第二話    隠されていた事実

「そ、それはどういうことなの?」


 床に座り込んでしまった私は、かろうじて出せた声でミーシャにたずねる。


「どうもこうありません。そのままの意味ですよ、セラスお姉さま。私はお姉さまの代わりにシグルドさまと婚約して幸せになるってことです」


 わからない。


 ミーシャの言っていることがまったくわからない。


 どうして私がシグルドさまに公衆の面前で婚約を破棄された挙句、実の妹にその婚約していた相手をかすめ取られるような真似をされなくてはならないのだろう?


 そんなことを考えていると、ミーシャは私の顔に自分の顔を近づけてくる。


(ずっとあなたがウザかったんですよ、クソお姉さま)


 ボソっとミーシャは私にだけ聞こえるように告げてくる。


(お姉さまは私と違って健康的な身体に生まれ、その気立ての良さと姉御肌な性格で周囲の人気を勝ち取っていた。知ってます? 私たちが在籍している学院でお姉さまには密かにファンクラブが出来ているのを)


 知らなかった。

 

 でも、私はそんなものに興味はない。


 たった1人の人だけが、私のことを見ていてくれるのならそれでいい。


 私はミーシャからシグルドさまへと視線を移した。


 いつも私に優し気な微笑みを向けてくれていたシグルドさまは、今は私のことを生ゴミを見るような目で見下ろしてくる。


 それは会うたびに私のことを生涯にわたって愛する、と言ってくれていた人の目とは思えなかった。


 ここ数週間ほどは特別な用事とやらでたまに会うことしかできなかったが、その間にシグルドさまの性格や態度が別人へと変化してしまったように思える。


 そんな頭が混乱している私に構わず、ミーシャの言葉は続く。


(でも、そんなお姉さまと違って私は病弱で満足に学院に登校もできていなかった。おかげで友達もろくに作れず、いつもベッドの中で自分を呪っていた。どうしてどうしてどうして……って)


 私はシグルドさまからミーシャに目をやった。


 直後、私は息を呑んだ。


 そこにいたのはミーシャではなかった。


 ミーシャの顔をした悪鬼だ。


(だから私は魔人と取引をした。死んだあとに私の魂をあげる代わりに、私が望むものをこの世で手に入れる力をくださいと)


 ミーシャは目蓋を閉じると、2~3秒したあとに再び両目を開ける。


「――――――――ッ!」


 私は驚愕した。


 ミーシャの両目の瞳の中には、魔人と契約するさいに使われるという「六芒星」が浮かんでいたのだ。


「魔人と契約って……どうやってそんなことを?」


(お父様の書庫の奥で古びた魔導書を見つけたのよ。私は病弱であまり外に出られなかったから、自由に本を読んでいいと書庫の鍵をもらっていたんです)


 何てこと。


 ミーシャはその魔導書に封印されていた魔人と契約をしたというの?


(ご明察よ、お姉さま。私は魔導書に魂だけが封印されていた魔人と契約をして、この【魔眼】を手に入れた。どういう力かおわかり?)


 呆然とする私に、ミーシャは口の端を吊り上げた。


(この【魔眼】の力を使えば相手の心を魅了したり、人間以上の力が発揮できたりするそうよ)


 まさか、と私は思った。


 もしかすると……いえ、間違いない。


 ミーシャはその【魔眼】の力を使って、シグルドさまを意のままに操って私との婚約を破棄させたのだろう。


 きっとそうに違いない。


 しかし、私の予想は大きく外れた。


(お姉さま、シグルドさまは私の【魔眼】のせいでお姉さまとの婚約を破棄したのだとお思いになったでしょう?)


 ミーシャは「くくく」と低い声で笑った。


(残念、シグルドさまに【魔眼】は使っていないわ。シグルドさまは本当にあなたとの婚約が嫌であっさりと私に乗り換えたのよ)


 私は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

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