力が駆け巡った。


 瞬く間に〈気〉の力によって、私の肉体にかかっていた強力な【魔眼】の力から解放される。


 次の瞬間、私は身体を押さえつけている衛士を倒すために行動した。


 左右の衛士たちの腹に電光石火の裏拳打ちを放つ。


「ぐえっ!」


「がはっ!」


 私の裏拳打ちをまともに食らった衛士たちは、大量の唾と吐瀉物を吐き散らしながら昏倒する。


「な、何だと!」


 これに驚いたのはシグルドだ。


 私のことを少し健康的程度の男爵令嬢だと思っていたからだろう。


 ええ、それは間違いありません。


 ですが、今は違います。


 なぜなら、今の私は空手令嬢なのですから!


「ええい、他の衛士たちは何をしている! 出会え、出会え!」


 するとそこら中から衛士たちがわんさかと出てきた。


 その数、ざっと20人。


 全員が全員とも剣で武装している。


 笑止!


 その程度の数で空手令嬢となった私を止められると思わないでいただきたい!


「もう処刑台に連れて行くなんてやめだ! セラス、お前はここで処刑する!」


 シグルドの命令で、20人の衛士たちが私を殺そうと襲いかかってくる。


 でも、私は微塵も動揺してはいない。


 前世の世界でもこの世界でも最強の武技――空手を極めし者である私にとって武器を持った20人の衛士などアリに等しい。


 私は両足を広げて重心を落とすと、固く握った左右の拳を腰だめに構えた。

 

 そして――。


「――〈烈風百連突き〉」


 常人には不可能な速度で左右の連続突きを繰り出した。


〈烈風百連突き〉。


 それは残像が生じるほどの連続突きによって衝撃波を発生させ、相手に触れなくても対象者たちに甚大なダメージを与える技だ。


 もちろん、現世で修得した技ではない。


 前世の修行中に編み出した私のオリジナル技である。


 その技がまさにこの世界で本領発揮された。


 私の〈烈風百連突き〉よる衝撃波によって、20人の衛士たちは暴風に煽られたゴミのように吹き飛ばされて壁に激突していく。


 見たか、これが空手の力よ!


 私は失神している衛士たちを見渡して鼻を鳴らした。


 1人の死者も出てはいないだろうが、壁に激突した衝撃で全員とも全治数ヵ月ほどの大怪我を負ったことは言うまでもない。


 直後、シグルドは子供が癇癪を起したときのように地団太を踏む。


「くそっ、何だお前のその異常な力は! お前は一体、何になったんだ!」


 私はシグルドに顔を向けて言い放った。


「私は空手令嬢になったのよ! あなたたちにざまぁ返しをするためにね!」


 と、そのときだった。


 大ホールに大勢の兵士を引き連れて1人の男性が現れた。


「全員動くな!」


 凛然とした声を放った男性は、年頃の娘なら1発で恋の矢でハートを撃ち抜かれるほどの超絶なイケメンだった。


 180センチを超える長身。


 金糸と見間違うほどの流麗な金髪。


 端正な顔立ち。


 細身だが衣服の上からでもわかるほど筋肉がしっかりとついている。


「あ、あなたは……」


 私はその男性をみてつぶやいた。


 そのイケメンの名前はアストラル・フォン・ヘルシングさま。


 この国の未来を担っている1王子だった。

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