第22話「俺は、凛ちゃんが、この街同様、どうなったか、どんな女の子になったのか、気になったんだ」

いきなりど直球の質問と言われ、私は大いに後悔。


「そ、颯真君、ご、ごめんなさい!」


「いや、凛ちゃん、謝らなくて構わないよ。……実は俺、最近いらいらしていてさ」


「え? いらいらって、どうして?」


確かに最近の颯真君を見ていると、いつも不機嫌な様子だった。


私があいさつしても、言葉が戻って来ない事もあったから。


まさか、私が原因でいらいら?

と思ったが……

思い当たる理由もなく、そんな事はないだろうと、考え直した。


「凜ちゃん、ちょっと話が長くなるけど、聞いてくれるかな?」


颯真君は話を続けている。

真剣な表情……

私はじっと颯真君を見つめた。


「ええ、分かったわ」


「……俺、10年前、ショッピングモールで凛ちゃんと会って、しばらくしてから、親の都合で違うまち……A市へ引っ越したんだ」


A市へ 引っ越した?

な、成る程。


「……そうだったんだ。だからあの後、ショッピングモールというか、この街では、颯真君と会えなかったんだね」


「……ああ、そうさ。あれから本当に、すぐ後の引っ越しだったよ……」


颯真君の目が遠い……

10年前にもなる昔の記憶をたぐっているようだ。


「それで、颯真君、引っ越した後、どうしていたの?」


「ああ、少し、はしょるけど、引っ越した先、全く馴染みがないA市で10年間暮らしたよ。そしたら先日、急に親が……父親だけどさ、『颯真、戻るぞ』と言ったんだ」


「え? 戻るぞって、この街に?」


「ああ、そうだ。俺、引っ越した先では、人間関係も含め、そこそこ上手くやっていたけれど……俺が生まれたこの街へ戻ると聞いて、正直嬉しかった」


「嬉しかったの?」


なぜ、颯真君は嬉しかったの?

生まれ故郷だから?

と、聞こうと思ったけど、やめておく。


そうした方が良いような気がした。

最後まで、颯真君の話を聞いた方が良い。

そんな気がしたのだ。


「ああ、この街へ戻るのが嬉しかったのは、ふたつ理由があった」


「ふたつ?」


颯真君が、この街へ戻るのが嬉しい……理由がふたつあるって。

そのどちらかが、『私・山脇凛の存在』だったら、良いのになあと密かに思う。


でも、そんなわけがないよ。


私みたいな地味でモブ子は、全く自信がない……

遥みたいに明るく可愛く、ポジティブ思考になれたらいいのに……


「まずひとつは……」


「ま、まず、ひ、ひとつは?」


だだだだだだだ、と心のどらが鳴る。


果たして、ファイナルアンサーは?


「ズバリ、凛ちゃん、君だ!」


「え、え、えええっ!? わ、わ、私なのっ!!??」


うっわ!!

待ち望んでいた答え……なのに!!


思い切り動揺した!!

分かりやすいくらい、きょどったあ!!


で、でもっ!


う、嬉しいっ!!!

す、凄く嬉しいっっ!!!


「ああ、俺が小さい頃、迷子になっていて助けた、山脇凛ちゃんは、まだあの街に住んで居るのだろうか? ……って考えたよ」


「…………………」


嬉しすぎて、言葉が出て来ない。

ど、どうしよう!

わ、私、舞い上がって!

飛んで行ってしまいそう!


そんな私をよそに、颯真君は話を続けて行く。


「もしも、凛ちゃんが居たら、10年の月日で、一体どんな女の子になっているだろうか? きっと可愛い子になっているよな……って想像したよ」


「…………………」


「それからまもなくして、転入する学校が決まって、何度も事前に聞こうと思った。その学校に山脇凛さんは居ますかって……けれど、やめた」


「…………………」


「いきなり、10年も逢っていない女子の事をいろいろ尋ねれば、必ず理由を聞かれるじゃないか?」


確かに!

必ず聞かれると思う。


「…………………」


「俺が聞きまわる事で、凜ちゃんにも迷惑をかけるかもしれない」


「…………………」


「ぞれは、絶対に避けたかった」


「…………………」


「よくよく考えれば、小さな子供の頃、たった一回逢っただけの女子の事を根掘り葉掘り聞くのは、変に思われても仕方がない」


「…………………」


「かといって、正直に理由を言えば、笑われるか、余計変に思われるだろう。だから転入後、さりげなく周囲に聞こうと思っていたんだ」


「…………………」


「もしも、転入する学校に凛ちゃんが居なかったら、改めて考えるつもりだった」


「…………………」


「高校はこの街にいくつかあるから、転入する学校に居ない可能性の方が高いしな。手掛かりをさぐりながら、気長に捜そうと思っていたよ」


「…………………」


「……そうして、期待と不安を胸に登校したら、何と何といきなりビンゴ。奇跡じゃないかと思った。凛ちゃん、10年ぶりに君と逢えて本当に嬉しかった」


「…………………」


「言っておくけど、俺は運命論者じゃない。だけど偶然に再会したのは、何か縁みたいなものを感じたよ」


「…………………」


「俺の想像以上に、凛ちゃんは可愛くなっていた!」


「…………………」


「そして、クラスで一緒に過ごしてみて分かった」


「…………………」


「凜ちゃんは可愛いだけじゃない、真面目で優しくてひたむきで、礼儀正しい素敵な女子になっていた! だから、最高に嬉しかったよ!」


私の方こそ凄く嬉しすぎて、まだちゃんと言葉が出て来なかったけれど、

ある違和感を覚えていた。


私と出逢えて最高に嬉しかったとしたら……

颯真君が、いらいらしていた不機嫌な理由は何なのだろう?


「この街に戻るのが楽しみなもうひとつの理由、それは凛ちゃんと同じく、ふるい思い出だ」


「…………………」


颯真君が楽しみにしていたのは、旧い思い出……

もしかして、と思った。


「……俺が生まれた、この街へ戻って来てから、学校へ転入する前、すぐに街中を歩いた。あちこちと……」


「…………………」


「そうしたら、がっかりした」


「…………………」


「この街は……俺の故郷は、10年前と景色が、すっかり変わっていたんだ」


「…………………」


「俺が幼い子供の頃、思い出を作った場所は……昔の風景は、ほとんど無くなっていた」


ああ、やっぱりと思った。


「…………………」


「知り合いの何人かから、この街で少し前に大きな再開発計画があって、実施されたと聞いた」


そう、私も知っている。

以前から立てられていた大規模な再開発計画が行われ……

この街は大きく変わった。

確かに便利にはなった。


しかし、私も以前の街の趣きが……颯真君と同じく、昔の風景が大好きだった……


「久々に帰って来たこの街は、様子が、がらりと変わっていた」


「…………………」


「確かに住みやすいし、何かにつけて便利な街にはなった。でも同じようなデザインのビル。看板が出ているのは、どこにでもあるチェーン店ばかりだった」


「…………………」


「俺の私見かもしれないけど、今や各地で開発が進み、同じような建物が並ぶ街ばかりさ」


「…………………」


「建物の老朽化とか、防災とか、バリアフリーとか、安全を第一に考えているだろうし、使い勝手とコスト、そして効率も考えているだろうから仕方がないとは思う」


「…………………」


「いろいろな事情があるのだろう。だけど俺は自分が生まれ育ったふるい街が大好きだった」


ああ、颯真君、私も!

昔の旧い街が、大好きだったよっ!


「…………………」


「俺は、凛ちゃんが、この街同様、どうなったか、どんな女の子になったのか、気になったんだ」


颯真君はそう言うと、私をじっと見つめたのである。

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