第九話 アントン・カスケードの愚行 ②
アメリア・フィンドラルを王宮から追放して3日が経過した。
その3日間ぐらいは枕を高くして眠れる日々が続き、ミーシャも新たな〈防国姫〉として魔力水晶石に魔力を流す作業も順調そうにしていた。
しかし、アメリアを追放して1週間後ぐらいから王宮に異変が起こった。
厳密には王宮に、各領地の貴族たちから
内容はどれも同じようなものだった。
『この1週間で妙な病気が急に領地内で流行ってきており、魔力水晶石の力が衰えているように感じるが、新しい〈防国姫〉さまのお力は大丈夫なのでしょうか?』
と、いった具合にだ。
「アントンさま、この件についてはいかがなさいますか?」
僕とは対照的にひょろりと細い宰相がたずねてくる。
僕は宰相の言葉を無視し、カーテンが閉められたままの窓ガラスのほうに顔を向けた。
カーテン越しの日の光の差し込み具合から今は昼前ぐらいだろう。
現在、僕は自室のベッドに寝転がっていた。
朝までミーシャと一緒にベッドの上で汗をかいていたため、下は短パンを履いているが上半身は裸である。
僕は寝転がりながら、そこでようやく宰相に目をやる。
「いかがもくそもあるか。そんなものは田舎貴族のたわ言だから捨て置け。ミーシャの〈防国姫〉としての力は完璧だ。それに辺境にある魔力水晶石は王都にある魔力水晶石よりも大きくて、それこそ〈防国姫〉の力を最大限に周囲に流せる代物なんだぞ。それがまともに機能しないなんてことがあるか」
第一だ、と僕は怒りを含ませた声で言葉を続ける。
「その程度の話をわざわざ僕のところへ持ってくるな。それぐらいはお前たちで何とかしろ」
「ですが、アントンさま。最終的な判断は国王であるアントンさまにしていただかねば……〈防国姫〉に関することは我が国の政策の中でもトップクラスの重要事項なのですから」
「だーかーらー、まだ重要なことは何も起こってないではないか」
宰相は額の汗をハンカチで拭う。
「書簡の内容から判断すれば、この1週間ほどで妙な流行り病の兆しが見えているとのこと。これは今までには考えられなかったことです」
「貴様、何が言いたい?」
僕は眼光を鋭くさせる。
「母上やアメリアが〈防国姫〉を務めていたときは流行り病を未然に防いでいたのに、ミーシャが〈防国姫〉となった途端に妙な病気の流行の兆しが出てきた……これはミーシャの〈防国姫〉の力がアメリアよりも劣っている。つまり、元老院の意見には従わずにミーシャを次の〈防国姫〉に選んだ僕の目が節穴だったと貴様は言いたいのか!」
僕はベッドから跳ね起きると、すぐ横にあったテーブルに手を伸ばした。
テーブルの上にあった水差しをつかみ、宰相に向かって勢いよく投げつける。
水差しは宰相の手前に落ち、ガチャンと激しい音を立てて砕け散った。
「め、滅相もない。アントンさまが自らお選びになったのですから、わたしはミーシャさまが〈防国姫〉の任を果たさせることに異論はございません」
けれども、と宰相は困った顔で僕をチラ見してくる。
「やはり、辺境とはいえ諸侯たちの意見を無視するのは問題かと存じます。なので事の詳細を把握するため、この王宮から先遣隊を募って偵察に向かわせるというのはいかがでしょう?」
「先遣隊?」
宰相はこくりとうなずいた。
「もしかすると今回の件はミーシャさまではなく、辺境の魔力水晶石自体に問題が発生したのかもしれません。王都の教会などにある魔力水晶石とは違って、辺境の魔力水晶石は力の範囲を拡大させるために風雨に
ふ~む、と僕はあご先を撫でながら考えた。
冷静になってみると、宰相の言うことにも一理ある。
ミーシャの力は微塵も疑っていないが、辺境の諸侯どもの機嫌を損ねると後々が面倒なことになりかねない。
どのみち王都も含めた辺境の各地域にある魔力水晶石は、1年に1回の専門資格を持った魔術技師による定期的なメンテナンスが必要だ。
ならば宰相の意見に従い、ちょっと早い定期メンテナンスを行うのもアリだ。
などと思ったときだった。
バンと扉が開き、ミーシャが飛び込むように部屋の中に入ってきた。
そのままミーシャは宰相の横を通り過ぎ、僕の胸の中に飛び込んでくる。
「おいおい、ミーシャ。一体何事だ? 今の僕はほぼ裸の状態なんだぞ。急に抱き着かれても困る」
「うふふ、いいじゃないですか裸のままでも。どうせこれからわたしとする行為に服などいらないのですから。それに早くアントンさまのお子を産みたいのです」
そう言うとミーシャは宰相が見ているにもかかわらず、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。
「み、ミーシャさま!」
これには宰相も驚きの声を上げた。
「昼間から何とはしたないことを……それにどうして〈防国姫〉であるあなたがこの時間にここにいるのです? 今日は魔力水晶石に力を流し込む日でしょう」
「もう今日の分の力は使いました。だから、こうして愛しのアントンさまの元へ駆けつけたのです」
「そんな馬鹿な。まだミーシャさまは結界部屋にこもられて数時間しか経っていないではないですか。それに昨日は勝手にお休みを取られていましたよね? アメリアさまはそれこそ長いときは1日中、ここ数ヶ月はほぼ毎日のように魔力水晶石に魔力を流していたのですよ」
「それが何か?」
「は?」
宰相は目を丸くさせた。
「あの姉がどう仕事をしていたとしても、今の〈防国姫〉はわたしなのです。そのわたしがすることに宰相のあなたが口出しをするのですか?」
アントンさま、とミーシャはわたしに強く抱き着いてくる。
「アントンさまはわたしをどう思っているのですか? 宰相のようにわたしの仕事ぶりがなってないとでも言うのですか?」
「そんなことないぞ」
僕はミーシャの頭を優しく撫でた。
「君は僕の選んだ最高の〈防国姫〉だ。君のするべきことに何人たりとも口出しはさせない。僕はこの国の国王であり、君は王妃にもなるべく存在なのだから」
僕はミーシャから視線を外すと、おどおどしている宰相に「貴様はもう下がれ」と
「辺境のことはすべて貴様に任せる。流行り病の兆しなど単なる思い過ごしか、もしくは魔力水晶石の不備に違いない。いや、きっとそうだ」
「し、しかし……さすがにほぼ全域からの報告を思い過ごしと断ずるのはいかがなものかと」
「うるさい、この無能者が! ごちゃごちゃと言わず、さっさと魔力技師を派遣して対処しろ!」
僕が一喝すると、最初は逃げるように退室していった。
「まったく、君と違ってこの王宮には無能者が多い」
「それはわたしも感じておりますわ。やはり、この国に必要なのはアントンさまだけです。そんなあなたさまにわたしは惚れ込んだのですから」
そう言うとミーシャは、僕に熱いキスをしてくる。
「さあ、またわたしを可愛がってくださいまし」
「もちろんだ」
僕たちは再び互いの愛を確かめ合うべく抱き締め合った。
このとき、僕は幸せの絶頂だった。
ミーシャといれば、きっとこの幸せな日々は続くのだろうと思っていた。
だが、このときの僕はまだ知らない。
すでにこのときから破滅へのカウントダウンが始まっていたことに――。
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