第二話 国を裏から守護する〈防国姫〉
ああ……そういうことなのね
私はアントンさまとミーシャを見て、大きなため息を吐いた。
ミーシャはアントンさまの腕にこれみよがしに自分の腕を絡ませて、周囲に私たちの新たな関係性を猛烈にアピールしている。
今しがた自分の口から宣言したように、ミーシャ・フィンドラルが実姉のアメリア・フィンドラルからアントンさまを奪い取ったのだと。
そして普通ならばこの暴挙とも呼べる行為に対して、舞踏会に参加している貴族たちから反発の声が上がってもおかしくなかった。
王族や貴族の間で結ばれる婚約とは、個人の恋愛関係以上に家柄同士の結びつきを重要としている。
なのに貴族たちから何の声も上がらないということは、すでにアントンさまとミーシャの関係は私の知らないところで貴族たちに根回しされていたのだろう。
中には私に対して憐れみや同情をしている顔つきの者もいる。
私の家がフィンドラル家ということも理由としてあったのかもしれない。
私の家であるフィンドラル家は爵位としては下位の男爵家だが、それでも長いカスケード王国の歴史の中で特別な役割を与えられている「特別な能力を生み出す家柄」として認知されていた。
それが「防国術」もしくは「防国能力」とも呼ばれている防病魔法だ。
この世に存在する魔法は「地水火風」の基本的な4属性の魔法に加えて、肉体の怪我を治療する「治癒属性」と呼ばれる特殊な魔法が存在している。
しかし、この治癒魔法はあくまでも肉体の怪我を治すだけで、病気の類を予防したり治すことはできない。
けれども、フィンドラル家だけにはこの病気を治す特別な力を持った人間が生まれてくる。
それも男子にはその能力はまったく発現せず、女子にだけ発現するという奇妙な特性があった。
なのでフィンドラル家に生まれた女子の中でこの能力を発現した者は、王族と血の契りを結ぶということが半ば公然として受け継がれてきた。
カスケード王家の力を強めて強靭な神の如き生命力を持つ子孫をはぐくみ、様々な病気を予防する力は国を守護することと同じだと信じられていたからだ。
そのことにちなんで、この防病魔法を発現して王宮入りした令嬢を王宮内では〈防国姫〉と呼ばれていた。
だが、王族と婚姻を結んでも〈防国姫〉に与えられる仕事は2つしかない。
1つは当たり前だが健康的な男子を産むことと。
そしてもう1つは王宮に存在する巨大な魔力水晶石を通して、国の主要都市に存在する同タイプの魔力水晶石に防病魔法の力を与え続けるという仕事だ。
これによって国全体が様々な病気から守られ、疫病の原因と言われていた〈魔素〉による大量の死者が出て国が亡ぶということを回避していたのだ。
ただ貴族の中にはフィンドラル家をよく思っていない人間も多い。
もっとも爵位が下の男爵家の分際で、たかが病気を治しているくせに王族と血縁関係を持つなんてとフィンドラル家を馬鹿にしている貴族もいると聞く。
そのフィンドラル家の長女と次女の婚約トラブルと聞いて、表向きは私に同情している振りをしていても、内心はトラブルを面白がってほくそ笑んでいる貴族もこの中にいるに違いない。
それはさておき、と私はミーシャへと視線を転じた。
ここカスケード王国の王宮内の舞踏会で、アントンさまがミーシャを新たな婚約者にするという発表をしたということは、ミーシャにも私と同じ防病魔法の力が発現したということなのだろう。
そうでなければ若き国王であるアントンさまの私に対する婚約破棄と、ミーシャとの新たな婚約など認めるはずがなかったからだ。
一体、この2人はいつから関係を持っていたのだろう。
この数ヶ月間は実家に帰ることもなく王宮内の結界部屋に閉じこもって力を使っていたので、ミーシャに防病魔法の力が発現していたとしてもそのことを知りえることはできなかった。
続いて私はアントンさまへと目をやる。
アントンさまはニヤニヤと笑いながら私を見つめている。
私はこの数ヶ月間の苦労を思い出しながら、下唇を強く噛み締めた。
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