第14話 女署長・殴られる

 2021年11月1日


「なんで、こんな犠牲者を出すんですか、納得いきません!」


 函館南警察署の署長室で白バイ隊・隊長『坂本梨乃さかもとりの』が署長・一凜に対し、感情的な態度で説明を求め


特別警戒期間限定でデスクを署長室に移動し報告書を書くため同室していた

森刑事・林刑事は、成り行きを聞くともなしに聞いていた。


 長身に足が長く革製のプロテクターとライダースーツ姿で、

いつもキリっとしている髪の長い、女・白バイ隊長は

南署男性警察官達の憧れの的だった。


 この日、函館市・北警察署管内のアパートにて女性と、その子供とみられる

他殺体が発見され、ニュースになっていた。


 噛み付く勢いの坂本に対し署長である一凜は悪びれる風もなく

勤務時間内に堂々と飲酒して椅子を倒し足を伸ばして

モニターでTVニュースを見ていた。


「まあまあ、梨乃っぺ、そう、おごるんでねぇよ、な」


机の上には、ジャックダニエルが置かれ、署長はグラスで、ぐいっと飲んでいた。


「何がっ、りのっぺですか、署長っ!!小さな女の子が犠牲になってるんですよ、

それに、この件に関しては前々から警戒願いますって、署長にお願いしてたじゃないですか、警察官として良心はあるんですか!

なんですか!勤務中に酒飲んでる署長が何処にいますかっ!」


「ほう・・・じゃ殴ってみるか、この私を・・・・」

署長は不敵な笑みを浮かべ自分の頬を差し出した。


 坂本は、その挑発に乗った、殴ってやろうと思った。


机を廻り込み、署長の制服の胸ぐらを掴み右手の拳を振り上げ

冷たい目をした署長の顔面めがけ思い切り殴りつけた。


―ごつんっ!


鈍い音をたてて、坂本の拳は署長の左顔面に突き刺さり署長は右手のグラスを放り出し床に転がった。


―ドンッ!

さらに坂本が署長に馬乗りになって殴ろうとした時


同席していた森・林刑事に後ろから羽交い締めにされ止められた。

「やめろっ、坂本、これには訳があるんだ、落ち着け坂本っ!」


「はなせーっ!」顔を真っ赤にして、力任せにもがいた。


坂本梨乃は警察を辞めるつもりで署長に殴りかかっていた。


もちろん今の時点で、傷害で前科がついても仕方がない状況だった。


 坂本は心の中で

「やってしまった・・・・」頭の中が真っ白になってきた。


 ゆっくりと起き上がってきた署長の顔は左側が内出血していたが


 思い切り笑顔だった。


―ニコーッ

「ハイ!森林しんりんくん、私の勝ちね、はいはい、金出せ、とっとと」

パシパシと机を叩く。


森刑事と林刑事は坂本を掴んだまま

「あーくっそう、なんだよもう、負けたあー・・・・」


「出せばいいんでしょ、クッソー、おい坂本、お前のせいで大損だよ

あぁーあ、なんだよ俺のキャバクラ代が・・・

また、しおりちゃんが遠のいていく・・・」

署長のテーブルには、一万円札が3枚二人分、合計6枚の万札が置かれた。


署長が言う

「おい坂本、いいパンチだったが、めっちゃ痛ぇじゃねぇか、手加減してくれよ・・・」

林刑事が言う

「署長、自分、アイスパック取ってきます、歯大丈夫ですか?」


「大丈夫だ、多分・・・・いっつう・・・」


状況が飲み込めず放心状態の

白バイ隊・隊長・坂本梨乃28歳は、目の前の三人のやりとりに

少し混乱していた。

壁際の鏡で殴られた顔を見ながら美しい後姿で署長が言う


「お前、見事に一線を超えてくれたな、それでこそ私が見込んだ女だ、

賭けにも勝ったし、つくづく、お前が好きになったぞ」


「あの・・・どういう事ですか・・・私は署長の態度と今回の警察の無関心に・・・・・・これは・・一体なんですか・・・・」


「ん?んだからよ、三人で賭けしてたって訳、6万儲かった、おい坂本、これから大事な話があるから今晩付き合え、で今日の事件に関して話もあるんだ・・・・つきあえ、どうだ」


署長は椅子に座り直した。


「一体・・・・」事態が飲み込めない坂本。


身振り手振りで署長が言う

「んだからよ、明日から三日間お前は謹慎処分だ、表向きには只の有給休暇扱いにする、ゆっくり休んで頭を冷やせ、それで折り入って事件解決のため相談があると言うとるのだ、死んだ親子のためにも」


「う、裏があるんですか?署長・・・・」


「ある、大アリよ、それに、今日の犠牲者二人、まだ助けられるかもしれん・・・・喫茶・十字街で落ち合うぞ、詳しい話は向こうについてからだ」


「助ける?・・・」

坂本には署長が何を言っているのか、さっぱり解らない。


「アイスパックです」林刑事が戻ってきた。


左頬を押さえながら署長

「おい、お前たち二人も今晩、十字街に来れないか、

この6万でおごってやるから付き合わないか?

報告書は明日の夜で構わん」


森・林刑事は、一瞬顔を見合わせ

「行きますっ!」二人共に笑顔で返答した。


 辞職を覚悟して、自分の上司、しかも署長に殴りかかった

白バイ隊・隊長・坂本は、言い知れない不安を抱えて喫茶・十字街に向かった。


 署長は先に喫茶・十字街に入店。

―チリン

ドアベルが鳴る。


「いっらいしゃいませ」


「健一、悪いわね、今日は勝手にやるから、二階に行ってゆっくりしてて構わないわよ」


「いやいや、いいですよ、で今日、何人いらっしゃるんですか?」


「四人、それとちゃんと紹介してなかったけど、うちの白バイ隊・隊長と森林しんりんSPが来るから、あーじゃ、飯も、お願いしよっかな」


「了解、今、ミキちゃんも来てて・・・同席大丈夫ですか、それとも」


「あーそう、同席かまわないわよ、付き合ってんのアンタたち?」


「えー、実は、まだ手も握ってないです・・・」


「あらら、なーにやってんのー鉄は熱いうちに打たないと、冷めちゃってから叩いても遅いよ、ダメな男だよ、おみゃーさんは・・・」


「はい・・・」うなだれる健一。


そこへミキが二階から降りてきた。

「あ、お疲れ様ですうー、署長ご飯は?」


「食べる、わりと腹ペコ」


「りょうーかい」ミキ、エプロン装着。


「ちなみに今日、晩ご飯何?」


健一

「はい、酢豚と自家製焼売と、海鮮海苔巻き、わかめと揚げと豆腐の味噌汁です、一人前¥2500いただきます」

ぶっとい海鮮海苔巻きの中には酢飯、卵焼き、いくら&とびっ子、中トロマグロ、カニ、細切りきゅうりが、これでもかと巻かれている。


「おー、いいじゃないか、つまみは?日本酒は?」


「つまみは松前漬けと、さつま揚げ、後、冷凍なら何でもありますよ、日本酒は、四国の酔鯨が入りましたあぁー3本」


「おお!いいね、いいね」

そこでミキが言う

「署長、その顔どうしたんですか」


「ん?これかぁ、これには海より深ーい訳がありますだぁー」


「痛いでしょ・・・それ・・・」


「どんな時も人の心を試しちゃいかん、こういうばちがあたる」

うんうんと頷く。


そこへ森・林刑事と坂本がやってきた

「こんばんわー」

「あ、いらっしゃいませ、どうぞ好きな席に、皆さん最初ビールでいいですか?」健一が聞く

「いいよ」

林刑事が答えた。


 坂本は、署からここまで歩いてくる間ずっと考えていた。


署長は自分が短気な性格なのを知っていて、あんな事をしたのか

悪いのは誰だ、そう、自分の知っている署長は誰よりも正義感が強くプライベートがゼロに等しい時間を警察で過ごしている。


馬鹿は自分だと、浅はかな自分を責め出していた。


席に着くなり坂本は頭を下げた。

「署長、誠に申し訳ありません」今にも土下座しそうな勢いだ。


「殴りかかったり、謝ったり忙しいのう坂本、だがお前は、何にも悪くない、お前の心を試した私のほうが罪深い」


署長は乾杯もせず、ビールを飲みだした。

「ささ、みんなも呑め呑め、健ちゃん、めし」


そこへ先ほどの大皿・小皿が並べられた。

森と林は、まずメシだ。

「俺さ酢豚に入ってるパイナップル嫌いだったのに、ここの酢豚食ってから考え変わったよ、うまいと思うようになった」

「あ、オレも、うめぇー」

健一

「あー、味を損なわないように、最後の方に入れるんです。

で、火加減で食感も変わるし、とろみをつける前に一回味見してよく整えないと、美味しくないんですよ、

あと豚肉も、たれ酢に漬けたものを片栗まぶして、唐揚げにしないと

美味しくないんです。

あとピーマン玉ねぎは大ぶりで切ってさっと炒めて、見た目の何倍も手間かかりますよ、でも僕なら、あっという間に作れます」


健一は普段、誰にも褒められないので少々ウザイ。


ミキも同席

「今日は、またどうして、このメンバーなんですか?」

署長

「ん、私と森林しんりんの三人で賭けをしたんだ、むしゃむしゃ」


坂本は落ち込み、うつむき黙っていた。


ミキは、察しのいい空気を読む天才だった。

じゃないわよ、また、何かしたんでしょう、ダメじゃない

坂本さんが可愛そうよ、こんな小さくなっちゃって

大丈夫、坂本さん、私も署長と喧嘩したこと何回もあるから、

冗談のたちが悪いのよ、いつも」

健一

「そうですよ、いつもグサッと来るようなことするんだから」

署長

「私は、いつ死んでも不思議じゃない、だから思い出を作ってるんだ」

ミキ

「ほら、またそういう・・・たまに駄々っ子になるんだから」

「まぁまぁ、姫様も悪いと思ってますから、このあと、お話もありますし、坂本さんもグッといって飯食いましょうよ」

瓶ビールを坂本に注ぎながら

林刑事の優しい言葉と笑顔に坂本も少し向き直った。


南署きってのイケメン刑事二人は、森と林で署内では

森林しんりんSP」と呼ばれていた。

ナムサン不在の場合、署長SPとして常に同行していた。


このSPの二人は普段無口だが、時折、一凜署長の事を

『姫様』と呼んでいた。


「はい、じゃいただきます」


健一の作った料理は、どれも暖かく、とても美味しいと坂本は思っていた。


森刑事が口をひらいた

「ところで坂本くん、君は恋人とか、いるのかい?」

「んふっ」

坂本は海苔巻きを吹き出しそうになった。


「はーじまった、これこれぇー」

苦虫を潰したような変顔をする署長の一言で、ようやく、みんな笑顔になった。


署長は天を仰ぎ言った。

「アガルタロック」


―ゴン、ギューーーンと天井裏で重い音がして窓の外が少し暗くなった。

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